少女は魔石バイクを売り込む!
「魔石バイク、ですって?」
「うん。魔石車よりも小型の、一人乗り用の乗り物なの」
魔石バイクを、シャーロットの父親が経営している工場で生産できないか。そんな要望を、ズバリと口にする。
「この前、話していたでしょう? 経営が、思わしくないって」
「え、ええ。そうだけれど」
詳しく話を聞いたところ、工場では魔石送風機と呼ばれるものを主に作っていたらしい。
魔石送風機というのは、風を作りだして涼を得る、というものだった。
順調に生産していたが、工場で働いていた職人がいきなり退職希望を出したのだ。
調べたところ、とある工房が職人を引き抜いたという。さらに、魔石送風機の素材も、取引先が入荷を渋るようになった。
再起をかけて、地方に新しい工場を作ろうとしていたら、王都で新しい魔技巧品が発売される。
それは、魔石冷風機と呼ばれるもの。送風機よりも、涼しい風が流れてくるのだ。
魔石送風機よりも安価で売られ、市場占有率を奪われてしまったという。
シャーロットはまだ十二歳だが、将来家の仕事を手伝えるように、いろいろと勉強しているらしい。事業の現状も、毎日詳しく聞くようにしているようだ。
「よく、そこまで勉強しようって、思ったね」
「わたくし、パンの買い方もわからないほど、世間知らずだったのがショックで……」
そこから、数ヶ月で大きく成長していた。あのとき、パンを売る売店の前で困っていた少女と、同一人物とはとても思えない。
「シャーロットのお父さんの商会、今、困っているでしょう?」
「確かに、お父様は困った状況にあると思うけれど……」
「魔石バイクはすごいの! 売ったら、絶対に大人気になるはず! これ以上の説明は難しいから、実際に見てもらったほうがいいかも」
「わたくしには、決定権なんて、ないのだけれど?」
「それでもいいから、見てほしい」
エルの熱い訴えが、シャーロットに届いたのだろう。コクリと、頷いてくれた。
外にでて、イングリットが魔石バイクに乗ってみせる。
噴水の周りをくるくる旋回しつつ、走った。続けて、列をなすように植えられた木を、ジグザグに走っていく。減速せずとも、スイスイと木を避けていた。小回りのよさを、アピールしているのだろう。
シャーロットは呆然と、魔石バイクを眺めているばかりだった。
「ねえ、シャーロット、どう?」
「……」
「シャーロット?」
反応がなかったので、肩をポン! と叩く。すると、シャーロットはビクリと震えた。
「シャーロット、どうかした?」
「あ、ご、ごめんなさい。驚いて、しまって」
シャーロットは息を吸って、はく。そのあと、エルの手を掴んで捲し立てるように喋った。
「あれ、すごいわ!! 世紀の大発明よ!! 魔石車は、あんなにちょこちょこ走れないわ。あれだったら、路地の奥にある家にも入れるし、置いておくにも場所を取らない。欲しいと思う人が、たくさんいると思うわ!!」
勢いに押され、今度はエルのほうがポカンとしてしまう。
「エル、大丈夫?」
「う、うん」
イングリットが魔石バイクを押しながらやってくる。シャーロットは先ほどの言葉を、寸分もたがわずに伝えていた。
イングリットも、エル同様にポカンとする。
「何よ、あなた達。わたくしに勢いよく紹介していたのに、ぼんやりしているなんて」
「だって、ここまで気に入ってくれるとは、思わなかったから。ねえ、イングリット?」
「あ、ああ」
すぐさま、シャーロットは父親に紹介してくれるという。
「あ、じゃあ、この魔石バイクは、ここに置いて帰――」
「それはダメよ!」
シャーロットはぴしゃりと、注意する。
「もしも、うちの商会が魔石バイクの情報を盗んで、独り占めしたらどうするの?」
「そんなこと、するのか?」
「するかもしれないわ」
イングリットの反応を見て、シャーロットはため息をつく。
「あなた、大人なのに、お人好しだわ」
その言葉に、エルは深々と頷いてしまった。
この日、シャーロットの父親であるグレイヤード子爵とも会えた。
工場で働いていた職人を引き抜き、素材を買い占めていた人物が明らかとなる。それは、イングリットの敵であるジェラルドだったのだ。
共通の敵がいるとわかると、イングリットと意気投合をするのは早かった。
最後に、魔石バイクを紹介すると、シャーロットより興奮した様子を見せる。
「この魔技巧品の販売を、うちで独占してもいいのか?」
「ああ」
「ありがとう!! 本当に、ありがとう!!」
契約は成立である。
だが、新たな問題も浮上した。
魔石バイクの素材は、ゴブリンクイーンのまとっていた魔弾ゴム、黄金スライムの液体金、錬金術師が作った特別塗料が必要になる。
これらを、大量生産できる数を揃えるのは、不可能に等しい。
ここから、イングリットはさらに魔石バイクを改良しなければならなかった。