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短編置き場  作者: らいず
2/7

新・禁則嗜好

 街の一角で、ひっそりと営まれる店がある。

「まいど、ありがとうございます。こちらが商品の、“命”でございます」

「うん…。少々高いけど、やっぱり止められないね。良い時代に生まれたもんだ」

「こうして命を買えるようになって、もう何年経ったか…」

「技術の進歩はすごいねえ。来るところまで来たって感じだ」

「あんた、初めてじゃないのかい?」

「ええ、実は二度目で」

「へえ、そりゃあ…。随分と思い切ったんだね」

「確かに、安全と言い切れないだのなんだのと…。出回り始めた頃は、色々言われたりしたからね」

「そんなに良いものなのかい?」

「ああ。こいつは何物にも変えられないよ」

「実は、商品を扱っているのになんだが、あっしは使ったことが無くてね。身体が不調になったりしないのかい?」

「しないさ。是非一度やってみるといいよ。新しい命を使えば、二度と同じ失敗はしない。まさに人生やり直せるんだ」

「確かに、お客さんいい顔してるね。……ただ、最近ほら…」

「ああ…。あの、命を使うのは止めるべきだって団体か。気にする事は無いさ」

「まあね…」

「そうさ。けっこうな昔に流行ったって言う、魔の薬や、魔の煙とは違う。別に誰にも迷惑かけちゃいないんだ」

「あっしも、こうして商品を扱ったりしてるけどね。その、魔の数々も、その当時は良いものだって、結構好かれてたと聞くから」

「…なんだ店主よ。随分とケチを付けるじゃないか」

「おっと、これはすまない」

「まあいいさ。機会があれば、また来るよ」

「ありがとう、ございました…」

 客は立ち去り、店主は一人、天窓から空を仰ぎ見る。

「やっぱり、こういう出始めの高価な嗜好品は、怖さがね…。さっきの客も、止めるつもりは毛頭無いようだった。魔の薬やらは、未だに無くならないと言うし…。幾度と無く、後に“魔”の付く嗜好品が流行ってきた。これも、安全とは言えん」

 技術の進歩により生み出されたそれは、一見何なのか見当も付かない。それでも、何かを感じさせる力を放っている。

「あっしはせいぜい、この命を全うしようかね…」

 世間では少数派な考えを持つ店主は、今日も変わらず過ごしていた。


 水面下では、徐々に進行していたのだろう。しかし、こうした変動は急に表に現れるものだ。

『命の取り扱いを全国的に禁ずる』

 どうしてそうなったのか。あっという間に、命の売買は忌避される風潮になっていった。

 国の発表に混ざり、様々な憶測が飛び交い、そして噂される。

「私は、最初から嫌いだったのさ。規制されてせいせいしたよ」

「悪いやつらが居たからね。新しい命を使えるのをいい事に、直前に犯罪行為を犯したりさあ」

「そんなやつらは一部さ。一緒にされたくは無いね」

「一緒さ。国中で言われているだろう。止めよう生まれ変わり…ってね」

「勘弁してくれ。これからはこの命が尽きれば終わりだって言うのか? せっかく技術が進歩したのに」

「まあ落ち着け。今のところ規制…ってだけだろう?」


「そもそも、あの“命”って、何から作られていたんだろうね」


「…おい、変な事を言わないでくれ。嫌な想像をしてしまったよ」

「そりゃあ…時代が進むにつれ、本当に様々な物が作られてきたんだ。また何かの合成物質だろう」

「おいおい。合成物質だって、現実にあるものを組み合わせてるんだぞ?」

「止めて! 気色悪い…」

「お前…もしかして“生まれ変わり”か? 近づかない方が良いかもしれないな。近くに居ると悪影響があるかもしれん」

「おいお前! 金があったらやってみたいって言ってただろうが! 手のひらを返したように何を言うか…!」

「落ち着けよ。少なくとも、さすがに俺たちと同じではないさ」

 真偽のわからぬ情報が、あたかも正しいかのように振りまかれた。


 街の一角で、ひっそりと営まれる店がある。

 一人の店主が、のんびりやっている小さな店だ。

「おい店主よ」

「いらっしゃい…。おや、いつかの」

「“アレ”は無いか?」

「…あれでは、何の事かわからないよ」

「何言ってるんだ! アレはアレだ!」

「あっしは、わからないと返すしかない。これはせめてもの気遣いだよ」

「あ…ああ…ぅあ゛ああ!? あ…」

「しっかりしなさい。お茶でも出そう」

「おかしい…気が狂いそうだ。どうして無いんだ? ただ今まで通りに欲しいだけだ。なのに友人も、家族も、私を犯罪者のように見る! これ以上、アレが手に入らないなんて…」

「仕方の無い事だ。所詮常識なんて、時と共に変わっていく」

「なあ本当に無いのか!? あと1回でいい…。それで終わりにすれば良いだけなんだ! そのつもりでやればいい!」

「期待には応えられん。お客さんの求める物は無いよ」

「う゛…ひぅ゛ぅ…」

 遂には膝を着き、客人は嗚咽を漏らし始めた。

 店主は、それを見てあまりに不憫に思った。

(確かにの…。軽率だったと言えばそれまで。全てはこの客人が自らやった事…。しかし、別に罪を犯したわけじゃないのも事実…)

「何か…何か…。他では代わりが効かないんだ…」

「客人よ」

「な、なんだ…?」

 もしかして…。そんな希望を孕んだ表情を上げるが、店主は首を横に振る。

 しかし、落胆する客へと投げかけられた言葉は…。

「ひとつ、入荷したものがあってね。少々値は張るんだが…」

「な、なに…」

「これは………新しい――――」


 …変わらないね、人の世も。

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