第52話 『シュウちゃん』の最後の悪戯side????
今日はやけに朝焼けの鮮やかな朝だった。まるで血を流したような真紅で『神の血』だと呼ばれるその現象が本当に何かの先触れのような気がしてならなかった。
「はあ?『神の血』なんぞただの光の加減だ。ただ珍しく天候条件が揃っただけだ。何の先触れでもない。あっても精々夕立ちくらいだろ」
レイジナは相変わらず現実主義だ。前世と全く変わっていない。記憶が無くても、人格は変わらないようで少し安心した。
やや甘えたの『レイ』も良かったけど、姐御って感じでリーダー系の『レイジナ』もまあカッコいいと思う。
「まぁ、何もない分には構わないけどな」
フレンチトーストとコーンポタージュを出すと苺ジャムを塗りたくるレイジナは目を細める。穏やかで何処か懐かしく、暖かく、愛おしい。
記憶が無くても所々『玲』が表に出ている気がする。苺ジャムをたっぷり塗って、愉しげにトーストを食むレイは子供の頃に戻ったようにふわふわとした笑顔でとても癒される。
「む?」
「『む?』」
不意に顔を上げたレイの視線を辿ると白い何かが雲を突き抜けて落ちるところだった。
『創造神は哀しみ、情けを掛けた。世界を変えるには足りぬ力を補う為、自らの血を媒体に時を戻した。
この世を映す水鏡に血を垂らすと我等が空は真紅に染まり、涙を垂らすと一筋の光が射した』
こちらの世界の聖書の一部が脳裏に浮かんだ。ふと気づくとブランチのティータイムの準備を止め、白い何かをただ眺めていた。白い何かは少し離れたところに落ちたはずだが何の音もしなかった。朝っぱらから流れ星とはまた珍しいな。
◇◇◇
ティータイムに何とも珍しい乱入者が現れた。銀鳩は羽を散らしながら飛び回っていて捕まらない。レイジナは揚羽蝶に似たシルエットの真っ白な蝶と戯れている。
無駄に魔導使って焼き鳥にしたくないし、水系は周りに被害が出る。風系と地系は悪いとこどりなので却下。
あまり使いたくないが、呪術魔導を使うかと手を伸ばした所で、銀鳩は俺の腕に止まった。その銀鳩の瞳に頭の中を覗き込まれているような気がした。
「何だよ……ッ!」
バタッと倒れる音がした。レイが倒れた姿が選抜戦の時と重なりサッと血の気が引いた。
「ングッ!」
動揺した一瞬でさらに奥を覗き込まれていくのが分かった。こんなの理由はこの鳩に決まってる!
「糞鳩野郎が」
グワン、グワンと視界がゆれて、白く染まっていく。レイ、と言葉にならないまま意識を失った。
♢♢♢
フッと微笑んで僕の頭を撫でようとした『シュウ』の手は胸の辺りまでしか届かなくて、微笑ましい。
しゃがんでやるとよしよし、と言いながら頭をクシャクシャにされた。『シュウ』はゆっくりと口を開くと
「ねぇ、『ヒュージ』お兄ちゃん……僕たち『記憶の管理者』はね、いつか風化して、消えてしまうんだ。
一生残る思い出でもね、時間が経てば新しい思い出が増えて、そっちのスペースを作るために少しずつ削られていっちゃうんだ。
そして感覚がなくなって、モノクロになって、削られた先でいつか砂場の城のように風に吹かれて曖昧になっていつか……いつかはあったことすら忘れられて抽象画のようになって、管理者は崩れて去るんだ。どんなに砂が多くても風は吹き続けるからいつか崩れてしまう」
ちょっとだけ悲しそうに笑った『シュウ』は儚くて今にも消えてしまいそうだ。涙が止まらなくて、どんな慰めの言葉も今は表面を撫でるだけになりそうだ。
ふふ、と口角を上げた『シュウ』は指を一本立てて続けた。
「でもね、城の砂が崩れ去ってもまた山を作ったり、トンネルを作ったりするでしょ?形が変わってもそこに砂はあるんだよ。
この砂場を新しい場所に移して、真っ平らにするのが魂が新しい身体に宿るって事なんだ。でも『シュウちゃん』っていう砂の城は、ただ同じ砂で別のものを作ってるだけだから『俺』の一部で、『僕』の一部である事は変わらない。
だからね、『俺』は『僕』に会えるよ。だって、砂場の形が変わっただけで、砂は変わってないからね」
無理やりのようでまあまあ筋の通っているその言葉に何故か絡まっていた糸が解けたような気がした。
雁字搦めになってどうしようもなくなった糸も、『切ってはいけない』ルールを無くせばスルスル解けていくように、消したくないと縋り付いていた理由が無くなれば、サラサラと消えていく。
ごめんね、といい掛けた口を閉じ、俺の頭をくしゃくしゃにしていた手を取り、泣いて掠れた声で、けれど、しっかり伝える。
「ありがとな。『シュウちゃん』……」
キョトンとした顔を晒したシュウは自分から感謝されるなんて変な感じ、とくすくす笑った。
「ねぇ、そんな悲しい顔しないで。『白石秀司』の形はもうそろそろ壊れなきゃいけなかったんだ」
そこでいきなり楽しそうな表情を浮かべてみせ、両手を広げて、こちらを振り向いた。
「でも、『たった今、記憶の管理者に出会って対話した』という記憶はまだまだ残るだろ?その『たった今出会った記憶の管理者』に『白石秀司の記憶の管理者だった』といった情報の形でヒュージの中に残るんだ。だからさ、最後は精神世界でもできないドッキリ仕掛けない?」
主様をも巻き込んだ盛大な悪ふざけはこうして起きたのだった。なんて、ナレーションが入ったような気がした。
◇◆◇
一生残るであろう記憶の部屋から出ると真っ黒で明るい、夜空をベールにして二重三重に重ねたような暗闇の中の光のような何かが身体を包み込んでいる。
身体が泥のように、とはよく言ったもので、指一本動かせない怠さに見舞われた。ただ意識はしっかりしていて、それが重い瞼と遠い耳に意識が集中していく。
「全く、君達は怖いもの知らずにも程があるという思うんだけど?
ぶっつけ本番で、時空属性発動させるし、制御できなかったらどうなってたかも分からないガキじゃあるまいに無駄に大量の魔力使うし、限界超えて寝落ちするし、情報網では最強の家系の直系、しかも元当主に喧嘩売るし、魔族相手に魔導使うし、神相手に即興劇で同情・憐憫引いて、あまつさえ神の血を流させるなんて普通なら無いよ」
ほぼ事実なのが耳に痛い。頭に手を乗せられると、ザバッと水から引き上げられるような感覚がして、目を見開いた。軽くなった身体で手をグッパッと動かす。視線を上げると、俺そっくりな長身の男が立っていた。ただ髪はレリエルさんとレイジナとバルシオン様を混ぜたようなサンディブロンド、瞳はエメラルドグリーンに金色が混じっていた。




