第43話 銀のナイフは何を切るside玲(レイ)
「教えてあげるよ。どうしたら帰れるか、どうしたらここで幸せに暮らせるか」
白石は何言ってるの?どうして私が作ったのものが私の知らないことを知ってるの?そもそも、どうしてこの世界に残ることを勧めてるみたいなことを言い出すの?
「ここで暮らす気はないから帰り方だけ教えてちょうだい」
冷たーい!と本当の小学生のように頬を膨らませている。
「私は早く現実世界に戻りたいの」
どれほどにらみ合っていただろう。睫毛の一本一本を数えられるほど近くで睨み続けると、不意に白石の目尻が下がった。
「本気なんだね」
「当たり前よ。早く帰して」
イライラをぶつけるようにトゲトゲしく言い放つと、
「君の憂いが残っているうちは帰れないよ。“マレ”が“レイジナ”を、“君”が“玲”を邪魔者だと認識しているうちはね。君が進むべき道を選択することを拒み、目を瞑っているうちはここにいるよ」
冷たい、けれど優しい声だった。憐れむような響きが混じっている。
「なら、選ばせて。選び方を教えてほしいの」
白石は目を見開くと、穏やかな笑みを浮かべた。
「君が望む行動をとれば良い。『玲』だけでも『まれ』だけでも、『レイジナ』だけでも『マレ』だけでもない、“君”が望む行動を」
そこで“白石”は目を閉じた。
「君の望みは必ず叶う。
君が望むうちは、それは守られ続ける。
君が望むうちは、それは傷つき続ける。
君が誰を優先するかは君次第だよ。
出方は簡単、好きな方へまっすぐ進めば良い」
◆◆◆
side白石
主はまっすぐ坂を登って行った。僕に与えられた記憶によると、その先には中学校がある。
……僕は、主には傷ついて欲しくないから、精一杯主の思い出を残してた。
本当は帰りたいと強く願えばすぐ帰れる。けど、帰れないと思ったら目隠しをしたみたいに出口が見えない。だから、少しだけ話したくて嘘をついた。
でも、傷つくことを恐れているなんて主らしくないと思ったら、帰れると言ってしまっていた。
このこの世界は日常の記憶を写真のように一瞬だけ切り取って作られている。
けれど、同じ写真は何枚も要らないから日常の写真はポイポイ捨てられて、主がちゃんと覚えてることはあまりない。
けれど、大切な思い出は違う。
原寸大の模型みたいな部屋が作られて、思い出そうとドアを開けると、五感の全てが再現される。
もちろん、時間が経てば風化はするけど、何度も開けられるドアはどんなに時間が経っても消えることはない。中には鍵をかけて思い出さないようにしてる部屋もいくつかあるけど、何度も開けられるドアは多い。
何度も開けられるということはその時に執着しているということ。今の主みたいに何かの拍子で入り込んでしまったら甘い思い出に浸りたいと、二度と出てこないこともある。
僕の部屋以外にも部屋はいくつもある。僕みたいなプラスの思い出とは限らないんだ。だからこそ、この記憶にいて欲しかった。ずっとここにいて、現実世界で傷つかないようにしたかった。
でも、あの真剣な顔を見たら、主なら大丈夫だろうと思えた。
ならもう、このこの部屋はもういらないよね。
そう思ったらミシッと空にヒビが入った。やっぱりいらないんだね。主がいらないなら、僕もそれで良いよ。
一気に世界が壊れた。
パズルが崩れるみたいにバラバラと壊れていく。
最後に月が残った。やっぱり主は優しい人なんですね。僕はこの月が好きだったんです。
満月でも半月でも満月でもない中途半端な月でも、優しい光だと言ってくれる貴女が好きでした。
毎回この部屋を出たら主の中からここの記憶は無くなるから、主は何のことだって言いそうですね。
でも本当ですよ。思い出の世界に逃げ込んできた貴女は傷ついていたのに、“シュウ”には優しかった。
どうか、『秀司』は主……いや、玲を幸せにできる人であってほしい。
僕は最後まで言えなかった事も『秀司』はちゃんと伝えられるんだろうな。
「ずっと前から大好きです。この世界をくれてありがとう。一番大切な思い出を任せてくれてありがとう。どうか僕の分も幸せにね。
行ってらっしゃい、主」
その言葉と共に僕は壊れた。
◆◆◆
side玲
“白石”と別れると中学校に向かった。反対側に行っても着いたのだろうが、こっちの方がイメージしやすいので着きやすそうだ。
校門を乗り越えようとすると、ヒュージに貰った銀のナイフが私の元にふよふよと飛んできた。
私はナイフを掴むと鍵前にあて、切った。かなり力がいるはずなのだが、そこは精神世界。絶対に帰るんだと意思を込めると簡単に切れた。
ミシッ。
空にヒビが入った。私は急いで門をくぐり、走り出す。
パズルが崩れるように穴が空いていく。空に空き、地面に空き、だんだんと大きな穴になる。
生徒玄関に向かう為には小川を越える必要がある。橋が壊れないうちにと、急いで走った。
世界が一気に壊れ、もう今走ってる道と小川を越える為の橋しか見えない。
橋を渡りきったところで世界が完全に壊れた。
「行ってらっしゃい、主」
何処からか、“白石”の声が聞こえた。
「行ってきます」
そう言うと、世界が暗転した。
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