第46話 原初の罪人たちは罪を償うsideアベル
上水月1日
今日は私と兄との『死の決別』を執り行う日だ。死刑、それも『死の決別』を神月に行うのはご法度。
それ故に、今日執り行うことになった。
兄は魔力を吸い取る魔道具をつけられた上で何重にも拘束され、指一本動かせないようだった。
「アベルや、もう良いのかい?自分は何もしてないのに恨まれたんだぞ」
地下牢を抜けると、元老院の格好をしたラシエル国王が話しかけてきた。
「陛下、このようなところへ足を向けられるなど、されるべきではありません。御御足が穢れます」
「ここは我が城だ。我が城は例え地下牢だとしても穢れておらんよ。それより、答えよ。なぜ恨み言の一つも吐かんのだ」
「左様ですか。そうにございますね、あの兄も陛下の被害者の一人ですからね」
ラシエル国王は私がカイン兄さんの弟だという生き証人だ。平民と貴族の間で宙ぶらりんになった兄に糸をつけ、操り人形にした本人だ。今回のことの大半が陛下が情報操作や手回しをしたところが多い。例えば、ヒュージ君やハルマキア家への対応。
◆◆◆
陛下は彼は生まれつき金髪青眼だったのではなく、金髪黒眼だった。それを幼少期に魔導で【色彩操作】したのだが、魔人の発生によって魔力が乱れ、魔導が混線したことにより黒眼に戻り、魔力を当てられたことによって暴走しかけた魔力が黒髪に変わる魔導を誤発動させた結果だと広めた。
これにより、彼が殺されることはなくなったが大きな借りができた。
ハルマキア家は取り潰しとまではいかないものの、嫡男を失い、力が激減した。サリバン家は王家を欺いた家として批判を受けている。
どれも王としては大万歳だ。
それを玉座に座ったまま誘導して事を起こした王は『影狸』というに相応しい。『影狐』も負けることを分かっていたように立ち回り、取り潰させることはなかった。
もし、今回の事件が起きなければバルの代にはハルマキア家の力は王家を凌ぐ力を持っていただろう。
だが、今は一般的な子爵家の力だ。情報網も人を雇いきれなくなり少し縮んだ。とは言っても未だに国1番の情報屋だが。
分家と入れ替わらないギリギリまで落とす。
これはなかなか難しく、影狸と影狐の両方の手腕があったからこそ出来た技だろうと思う。
◆◆◆
「ふっ、被害者とはよく本人の前で言えたな。まぁ、良い。今日が最後の登城だ、我が城をよく見ておけ」
くつくつと笑いながら、陛下は王族にしか使えない隠し通路を潜りいってしまわれた。
私は、階段を登り処刑場に向かう。魔人が暴れて民衆に被害が行かないように王城の一部屋で行う。部屋には私と元兄、立会人二人の4人だけだ。
「アベル卿、こちらをお使いください」
銀で出来た劔を手渡された。『死の決別』専用で、拭き取り切れなかったのであろう血がグリップ部に僅かに残っていた。
「ご苦労」
私はただそれだけを言い、兄に向かい合う。
「兄さん、産まれて来てすみませんでした。今までありがとう。地の底の監獄にて、お待ちいただけたら幸いです」
ズシャッと音がして、魔人は息絶えた。
「アベル卿、こちらの魔法陣にお乗りください。以前、陛下が御説明なされた屋敷に送還されます」
私はこれから、郊外の屋敷で残りの人生を過ごす。こんな爺さんにはもったいない広い屋敷だ。
表舞台から降りた後、私が主人公の舞台はまあまあ良いストーリーを与えられた。屋敷で過ごすことしか出来ないが、慎ましく過ごすつもりだ。
魔法陣の光に包まれ、私は人生最後を迎える屋敷へ向かった。
どうか皆、幸せになってくれ。
◆◆◆
6年と数ヶ月後、庭の小さな温室で、穏やかな笑みを浮かべ、老衰による死を迎えたアベル・イフリート・サリバン…いや、アベルお爺さんの遺体が発見された。
彼自ら育てた花が満開になった翌日、花壇の前で座ったまま、それはそれは幸せそうに、眠るように亡くなっていたらしい。
花壇にはアイリス、カスミソウ、ライラック、リコリス、忘れな草が2輪ずつ、計10本だけ植えられていたらしい。
弟が産まれた春と兄が産まれた夏の間のその日は、午前いっぱい降り注いだ雨雲の間から墓地に一筋の光が差し、その後二重の虹が鮮やかに贈り物のリボンのように空いっぱいにのびていた。
兄が迎えに来たのだろうと人々が口にする中、彼の遺体は遺書に則って、魔人が入っている墓の隣に造られた小さな墓に埋められたそうだ。
彼と魔人の墓の間に誰が埋めたものでもないネリネの花が毎年咲くようになったのはその年から……
アイリスの花言葉 あなたを大切にします、消息
カスミソウの花言葉 切なる願い
ライラックの花言葉 若き日の思い出
リコリスの花言葉 悲しき思い出
忘れな草の花言葉私を忘れないで
ネリネの花言葉また合う日を楽しみに




