表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編置き場  作者: らいず
6/7

お返し

 どうも皆様。

 え? ここでございますか?

 ここは、“店”です。

 何の店か…ですか。

 うちが扱うのは、何かこれといった物と言う訳ではございません。

 そうですね。俗世の言い方に倣うなら、サービス業のようなものです。

 うちが扱うのは、その中でも少し…特別なものですがね。

 その都合上、やっかいなお客様も多く…。いやいや、楽な商売はございませんなあ。


 今日も迷い込んだ客が、その胸中を隠そうともせずぶちまけています。

「いいか!? あいつにはこれ以上無いほどひどい目に遭わされてきたんだ! 死んだって構わない! それくらいとんでもない奴なのさ!」

「…お客様もわからないお方ですねえ」

「うるせえ! せっかくこの店を見つけ出したんだ…。お前は! なんだってやり返してくれるんだろう! ええ返し屋!?」

「ええ。何であっても、お返ししましょう。何であっても…ね」

 この店に入れる人間は、運がいい。ここはこの世のどこでもあり、どこでもない処。

 “返す”という行為には…。いえ、正確にはこの世のあらゆるものには、“力”が備わっているのです。

 そんな中、私が生業としているのが貸借の均衡…。

 送り、返す事。

 それは物でも、行動でも、何であっても…。何かを送る事で、力の天秤が傾きます。

 私は少しばかり、それを操る術を持っていましてね。“何かを返す”という事象限定で、あらゆる依頼を承っているんですよ。

 だと言うのに、今日の客と来たら…。

「いいからやり返してくれ! どんな事でもいい…倍返しにしてやってくれよぉ!!」

「はぁ…」

 どうやらうちの店も、人間界で結構な噂になっているようですが…。そのせいか、どうにも勘違いした客が増えて困りますね。始めたばかりの頃は、訪れたお客に、うちの店の説明から入ったものですが…。

