少女は魔石について考える
「君達は、魔石の入手ルートに心当たりがあるのかい?」
「うん。でも、大量に提供できるかわからないから、待ってくれる?」
「承知した」
ひとまず、魔石バイクの生産ラインを作る方向で検討してくれるようだ。
「では、ひとまずこれを」
グレイヤード子爵は懐から細長い冊子を取り出す。羽根ペンを手に取り、インクを付けてさらさらと数字を書いていた。
インクが乾く前に、それは差し出される。
「魔石バイクの著作権料だ。あまり多くはないが、大丈夫だろうか?」
グレイヤード子爵が手にしているのは、小切手である。金額は、金貨百枚と書いてあった。
「こ、こんなに、もらっていいのか?」
「昔に比べたら、多くはないけれどね」
庶民の一ヶ月の給料が、平均金貨一枚である。イングリットにとっては、大金であった。
「イングリット、受け取って」
「あ、ああ」
小切手を受け取るイングリットの手は、震えていた。
これだけの価値が、魔石バイクにはあるのだ。胸を張って欲しいと、エルは思う。
最後に、イングリットとグレイヤード子爵は堅い握手を交わしていた。
交渉は、成立となる。
シャーロットやグレイヤード子爵と別れ、家路に就く。
馬車に乗り込み、御者に合図を出す。馬車はゆっくりと、動き始めた。
エルの目の前に座るイングリットは、ただただ手にした小切手を見つめていた。瞳には信じがたい、という感情が滲んでいる。
ジェラルド・ノイマーに騙され、魔技巧師としての成功を奪われてしまった。けれど、彼女は魔技巧品を作ることを止めなかった。
ようやく、頑張りが報われる瞬間がやってきたのである。
「イングリット、よかったね」
エルがそう言うと、イングリットは涙をポロポロ零し始めた。
イングリットは本当に頑張った。その努力が、ようやく認められたのだ。
エルはイングリットの隣に座り、イングリットを抱きしめる。幼子をあやすように、背中を優しく撫でてあげた。
◇◇◇
帰宅後、エルとイングリットは魔石について話し合う。
「問題は、魔石だな」
「うん」
エルは魔鉱石を採り、魔石を作ることができる。しかし、一人で作るには限界があった。
魔石バイクの需要に追いつけるほどの魔石を作るのは困難だろう。
「市場の魔石は粗悪品も多い。良質な魔石は、貴族が買い占めている。これが、問題だな」
いくら魔石バイクが売れても、肝心の魔石がなければ使えない。
「どうすればいいんだ」
エルは考える。フォースターに言って、魔石の流通を見直してもらうか。
現在、魔石市場はよくない状況にある。粗悪な魔石が売られ、粗暴な魔石売りが思うままに勢力を奮っているのだ。
絶対的な権力を持つ誰かが介入しないと、いずれ崩壊してしまうだろう。
「でも、お祖父さんをこれ以上頼るのは、なんだか嫌だな」
「お、エルサン、反抗期か?」
「そう、反抗期」
魔石市場をどうこうするのは、エルが考えることではない。
今、大事なのは、魔石バイクの需要に対応できる魔石の供給ラインを作ること。
「一番いいのは、エルの作る高品質の魔石で魔石バイクを走らせることなんだが。一人で作るのは、無理があるもんなー」
「一人では、無理――あ!」
「何か、思いついたのか?」
「うん。魔石の製造ラインを、考えればいいんだ!」
魔鉱石を採り、魔石に加工する。その流れを、作り出せばいいのだ。
「でも、魔石作りって簡単じゃないんだろう」
「うん。普通の人には無理。でも、手先が器用な妖精族だったら、できるはず」
「なるほど! 妖精の魔石工房か。いいな」
「でしょう?」
魔鉱石は、その辺の山でも採れる。グレイヤード子爵家に領地があれば、そこで採掘できるだろう。
「魔鉱石も、その辺にあるものなのか?」
「あるよ」
魔鉱石と呼ばれているが、別に特別な物質ではない。
この世にあるありとあらゆる物には、魔力が宿っているのだ。
「魔鉱石は魔力濃度の高い石を、採っているだけだから」
「そうなんだな」
その辺に転がっている石でも、魔力があれば魔石となるのだ。
「妖精は召喚するのか?」
「うーん。少なくても、三十は必要だから、召喚で呼ぶのは難しいと思う」
「だったら、妖精族の村に行って交渉するしかない、ってわけか」
「そうだね。ヨヨに、知り合いの妖精がいないか、聞いてみよう」
日向で昼寝をしていたヨヨを起こし、妖精族について話を聞くことにした。