チョコかと思ったら
オレの幼なじみは…なんと言うかトロくさい。
もう5年生にもなるのに、登校じゃ低学年より歩くのが遅いし、そもそも速く動いているのを見た事が無い。しかも、それを気にしている感じすらない。ボーっとしてると言えばいいのかなんなのか…。
そんな奴、もうこの歳なら放っておきたいところだ。でも、不幸な事に家は隣で、母さん同士の仲が良くて、うちにもよく遊びに来る。それだけなら別にどうでもいいのに、それに“かえで”もくっついて来るんだ。
今日もどうせ、オレの部屋に入ってくるんだろ…。くそっ。特に友達と約束もしてないしな…。どこ行くか言わないと出かけられないし、適当な事言ったらダメって言われるし…。
あっ…チャイムだ。それに声も聞こえてくる。母さん声でけえよ。
…はー。もうオレ5年生なんだからさあ。部屋に女子入れるとか嫌なん――。
「あっ。ごめんねー優也君。今日、楓居ないのよぉ」
「…え?」
「あらそうなのー。残念…どうしたの?」
「お友達のところ行って、お料理するんだって。ほら、もうすぐバレンタインじゃない?」
「きゃ~。もうそんな歳かあ! 良いわねえ女の子ー。あ、もちろん優也が一番よっ」
「うるさい」
「うちなんて最近こんなんでー」
「いいじゃないかわいくてー」
いつもなら、かわいいと言われた事とかが嫌で、ムッとしてたところかもしれない。でもこの時のオレは、他の事に気を取られていた。
かえでが料理!? 友達!!?
あの黒板写すのすらドベで、止まったボール蹴るのに10回空振るようなあいつが?
しかも友達って…。確かに最近、学校じゃ面倒見るのはずかし…やってられなくて、あいつと離れてる時間は増えてたけど…。
………本当に?
なんだろう。教室の雰囲気がいつもとちげえな。
「おい優也」
「ん?」
「今のところ何個だよ」
「何が」
「は? そこら中で貰ってるやついんじゃん」
「…あ」
そう言えば今日、2月14日だ。
「で?」
「うるせえ言わねえよ」
「おれもう1個貰ったもんね」
「自慢かよ」
「そんなんじゃねえし!」
確かに、見てると結構な人数が渡してるな。なんだよ急に。去年までこんな事してる奴、ほとんど居なかったじゃん。
恋とかに憧れちゃう感じかー? はーこれだから女子…は……。
『今日、楓居ないのよぉ』『お料理するんだって。ほら、もうすぐバレンタイン――』
…いや。いやいやまて。
………あいつが?
いやでもこのタイミングで、女子同士で料理しに行ってたんだろ?
くそっ、なんでこんなにドキドキしてんだ。でも、あいつが渡すとしたらオレしかねえし…。
「ねえ」
「え、なに」
いきなりクラスの女子が話しかけてきた。
なんだこいつ。別に仲良くねえし、話した事もねえけど。
「今日授業終わったら、校舎裏行ってね」
「…は?」
「絶対だからね! 絶対!」
「いやなんで…おい!」
引きとめようとしたのに、クラスの女子はグループに戻って行ってしまった。
それを視線で追って、気付いた。
かえでっ!?
その中に、かえでが居た。しかも戻ってすぐにかえでに声をかけて、しかもしかもこっち指差してやがる!
うそだろ?
だってチョコ渡すのって、つまり好きって意味なんだろ? それくらいオレだって知ってる。そもそも朝だって、別にいつも通りだったじゃんか。
…はあ~~~!?
本当に来やがった…!
しぶしぶだけど校舎裏に行ってみたら、本当にかえでが来た。しかも両手に、似合わない高そうな紙袋なんて持ってやがる。
「ゆうー」
「な、なんだよ」
本当にそうなのか!?
だってかえでだぞ? オレの前で普通に着替えだすような奴だぞ!?
「これ、ゆーに」
「…なんだよこれ」
やっぱり、これオレにくれるのか? オレ…オレは。
おかしい。なんでこんな訳わかんねえんだ――。
「うん。たいんじょーびおめでとー」
ぺちぺちと、ほとんど音の出ていない拍手と一緒の台詞だった。
「……………は?」
「おめでとー?」
「聞いていいか」
「うん?」
「これ、中身何」
「ぎょうざ」
「ぎょうざ!?!?」
「あ、違った」
「なんだよおい!」
「なかみはひみつ。あけてみて」
「…なるほど。本当にこれぎょうざなんだな」
多分女子どもに、そう言えとか何とか言われたんだろ。
…いや中身ぎょうざで、開けてみても何も無いだろ。
「ちなみに、なんで?」
「ゆうの好きな物だから」
「確かに好きだけどさ」
「皆に、ゆうに当然あげるんでしょって言われて」
「うん」
「今日、わたしはゆうに何かあげなきゃいけないみたいで」
「うん」
「誕生日おめでとお」
「…オレの誕生日は8月だ」
「…あれー?」
「ああーーー! そうだよなうん。やっぱかえではかえでだ」
今も、驚いてるんだかどうなんだか。見た目じゃわからない。多分クラスの女子達みたいに、誰が好きとかそういう発想が無かったんだろ。それで何か、変な方向に考えたんだろうな。ぶっちゃけわからん。
こいつはいっつも一番最後なんだ。まだまだお子様なんだよな。
「かえで」
「うん」
「帰るぞ。家で一緒に食べよう」
「…うん」
仕方ねえから、もう少し世話を続けてやる。一人で帰らせると危ねえしな。
「そういえば、この前こみやさんとチョコ作ったの」
「はあ!?」
ならそっちはどうなったんだよ!
…本当訳わかんねえ。
放っておけないんだから、これは仕方ねえんだよ。