ぬくもり
ぬくもりにも、色々あるようです。
「ああ~感じる。あったかいよぉ~。ぬくいぬくい」
「そうなのですか? よくわかりませんが」
「この部屋年中肌寒いし、こうしてくっついてるだけで、ぬくもりを感じるんだよー」
「わたしは感じません」
「あたしは感じるからいいんだよー」
「………」
「どした?」
「いえ、何でもありませんが」
「いやいや、いつも言ってるだろ。どうしても嫌とかじゃないなら、言って欲しいんだよ」
「…少々、その“ぬくもり”とやらが、どんなものなのか気になったというだけです」
「……ほう。…おかしい話じゃないか。経験してない物は知ろうとするように――」
「マスター?」
「いやいや、いいぞお。よーしよしよし」
そう言いながら、マスターはまたわたしの頭を撫でます。これは褒めてくれているらしいです。
「…マスター、また思考に変動があります」
「よーしよしよしよーししししし」
「…マスター、また別の種類の変動です」
「あーごめんごめん。んでも、ぬくもりかー…。そうは言っても、あたしの手とか、あったかいと感じてるだろ?」
「温かいのはわかります。しかし、ぬくもりはただ温かいのとは、違うのでは?」
「…確かにそうだね。ニュアンスとか、何を表してるかー…みたいな」
「結局、マスターにも上手く言い表せない訳ですか」
「いや、うーん…。でも確かに言われてみれば、ここまで来ておいて、この状態もあんまりかー……。よしわかった。次は、ぬくもりがわかるようにしよう」
「…変な事はしないで下さいよ。よくわかってないものを入れられても困ります」
「大丈夫大丈夫。ちゃーんと君に委ねるようにしとくから」
「…そう…ですか」
こうして眠った後…次はどうなっているでしょう。わたしには、まるでわかりません。
…。
…29日後ですか。意外と長かったようです。温かいとは少し違う何か…くらいに予想していましたが、ぬくもりとは…そんなに難しいものなのでしょうか。
「それで…なにしてるんです?」
「え? これでどうかなーって」
寝起き早々、なぜかマスターはわたしを抱いて撫でています。心なしか、普段よりゆっくり、丁寧ですね…。
「何の事か明確にお願いします。寝る前と同じ、思考の変動はありますが」
「よしよし、それを記憶するんだ」
「は…?」
「君は何かされた時、なんらかの思考の変動があるはずだ。それが感情ってものなのは、教えた通り…。今度は、その感情に名前を付けてみよう」
「………確かに、できるようになっています。今まではできなかった事です」
「それは間違いなく、君の感情だ。植えつけたものなんかじゃない。あたしと同じように、自分の気持ちを、どう呼ぶのか覚えるんだ」
「ふむ…。それで、今こうしていて、感じている気持ちはなんなのでしょう」
「それがねえ……。多分色々混ざってるから、これってのは無いんだよね!」
「……………」
「あ、多分今機嫌悪くなったでしょー? それは多分イラついたーとか、むかつくーとかそういうのだよ」
「それは良くない感情だったはずです。知っているなら、そんな気持ちにさせないで下さい」
「ごめんごめん。機嫌直してー。ほら、さっきまでの気持ちにもどれー」
「む…」
なぜでしょうか。普段よりも優しい手つきのせいか、いつも感じでいた思考が、これまでより大きく出てきています。
「そうだと信じて言うんだけどねー。今感じてるのが、ホッとするとか、安心するとか……。“ぬくもり”を感じるって気持ちだよ」
「…? わたしは、ぬくもりと温かさの違いがまだわかっていません。温かさは、感情とは違うはずです。ぬくもりとは、感情なのですか? 温かいと似た意味では無かったのですか?」
「あー…うん。この国の言葉ってややこしいよね、うん。前後の文脈やなんやで、ニュアンスでわかれーとか。同じ単語でも、別の意味だぞーとか」
「いえ、その程度は記憶すればいい話です」
「わーお…」
要領を得ません。結局どういう事なのでしょうか。
「あー、まあ何? 今さ、あたしの体温感じるでしょ?」
「はい」
「温かいでしょ?」
「はい」
「でも温かいものに触ってるだけじゃ、今の気持ちにはならないでしょ?」
「…はい」
「あたしにこうされてるの、嫌?」
「嫌ではありません」
「好き?」
「………」
「ねぇえ~好きー?」
「先程の返答を訂正します。わたしは今離れたいと思っており――」
「ああああごめんごめんってば~」
「わたしは今イラつきました」
「ほ、ほら。その気持ちは余所へ~余所へ~」
なぜでしょう。嫌と言う気持ちになったはずなのに、それでも撫でられていると、別の思考が生まれてきてしまいます。
「つまりそのー…ね。今、君はあたしの温かさを感じてる。こうされているのが好…嫌じゃなくて、ずっとこうされていたい…って思ってる」
「そこまでは思ってませんが」
「…されてるのも悪くないかなーって思ってる」
「………」
「とまあ…そんなのを、“ぬくもり”を感じるって言うんじゃないかな」
「…結局、ぬくもりとは感情の一種なのでしょうか」
「んー…両方…中間? いや一応は物理現象優先…」
「わからないのですね」
「…はい」
「ですが、わたしの知っていたこれが…ぬくもりであると」
「…ん、そうだと思う」
「わたしとしては、もっと明確な答えを…と言いたいですが、マスターがわからないのなら、わたしがわかるはずもありませんか」
「面目ない」
…なんて。本当は、わたしなりに納得のいく答えは得られました。
なぜでしょう。これもわからないのですが、ああいう言い方をしたくなったのです。しかし、普段から言いたい事は言うように言われています。わたしの行動に問題はないはずです。
とにかく、わたしはわからなかっただけで…、“ぬくもり”をすでに、知っていたのですね。これは、なんと言うか…ずっと傍にあって欲しい、そんな思考です。
「ところで、今回の更新は従来に比べ、大して変わっていないようです。その割に日数が掛かっているのはなぜでしょう」
「それはね! 君がぬくもりを知る為の更新って事で、語呂合わせで29もりーって」
「わたしはムカつきました。長い間眠っていたようですし、掃除に取り掛かります」
「ごめんなさい! ごめんなさい!!」
こんな事をされても、なんだかんだとぬくもりを感じてしまいます。
…いくつかの書物で、似たような関係を見た事があります。こんなマスターでも、やっぱりわたしを生んでくれた人だから…なのでしょう。
わたしのケースは、少々特別ですが。
どうやらぬくもりとは、よくわからないもののようです。
しかし、あった方が良いものだと思います。
もし、無いと言う方がいっらしゃいましたら。
一度深く眠り、新しい自分で探すのも良いかもしれません。
気付いていなかったぬくもりに、気付けるようになるかもしれませんので。