第47.5話 累計55話達成記念〜『カルーア』のハルジオン・sideハル ~
私は西の小さな田舎町に住むと言うだけの、ただの子供です。
だからなのでしょうか。カルーアおじさんは私を見ているのに、私ではない誰かを見ていることがよくあります。
「ハルジオンは綺麗なサンディブロンドだね」
よくそう言って私の頭を撫でてくれて、その手の温もりが心地いい。根元は赤みがかったチョコレートブラウンで毛先はホワイトとプラチナの間。でも、おひさまに当たるとキラキラ反射してシルバーみたいになるんだ。サンディって言葉がすごくぴったりだとは思ってる。
だから私はこの髪が気に入っている振りをする。
私の髪を撫でる度におじさんが哀しそうに目を細めてるのに気づかない振りをするんだ。
「おはよう、今日も髪がサラサラだね。ご飯とブラシ、どっちからしようか」
◆◆◆
私は特筆することがないただの子供です。
だからなのでしょうか、私が失敗する度にカルーアおじさんは「できたのはバルぐらいだから大丈夫」と言います。
朝ごはんを食べたあとはお昼になるまで、私はカルーアおじさんに魔導を教えてもらいます。
でもまだ魔力を把握するので精一杯で、補助をしてもらっても【制御】できません。だから練習が終わった後に頼んでみました。
「もっと上手くなりたい。もっとお手伝いするし、自分で練習するから、裏庭使わせてください」
私は『攻撃』と『付与』が波長に合っているらしく、自分の部屋でやってみたら小火騒ぎになったことがあります。その為カルーアおじさんがいるときに裏庭でだけ使う約束をしました。自分1人では使おうと考えるのも駄目だと言われてしまいました。【制御】が出来ていないからふとした瞬間に暴走するかもしれないから。
「まだ、自主練はさせてあげられないな。せめて【魔力誘導】が出来てからね」
そう言って、あっさりと却下されてしまいました。私はもっと強くなりたいのに。
「大丈夫だよ。まだ教え始めて1年も経ってないんだ。おじさんだってきちんと【制御】できるまで4年かかったんだ。たった1年で【制御】が出来た人は私が知る中では『バル』ぐらい何だから心配することはないよ。
今ぐらいの時は一度失敗したら『もう一回』が出来なくなる人が多いんだ。だから今はゆっくり進めていこう」
◆◆◆
私は親が死んでしまったこと以外、どこの子供とも違わないただの子供なんです。
だからなのでしょうか、私を引き取った時のおじさんは憐れむような瞳で、同情だけで育ててもらっているような気がするんです。
お昼を食べたら、私は算術や地図の作成など、生きていくのに有利になるものを勉強します。おじさんはどんな質問をしても分かりやすく教えてくれる。だから、私はとっても不安なんだ。何でこんな私を選んだんだろうって。
私より頭の良い子は何人もいるし、私より運動ができる子はもっといる。私みたいなガリガリの子どもより可愛い女の子だっているし、私より気がきく子もいる。
だから、何で私なのか不安で、私はまた捨てられるのかと思うと怖いの。
◆◆◆
私はいつまでだっても『バル』君に勝てない、腕っぷしも心も弱いままです。
白髪とプラチナブロンドの髪が混ざってるカルーアおじさんは夕暮れ時になると必ず家の裏で夕陽を見ながらライチを食べているし、ライチが採れない時期はジャムにしたのを食べている。
私が気づいてからだけでも、もう15年も続けている習慣。昔、何故ライチにこだわるのか聞いたことがあるけど、はぐらかされるばかりで答えてくれない。
「『バル』君なら教えてくれるの」
なんてふくれっ面をして逃げたら、悲しそうな顔をして抱き締められた。
その日以来理由は教えてくれないけど、私も一緒に過ごすようになった。でもカルーアおじさんは何度勧めてもライチ以外の果物は食べない。私にはイチゴやリンゴを準備してくれてたのに。
この夕日を見るたび、私は自分が嫌になる。何一つ取り柄のない私が嫌になる。
ねぇ、今日の免許皆伝だって、成長の見込みがないからじゃないんですか。
「誕生日おめでとうって、言ってくれなかったな」
◆◆◆
ねぇ、カルーアおじさん。私を見てください。僕は『バル』君の身代わりで良いですから。
今年は珍しく金柑とスターフルーツを食べている。どうやらライチが不作だったらしい。
私はもしかして、花言葉なのかなと思い始めている。
ライチは『自制心・節制』。金柑は『思い出・感謝』。スターフルーツは『冷淡・偽りの魅力』。
おじさんの過去を想像するには足りないけど、意味があると考えたら、過去に何かあったのだと気づくには十分だった。
(ねぇ、私は『バル』君の身代わりを演じられていますか?)
◆◆◆
夕食を終えると、夜の散歩にでる。20年続いたこの時間ももう終わる。
「カルーアおじさん、伝えたいことがあるんです」
いつも通った2人がやっと通れるぐらいの細道。10分かけて歩いた先にある小高い丘。いつもは少し星を見たらすぐに帰る。
「どうしたの、ハル?」
殆どの髪が白髪になったカルーアおじさんはいつもと変わらない声色。
「私……この街を出て王都で暮らします」
私は1枚の紙を差し出す。
「1級地図技師国家試験合格証」
感情が抜け切った抑揚のない声は初めて聞いた。もしかして怒ってるの、おじさん。
「はい、カルーアおじさんのおかげで、1級試験も無事合格できました。2級に合格してから仕事を受けてたところを就職先に決めました。新年から向こうで住み込みで働きます。20年間ありがとうございました」
深々と頭を下げ、様子を伺う。
「そうか……頑張りなさい」
星明かりに照らされたおじさんは複雑そうな表情をしていて、気づいたら自室のベッドで寝ていた。
ねぇ、私は身代わりじゃ我慢できないんです。私の、『ハルジオン』の居場所は
『ただのハル』で居られる
この家がいいんです。
我慢できなかった私の居場所はないだろうから、我慢できるようになるから、「早く帰っておいで」と言ってくれませんか。




