ロスト紅葉 〜 Last Fall 〜
原題は「秋桜はきれいだった」ですので、一応冒頭に述べておきます。
色々と作品を書こうと思ったのですが、結果的にはこれで落ち着きました。落ち着きすぎですね。
因みに、仕掛けを作品内にある程度用意したつもりですが、期待されると価値が下がるかもしれません。(作品自体が短いので笑笑)
これが私の「寂しさ」の原点となる作品となれば、良いかなって思います。
......そう言えば、寒い秋の日に一度だけ友達と遊んだな。
僕と彼は2人で極楽寺山に登っていた。一旦、紅葉が見える池で立ち止まった。
「......例えばだが、もし今日が世界の最期だったら、お前は何したい?」
彼がキャスケットを斜めにずらした音の後に、不意に右耳でそう聞こえた。
「別にいつも通りだろ」
「この景色だけ見て終わるんなら、少し美学みたいな感じがするけど」
「......今考えることじゃないだろ」
「今しか考えられない」
深い意味があるのかと思い、隣の彼に目を向けた。
「一度でもいいから、真面目に考えてみた方がいいんじゃないか?」
「......俺は」
言葉が詰まって、首を傾げた。突拍子もない質問に正確な答えを導けるはずがなかった。妙な沈黙の中、舞い降りた紅葉が彼のキャスケットの庇を飾った。
「......俺らしい、あきららしいことをするよ」
「ん、自分の名前に従うのも良いかもな」
僕が相槌を打つふりをしたのを見て、彼は山の上へ足を伸ばした。僕は紅葉を乗せた背中を慌てて追いかけた。冷たい風が前から吹き、橙色の紅葉が顔にかかったので振り落とした。この一瞬、「紅葉は忘れない」と彼が言い残したように聞こえた。
彼は高校卒業後、雲隠れするように僕の前からいなくなった。結局彼の言葉通り、全くこの質問について考える機会がなかった。
娘の桜子が2分の1成人をしたのを祝って、常々娘が行きたいと言っていた僕の母の実家に行くことにした。しかし、娘は去年から神妙になり、僕や妻との会話が著しく減っていたため、とても乗り気には見えなかった。妻は娘が思春期になったんだ、と気にかけていなかったが、話す機会を失うのは困ると僕は思った。まだ娘に伝えたいことがあったらしいのだ。
妻が母との買い物で来ていない中、僕らは関門山を散策した。普段からあまり運動をしない娘は数分の間にくたびれてしまったらしい。大きな楓である「楓王」を見ようと娘を道の端に座らせた。
「あの紅葉、綺麗だな」
「うん」
娘のおさげがため息をつくように垂れた。軽い相槌しか僕に送って来ない。
僕は別段、面白い話を用意していないので、親子としてはばつの悪そうな空気を感じた。
「なぁ、最近学校はどうなんだ?」
「今する話じゃないでしょ......疲れた」
確かにそうだと思ったが、僕には不覚にも今する話だという気がした。
紅葉が風に乗っている様子を目にして、懐かしのメロディーが想起された。タイミングを逃すわけにはいかない。
「今する話、で思い出した。とっても大事な話だ」
「?」
「もし今日が世界の最期だったら、何をするか。そういう質問だよ」
予想通り紅葉の木が静寂を嘆いた。しかし、僕はこの話の答えを一度娘から聞いてみたかったので真剣に身構えた。そして、僕の何倍も真剣な子だったためか、娘も斜に構えたようだった。
少し首をひねった後、落ちてきた紅葉を娘は捕まえた。
「友達とみんなで集まりたいな」
「へぇ」
「家でパーティー、いや、学校で開きたいな」
「今日中に帰れないかも」
だがここで、紅葉が徒に宙を舞うのを見て、世界の最期ならば、人々は一箇所に集まると仮定することになった。
「楽しいことでわいわいしたい」
「うん」
「......あと最後にはありがとうって言わなきゃ」
急に、僕の相槌は途絶えた。代わりにセピア色の落ち葉を拾ってそれをじっと見つめ、降ってくる鮮やかな紅葉を待った。
「ごめんとかも......あっ」
突然強烈な風が吹いて、一斉に紅葉が舞う雅やかな補色の自然が、娘の興味を引いた。このときに僕は呆気にとられたが、落ち葉はしっかり握りしめていた。「きれい」とあどけなく声を上げる娘の姿は、長い間忘れていた。
