少女は条件に、奥歯を噛みしめる
フォースターの条件とはなんなのか。エルは思わず身構える。
もしや、私設騎士隊を連れていけと言うのか。それとも、フォースター自身がついていくつもりなのか。
どちらもお断りである。
エルは顔を上げ、フォースターをジッと見つめる。
フォースターは余裕たっぷりの笑みを浮かべながら、秘書官に「例のアレを」と命じていた。
「何? 何を、用意しているの?」
「それは、見てからのお楽しみだよ」
エルは奥歯を噛みしめる。絶対に、負けられない戦いだ。
魔石バイクの成功は、エルが作る魔石を大量生産できるかにかかっていた。ここで、足止めを食らうわけにはいかない。
「もしも、とんでもない条件だったら、わたしはここを出て、二度と帰ってこないだけだから」
「おや、エル。私が提示する条件から、逃げるというのかい?」
そう言われしまうと、真っ向から受けなければいけなくなる。
フォースターには、どうしてか負けたくなかった。
「エル、残念ながら、残酷な者達の手によって、君そっくりの少女が黒斑病を広めたというデマが広がっている。公爵家の庇護なしでは、商売はおろか、暮らすことすら困難となるだろう。それをわかっていて、出て行くほど愚かではないと、思っているよ」
「お祖父さんの、そういうことを言うところが、嫌い!」
「ははは、嫌いで結構。君の抱く嫌いは、他の邪悪な人間の嫌悪感に比べたら、実に甘美なものだよ。何よりも恐ろしいのは、無感情、無関心だからね。ふふ、そうか、私が嫌いか」
はっきり「嫌い」と言ったのに、逆にフォースターを喜ばせてしまった。どうしてこうなったのかと、エルは内心頭を抱える。
そうこうしているうちに、秘書官が戻ってきた。何やら、大きな箱を抱えている。あの中には、いったい何が入っているのか。エルは身構えていた。
箱の蓋はフォースターが直々に開く。そして取り出されたのは――フリルとリボンがふんだんにあしらわれた、薄紅色のドレスだった。
「この、“薄紅大天使”の装備を着て、冒険に出かけるのだ」
「は?」
「これは、薄紅色の一角聖羊という、聖獣の毛を紡いだ糸で作られた、魔法衣である! 物理攻撃を弾き返し、魔法ならば二倍の攻撃力で反撃する、非常にすぐれた装備である!」
冒険に相応しいとは思えない華やかな見た目はさておき、装備品としては一級の品のようだ。
「もしかして、条件って、これを着るだけ?」
「着たあと、私に見せてほしい。そして、肖像画として納めたいから、後日ポージングに付き合ってほしい。ちなみに、ポージングは、こう、だ」
フォースターはおもむろに立ち上がり、首を傾げ、頬に両手を当ててにっこり微笑むポーズを決めていた。
「エル、見ていたかね?」
「……」
「もう一回しようか。こう――」
「いい。もう、二度と見たくない」
「そうか」
フォースターは静かに、腰を下ろした。
「以上が、私が出した条件だ。さあ、エル、どうする?」
ニヤリと、フォースターはいやらしく笑いながらエルを見つめる。
人の心がないと、エルは思った。
だが、聖獣の加護がついたドレスは、正直ありがたい。条件はそこまで厳しいものではなかった。エルがしばし我慢をすればいいだけの話である。
「そもそも、どうして、そのドレスを持っていたの?」
「エルと一緒に、旅行に行く日もあるかと思って、買っておいたのだよ」
「そう」
悩む時間がもったいない。ドレスはエルにとっても多大な利益をもたらす。断る理由はなかった。
「わかった。そのドレスを着る」
「肖像画も、承諾したと?」
「変なポーズはしたくない」
「わかった。その辺は、絵師に創作させよう」
こうして、エルはイヤイヤフォースターの条件を呑むこととなった。
箱の中には、ドレスだけでなくボンネットや、リボン、靴も納められていた。全身コーデだったようだ。
「エル、気を付けて、行ってくるんだ。無理はせず、危ないと思ったら、すぐに帰ってきなさい」
「わかっている」
「あとは、これを持って行くといい」
フォースターはエルに、抽斗に入っていたカードを差し出す。
「え、これ、召喚札?」
「お小遣い代わりだ」
三枚の召喚札には泥人形に、三頭犬、鷹獅子の絵が印刷されていた。
「これ、三枚ももらっていいの?」
「ああ、いいよ。私はもう、冒険になんか行かないからね。安全な場所で、高みの見物しかできやしない。もしも、エルが危険にさらされるようなことがあったら、使ってくれ」
「お祖父さん、ありがとう」
エルはペコリと会釈し、踵を返す。
部屋から出て行く前に、フォースターを振り返って言った。
「嫌いって言って、ごめんなさい」
「いいよ。エルが、本当は私が好きなことくらい、わかっているさ」
「好きではないから」
ぴしゃりと言って出ようとしたが、フォースターに引き留められる。
「待つんだ、エル」
「何?」
極めて真剣な表情で、エルに訴えた。
「ドレスを着たら、私に見せにくるんだよ。出発前に、必ずだ」
それに対して、エルは「気が向いたら」とだけ答えた。