とける
いやあ今の状況、一言で表すなら……。
「あつくて溶けそうってこういう事を言うのかなあ」
「何のんきな事言ってるんです!??」
「まじでお前危機感ってもん無えのな!?」
「一応ツッコむと…」
「ねえお願いですからお願いですから! マジェちゃんは解呪に集中してくださいこのアンポンチンに付き合わないでえええ!」
「やってるけどさ…。これまじで訳わかんないよ。呪文の類じゃないかも…」
「終わっ…た……」
「一番に諦めないで下さいよ一番マッチョなくせに!」
「マッチョは関係ないだろうが!」
「あたしはいいけど、そいつ止めた方がいいよ」
「へ…ぁああああああああユウさん! 本当意味わかんないですよ危機感無いんですか!?」
「それはさっき俺が言った」
あんまり、慌ててもしょうがないと思うんだけどね。なるようになるよ。助からないかもしれないけど。
えー…一応おさらいしますと…。
通ってきた道は崩れ落ちてる。なぜか全方向を深い穴に囲まれてるなと思っていたら…。天井から壁伝いに溶岩が流れ込んできた。今はそれが、どんどんせり上がってきてる感じ。
「本当に死にますからね! 比喩じゃなく物理的に溶けますからね!?」
「これでも、脱出の手段を探してるんだけどなあ」
「なら表情に出せよお前はよ…」
「ふらふら~…っと落ちていきそうにしか見えないんですよ!」
僕からすると、皆の方がまだまだ子供で心配なんだけどねえ。
「とりあえず、やっぱり仕掛けらしい仕掛けはここだけだね」
「やっぱそっかー…」
マジェはガリガリと頭をかいて、お手上げみたいだ。
そうなると…この仕掛けは僕向きかもしれない。
「魔術的な罠がないなら、触ってもいいよね?」
「え? …まあいいけど」
「だからあ!」
「いや、あたしも手詰まりだし」
「あ゛あああああああ!」
「終わった…」
「あ…これ動くね」
「あー本当だ…。まあだから何って感じだけど」
「そうとも限らないよ」
必ずそう…。そんな事は、この世には滅多に無いんだ。
それなのに、人は絶対にそうだと思い込んでしまう。
それは過去の成功経験の影響だったり、他人の口車に乗せられてしまった時だったり…。
そしてこんな風に、窮地に立たされた時だったり。
冷静な思考が出来なくなって、残っていたなけなしの考えさえも、上手く固まらず溶けて流れ出してしまう。
こんな時、僕ら人間に出来るのは余裕を持つ事だ。
本当にどうしようもないなら、何を考えたところで無駄。つまり慌てて良い事なんて無い。冷静に考えてどうにかなるなら、本当はどうしようもない状況じゃ無いんだから。
思い込みを無くして…ゆったりした心で……。そうすればこの仕掛けも解けるかもしれない。
「ねえ私達脱出できるよね? ね!?」
「うるっせえよお前はちょっと落ち着け!」
「何よぉあんただって諦めて、終わったーとか言ってたくせに!」
こういう時に、何の糸口も見つからないまま止めに入っちゃ駄目だ。無駄に時間を喰うし、それこそ何の糸口にもならない。
信頼されてる人なら、一言で落ち着かせたりも出来るんだろうけど…。まあ、僕は違うし。
だから自分だけは、冷静に…。
「あ、開いた」
「何!? 何何なにナニ出口!? 出口なの!?」
「まじかよ!」
「あんたら本当に落ち着きなよ。これは…なんだろうね。今度は盤面が動くみたいだ」
「何かの形みたいだね。わかる人は居る?」
「ああん…?」
こういうわかりやすい目的が出て、初めて水を向ければいい。そうすれば、少しは余計な事を忘れて冷静になれる。さっきまで解けなかったものも、解けるようになる時がある。
「これ…知ってる。おじいちゃんの蔵で見た事ある」
「うおおおお来たか無駄知識!」
「無駄じゃないっ!」
「そうだよ。今おかげで光明が見えてんじゃない」
「じゃあ、お願い」
「う、うん…」
今のうちに…もう一度周りを確認しておこうかな。それにしても暑いよ本当…。
「これ…が…」
「何やってんだあこりゃあ?」
「決まった場所に動かすと、他の場所に盤面が入り込んでる…。やっぱり魔術的な仕掛けじゃ無さそうだね。物理的な仕掛けを解く必要があるんだよ多分」
「かー…そんなもんもあるのかよ。すげえな」
いつも冷静なマジェはもちろん立派だけど、普段感情的でも、こういう時素直に受け入れられるのはガンツの良いところだよね。
「ただいまー。どんな感じー?」
急かさないように質問する。そのためなら、自分のキャラだって使わないとね。
「お前はまたふらふらと…」
「順調そうだよ」
「ちょっと待って…多分これで!」
カチリと。いつの間にか、盤面にあった不揃いのブロックが、全て盤外へと追いやられている。
「解けたあ!」
続いて間髪置かずに、バタンと。盤面を模したかのように、床が抜けた。
「え」
「う」
「い?」
「おー…。惜しかったねえ。もう少しであいうえおーだったのに」
「そんなこと言ってる場合ですかあああああああ!」
落下。
冷静になれば、簡単な事。
魔術的な仕掛けじゃなかった時点で、あそこから抜け出す手段があるとすれば下しかなかった。なぜか溶岩でも溶けてない足場があったんだからね。
「なんかどんどん狭くなってるよ!」
「下がどうなってるかによっては…ピンチだね」
「ようし頼んだマッチョ!」
「ああ!?」
ガッシリと、その隆々とした身体に引っ付く。
「だね。あたしも頼むよ」
「あ、じゃあ僕も」
「せめててめえは何とかしろよなあ!」
そうは言いつつ、ガンツは誰一人振り払ったりはしない。
徐々に迫ってくる壁を見て、今の状況と照らし合わせ…。壁に腕を突っ張って、減速を試み始めた。
「ファイト! ファイトだよマッチョ!」
「だあああくすぐったいから息吹きかけんじゃねえよ!」
「がんばれー。ここまで役立たずだったんだから」
「てめえ!」
「いやあ、溶ける前に解けてよかったねー」
「お前はまじで黙ってろってんだよなあ!」
まだピンチは脱していないのに、僕らはいつも通りだ。
きっと、人生ってそんなもんだよ。
色んな困難が立ちふさがるけど、それをどうやって乗り越えて行くか。目の前の問題を解き明かして行くか…。
僕のおススメは、他人の良いところを好きになる事だよ。
さっきの部屋だって、まずマジェが罠の有無を確認してくれて。
不思議な仕掛けを、フィアが持ち前の知識で解いてくれた。
それで今は、ガンツが次のピンチに対応してくれてる。
人間、苦手な事があるのは当たり前だよ。僕はそれがちょっと目立つみたいで、たくさんの人に嫌われてたけど…。
そんな奴にも、良いところはあるらしいよ? 全然自覚はないけどね。
今一緒に居るのは、そういう部分を認めてくれた仲間なんだ。
「…生きてるー……」
「生きてるね」
「お前ら俺に感謝しろよ」
僕らの冒険はまだ続くけど…。
「…じゃ、行こうか。また何か解かなきゃいけないみたいだけど」
「まじなのです!?」
「あーはいはい。まずは皆離れててねー」
「あ゛ー…」
きっと皆と一緒なら、解けるはずなのに解けない問題なんて無いよ。
だからこれからも、ゆっくりゆっくり…。
まず目の前の障害が、そもそも解けるものなのか考えてみたらどうかな。