「ここはそういう店なんだろう!? てめえ舐めてると…」

「お客様」

「お…おぅ」

 おや、少々圧が強すぎましたか。…まあいいでしょう。

「要するにあなたが返したいのは、不幸という事ですかね? これと言った具体的な事ではなく…」

「ああそうだよ! いいからやってくれ…。もうこれ以上我慢するなんてコリゴリなんだよぉ!」

「ええ、ええ…。ですからその不幸の度合いを決めましょう。あなたが受けてきたその屈辱、私に話して…」

「うるせえええええ! なんでそんな事しなきゃならねえ!? 俺の受けた不幸! 何倍にもして返してくれりゃあいいんだよ!!」

「………」

 私、これでも客商売を営む者。お客様にはそれなりに礼儀を払い、接しているつもりです。

 しかしうちのルールを守れない…。つまりは客でも無い人間に気を使うほど、物好きではございません。

 たかが………人間ですからね。

「私に出来るのは返す事だけ。それ以上を望めば…ただでは」

「さっさとしろぉ! やっと…やっと恨みを晴らせるんだぁ!!」

「…此度の件、確かに承りました。では、良い余生を…」

「は―――」

 …ふぅ。やっと静かな店内に戻りました。

 先程の方? ええ、ちゃんと現世にお返ししましたとも。私は物好きではありませんが、外道という訳でもありませんからね。

 ただ…。

 私に出来るのは、天秤を平らになる方向へ傾ける事だけなのです。そういう制約のある“力”なんですね。

 だから先程の方のように、曖昧な事を言われても叶えるのは難しい…。

 今回、私は先程の方がお返ししたがっていたお相手に、不幸をお返ししました。ご要望どおり、喚き散らしていた内容の数倍程度。しかしそれが、もし多すぎてしまったら…。

 私の手が入った以上、天秤は水平になろうとするでしょうね。不足する分には、特に問題ないのですが…。

 まあ、あれほどお怒りだったのです。きっと私がお返しした程度の不幸は、そのお相手から受けていたのでしょう。それならば、揺り戻しは起こりません。問題は有りませんね。

 本日はもう、店仕舞いに致しましょうか…。一日に何度も人間が訪れる事など、そうはありませんからね…。

 願わくば…。

 次回のお客様には、当店を正しくご利用いただきたいものです。


 さて。

 どうやら今日も、迷い込んだ人間が…。

 ………おや? これは珍しい。

「ようこそ私の店…通称“返し屋”へ。かわいいお嬢さん」

「ほ、ほんとに来れちゃった…」

 うちの店に訪れるには、いくつか条件を満たす必要があります。そのうちの一つとして、何かを返したいという強い気持ちが必要です。

 その為大抵は、先日の方のように、負の感情を抱えた人生経験豊富なお客人が多いのですが…はてさて。

「どうやら、うちの事をご存知のようですね」

「なんでもお返ししてくれる、神さまのお店…」

 神ですか。そのような恐れ多い存在では無いのですが…。まあ幼子の言う事。無粋はせず、そのまま話を進めましょうか。

「はい。それで、あなたの返したいものは何でしょう?」

「…ほんとに、なんでも返せるの?」

「ええ。何でもですよ。物でも、それ以外でもね」

「じゃあ…」

「はい」

「うれしいをお返ししてくれますか?」

「…ほう」

 これは…。

 私、随分長い事この店をやっております。これまでも、正の感情を抱いてうちを訪れた人間くらいなら、まあ数名いらっしゃいました。

 しかしそれらの多くは、とてつもない量の物的な恩…。とてもその人間では返せないような借りがほとんどでした。それも致し方ない事で、正の感情を持つ客が少ないのは、そもそもうちの店の力などなくとも、ある程度の事は自力で返せる人間が多いという部分もあるのです。

 そんな中…このような若いお客、その上この内容は珍しい。

 私は話を聞きました。

 しかし何とも解せません。

 うれしいの内容を端的に言えば…。やれ頭を撫でてもらっただの、作ってもらった食事がおいしかっただのと…。とてもうちの店に来るようなお客人とは思えない。

 しかしながら、理解した部分もあります。このお嬢さんが返したいのは、要するに幸福なのでしょう。

 なんと数奇的な事か、前回の方とは真逆ではありませんか。

 とはいえ…いやはや困りました。またしても随分曖昧でございます。この子が利口なら、まあ問題ありませんか。

「同じように、お相手を撫でたり、食事をご馳走したい訳ではないのでしょうね」

「はい。…うれしいのお返し、むずかしいですか?」

「いえいえ、そんな事はありませんよ。うちの店は、なんでもお返しいたします」

「…わたし、いっぱい…いっぱいうれしかったんです。だから、わたしがどれだけうれしかったか…。それを伝えてほしいの」

 ふむ…やはり解せませんね。

 結構な数の人間を見て参りました。それなりに、人間の事情にも精通していると自負しております。

 このようなお嬢さんであるなら、ご自身でそれを伝えても良さそうなものです。

「それは、ご自身の口で伝えれば良いのでは?」

 気の迷いでしょうか。気付くと私は、それを聞いておりました。

 しかしそれに対し、お嬢さんは首を横に振っております。

「できないの」

「それはなぜ?」

「もう、居なくなっちゃったから」

 ここで、私はようやく合点がいきました。

 この子がお返ししたい相手と言うのは、おそらくもう…亡くなっているのでしょう。

 しかし、新たな問題が発生してしまいましたね。

 生と死…それは、それこそ神の領分です。私には手が出せません。

「神さま、お返し…できますか?」

 ですが…。

 このお嬢さんは、これまで見てきた人間と大きく違います。どうにも最近、人間と言うものに愛想が尽きていましたが…。

 ええ、そうですね…。少しばかり、人間に冷たくなってしまっていたかもしれません。

 私はこのお嬢さんを気に入りました。こんな感情でも、この店の扉を叩く事が出来るのですね。人間と言うのは。

 ………。

 “私には”手が、出せませんがね。

 一つ、ズルをする方法に思い当たりがございます。

「繰り返しになりますが、もちろん返せますとも。しかし…」

「…はい」

「そのまま返すだけでよろしいのですか?」

「えっ?」

「あなたの受けた“うれしいの気持ち”。何倍にもして返したいとは思いませんか!」

「それは…思う、けど…」

「はて。…けど?」

「返し屋さんでは、もらった分しか返せないから、それ以上はおねがいしちゃだめって…」

 おやおや。さすがはこの店に、こんな感情で入り込んだだけはある。随分と利口なようだ。

「確かにその通りでございます。しかし今だけ特別サービスをしているかもしれません」

「と、とくべつ…?」

「していないかもしれませんがね?」

 立場上、仕事で嘘はつけないのです。あとはこのお嬢さんが、今だけ…。

「……わたし、たくさん伝えたい」

「ほう?」

「できるだけ…。神さまにできる分だけ、たくさんお返しとどけてくださいっ!」

 ふふ…。こんな口車に乗って、言いつけを破るとは悪い子だ。

 ですが…。

「その願い、聞き届けましょう。それでは…」

「神さまっ!」

「はい?」

「ありがとうございました! よろしくおねがいしますっ!」

「…それでは、よい…人生を…」

 私は珍客を、いつも通り現世へと送り届けました。

 さて、今回私がしたズル…。神は許してくださるでしょうか。万が一にも琴線に触れれば、私とてどうなるか…。

 しかしそれを押してでも、応えたくなるものを私は見たのです。

 こんな場所で、こんな店をしているからこそ…。先程のお嬢さんが、どれほど綺麗な心根を持っていたかがわかります。

「善なるお返し…ですか」

 人の世には、そちらがより多くあって欲しいものですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