「すごいな」
「わぁ」
風の冷たさを思い出すまで、ずっと僕らは感嘆していたらしい。
しばらくすると、娘は僕を向いて野球帽を斜めにずらした。
「ありがとう、お父さん。きれいだね」
僕は娘に返す言葉を忘れていたらしい。代わりに、その帽子の庇に真っ赤な紅葉を飾ってあげた。握りしめた落ち葉の破片が手の脂で落ちなかった。
「今しかない。もし今日が最期なら......そうか」
山から帰る途中に、落ち葉がボランティアの青年に集められているのを見た。僕にはふと、自らが好んで寄り添っているように見えた。しかし、朽ちたものに関しては遣る瀬なさそうに残されていた。
僕は何か友達にしてやらないといけないような気がした。しかし、尤も何をしてやれば良いかは見当もつかないので、彼を探すわけはわからないままだった。何となくまずどうにかして、あの紅いキャスケットを娘に被せなくてはならないと思った。
娘に同じ質問をするときはもう来なかった。僕は友達と同じく自堕落だから、それはわかっていた。
娘が成人する前に「さいごまで私をちゃんと見て。父さんは目が良い人として生まれさせられたはずだから」と言われたのは心に残っているが、結局意味は明らかにできなかった。(この文章は逆説的だと言われた。)
再びあの山に登ると、枯れた紅葉の葉がまるでミイラのように横たわっていた。つまんでみると、すぐに潰れた。
そのとき、僕の肩に継ぎ接ぎの紅葉の色のような暖かい感触があった。
「想い出は忘れない」
「赤ひげ野郎」と叫びながら僕は振り返った。目の前には僕の知っているふんわりとしたシルエット。
「懐かしいか。はっはっは」
僕は彼に会いたかった理由を思い出す。意外と浮かばないので「ちょっと待ってくれ」と彼に言った。彼と目を合わせるのが難しかった。「ああ」
「......お願いだけど、友達として、最期まで......あははは」
「一緒にいよう、か。はっはっは」
ふと、僕は止まった。決してそれは凍ったわけではなく、確かに暖かい感触を残して止まっていた。冷たい風に木が騒ぐ。
「お前も変わったな......俺もだけど」
最後まで紅葉が綺麗に舞うことはなかった。冬だったからだ。紅葉の木が嘲笑しているように見えたのは辛かった。
もう一度朽ちた紅葉を拾ってみると、また彼がやって来ると思う。但し、それをする意味は全くなかった。
僕はあの紅葉の木が静寂を嘆いたと見た。僕の目頭のように暖かく声をかけてやる。
「今はもう冬なんだよ。来年まで待てって」
僕の歌に合わせて、鶯が鳴いた。どうやら知らないうちに僕の肩に乗っていたらしい。今季はなんだか嬉しくて、体が桃色に火照る。想い出のプロムナードは僕と鳥だけのものとなって散った。
風で誰かの白い息が流れて行く。丁度、向かいの友達が紅葉を僕の腕にかけてきた。
「よかったら、最期まで友達でいてください」
生憎そのときは「いつ駄目になるかわかりませんから」と微笑む彼に何も返してやれなかった。冬だったからだ。
「......そうですか」
曇天が僕を包み、酸の効いた酒が降って来た。晴れがましい日々に水を差されたようだ。独りよがりの僕から、雀たちがみるみる離れていく。
友達はまだ帰って来ない。桜はもう散ったんだ。
いかがでしたか。折角なので仕掛けについて1つだけ(たぶん最高難度です)教えましょう。
極楽寺山は私の少年時代を共にした御山なのですが、一方で関門山も私にある共通点があります。ここでは説明できませんけど。(ぃ
実は、関門山の原語である「关門山」をグーグル先生に日本語訳してもらうと、「観音山」になるんですよ。
あとはご自身でそれを調べてみてください!(ぇ
※グーグル先生に関門山を中国語訳したやつだと、うまくいきません。
...正直に言うと、ピクシブでからあげ太郎さんの『橙の未来予想図II』を読ませていただいたときに、この話良いな、と思ったので少し真似させていただいたところもあります。ですので、この作品が有名になるべきか否かの葛藤が少しあります...