第42話 “白石”と花火side玲(レイ)
覚醒時の魔力の奔流による暴風だろうか、いきなり暴風に晒され、私は気を失った。
パチリと目を覚ますと雲の中のような、何も見えない景色の中の中にポツンと立っていた。空も、小鳥も、蝶も、見えるものは全て色がなくて塗り絵の世界に迷い込んだよう。
不気味だ。不気味すぎるほど真っ白だった。
臨死体験でよくある花畑という訳でもなく、ただ真っ白なのだ。
「もしかして、精神世界なのかしら」
試しに、目を閉じてあの日の空を思い浮かべる。
「やっぱり、精神世界で確定ね」
目を開くと夜空が広がっていた。夏の大三角が見え、その南側に少し太った半月が浮かんでいる。
「あの夏祭りの夜なら、神社の近くのベンチだよね」
細かく思い出していくと景色がくっきりと映し出された。霧の中にいるように所々曖昧だった風景が細部まで見える。
あの頃生えていた筈の木はなんの木か思い出せないからか、切られてからの記憶が強いからか切り株だけある。
玲の3メートル前に古いベンチが出来た。元は4人ぐらいで座るベンチなのだろうが、端は腐ってボロボロになっているため座れず、左側は釘の周りだけ朽ち落ちているので危ない。そのため2人座るのが限界だ。
右側に座って夜空を見上げていると、花火が上がった。
1つ。2つ。3つ。4、5。……6、7、8、9……
3分ほど連続して上がり、5分ほど空白の時間ができた。
また1つ2つと花火が上がる。
ギイッと音がしたので、隣を見ると『しゅう君』が座っていた。小6から中2の後半までしていた髪型で、喉仏までしかないやや癖毛のショートヘア。それより前は3センチぐらいしか髪がなかった筈。何故かこのあたりから伸ばし始めてたんだよね。
それに、まだまだ顔が丸くって、女装しても分からないんじゃないってくらいの女顔。女顔を隠したいが為にショートにしていたのでは、と考えたこともあった。
今は小学生なんてそんくらいなのかな、としか思わなかったけど。
そこでようやく気がついた。
私も『松川』の頃の姿になっている。何故だろうかと考えていると、『彼』から話しかけられた。
「はい、松川はブルーハワイの練乳ありだよね?」
『秀司君』は当時、私のイジメを見て見ぬ振りをしているが為に『松川』呼びをしていた。
「ありがとう」
どういたしまして、と言いながら『彼』はベンチの真ん中に座った。
「レイって呼ぶ方が良いのかな?」
「それで構わないわ。そういう貴方はなんて呼んだ方がいいの?」
『秀司君』に似た別人の『彼』は得体がしれない。
「僕は君が生み出した『誰か』だ。君が呼びやすいように呼んで」
ニコニコと絵画の住民のように心が読めない笑顔を浮かべる『彼』は違和感はあるのに不自然ではない。
「なら、“白石”と呼ぶわね」
「ふーん。『白石秀司』と認めたくないから?あんなことをされても名字で呼ぶのは嫌がったのに?」
「二人とも『秀司』じゃ紛らわしいわ」
一瞬何故知っているのか驚いたが、ここは私の精神世界なのだから、私の知っていることは全て知っているのだろうと思い直す。
「へー。まっ、呼び名なんてどうでもいいけど」
それぞれが自分のかき氷を突きながらとは思えない程冷えびえとした会話のやり取りだが、まだ許容範囲だろうと思う。
「レイはさ、ここがどこだか分かってるの?」
「私の予想が合っていれば、私の精神世界ね」
口笛を吹きながら、手を叩く“白石”はニヤニヤしている。
「大当たり!じゃあ、どうしてここにいるか分かってたりする?」
花火が止まり静寂が訪れた。
なのに全てのものがはっきりと見える。
「そんなの、分かる訳ないじゃない」
ぽかんとした顔は珍しい。いや、秀司じゃないから普通なのかな。
「やっぱり、『マレ』は気づけないか。
……まいっか。教えてあげるよ。どうしたら帰れるか、どうしたらここで幸せに暮らせるか」




