第41話 狂気(きょうき)の魔人と正気(しょうき)の魔族
黒髪金眼の魔人を見ると、なにやら唸りながら黒いオーラを垂れ流している。俺にもあるんだろうかと見てみると霧のような物が薄く膜を張るように漂っていた。
試しに手のひらに集めようとすると、黒曜石のように黒い球体になって手のひらの中に収まった。
圧縮するイメージを加えるとさらに小さくなり、さらに黒くなった。体内に入れるイメージをすると魔力を取り込む時の独特の感覚がした。
恐らく、魔力を制御しきれてなかったのだろう。しかし、明らかに魔力が増えている。今まで魔力を垂れ流すようなことはなかった筈だ。
体内に入った部分から血液に溶けて流れていくイメージをすると、思い通りになった。間違いなく俺の魔力だ。
元カイン爺さんは途切れ途切れながらもなにかを言っているようだが気にしない。
詠唱しようとする前に魔導が発動した。
ふわふわと暖かい光を持つ光球が3つ浮かんでいる。
左右の光球をそれぞれつつくと、右は銀色、左は緋色に染まった。真ん中の光球を握り締めると手にしっくりとくる剣になった。
息をするより楽に制御している。イメージしたままの魔導ができる。簡単すぎて、不安になるくらいだ。
剣先をカイン爺さんの方へ向けると2つの光球は真っ直ぐに飛んでいき、緋色は胴に銀色は足元に着弾した。
その瞬間、柔らかい何かに突き刺さる音がした。ビチャっと何かが垂れる音がした。ブスブスと何かが焦げる音がした。耳障りだとしか言えない音もした。
肉が焼ける臭いがした。硫黄のような臭いがした。焼肉で焦がした時のような臭いがした。気持ち悪いとしか言えない臭いもした。
突如、ザバッと水が現れてドームを作り上げた。炎を包み込み消火していく。
水が消えると、煙は綺麗に晴れていた。
そこにいたのはカイン爺さんのような『なにか』で、逆再生のように内側から肉がせり上がってくるのは、ただただ恐怖の対象でしかない。
「クソ餓鬼が」
未だ脚に床から生えた銀の槍が突き刺さってるカイン爺さんは移動出来ずにいる。
◆◆◆
sideアベル
槍が元従兄の魔人を突き刺した。飛び散る音が耳につく。
人が焼けている。鼻に付く臭いが気持ち悪い。
肉が焦げる臭いがした。ただ吐き気がする。
突然消えた火と煙は悍ましい者を見せた。
内側から盛り上がるようにして火傷は癒えていった。
「クソ餓鬼が」
僅かな引き攣りの跡を残して元の肌に戻っているが、発せられる言葉と殺気は人のそれではない。
「Mr.アトラス、それをどうするつもりだい」
どのようにでも取れる言葉で誤魔化しているが、殺すのかとたずねた。
「どうする、とは?」
魔人化したにも関わらず、言葉を発した。これで間違い無く覚醒していることが確定した。
「君が良ければ、私が殺したい。『死の決別』をしたいんだ。養子になったとは言え、“私の兄”である内は私も処刑の対象に成りかねないからね」
私の兄であると告げると、一瞬だが驚いたような顔を見せた。
「私の中ではレイに危害を加えたということが問題なので、その
処分さえ受ければ殺すのは誰だろうと構いません」
綺麗な発音で敬語も使う彼は、本当に『心が壊れた』から魔人になったのでは無いのだろう。
本当に一時的なものなら良いのだが。
「すまないな」
「何に対する謝罪ですか?」
「Mr.アトラスをこんな愚兄の暴走に巻き込んだことにだよ」
私に対しての謝罪は不要です。と言いながら彼は元兄に向き直った。
見ると完全に治癒が終わり魔力を回復しようとしていた。
ヒュンッ。
風切り音がすると銀のナイフが元兄の腹に生えていた。
◆◆◆
sideヒュージ
流石に好き好んで殺人者のレッテルを貼られたい訳ではない。『死の決別』の内容は知っているからアベル卿に譲った。
これぐらいなら許されるだろうと、レイがくれたボウイナイフを投げつけた。刃が入ってないので持ち込みを許されたのだが、結構きれいに刺さった。
ざまぁ(笑)と本当に言いそうになるくらいスカッとした。……ん?
誰か来たな。
◆◆◆
カイン爺さんを見下ろしているとハルマキアさんに肩を借りながらバルシオン様が入ってきた。
「思ったより壊れてるね」
「マレ!」
冷静なバルシオン様と逆に慌てふためいてレイに駆け寄るハルマキアさん。放り投げられたバルシオン様はカルミーア様が慌てて引き寄せた。しかし、疲れ切っていたのか、ただバルシオン様が重いのか、二人とも倒れた。頭をぶつけた二人は鼻もしくは後頭部を抑え、アベル卿に介抱されていた。
この辺りになると腰が抜けていた人々も避難を終えていてこの場にいるのは7人だけだった。
◆◆◆
sideレリエル
無理を言ってダンスホールに戻ろうとするバルに付き添う形で私もダンスホールに向かった。
「マレ!」
バルを放り投げてマレに駆け寄る。見たところ怪我はない。なのに目を見せてくれない。
私のたからものが宝箱に入れられてしまった。
「マレッ!マレッ!起きて!」
必死に呼びかけていると後ろから声を掛けられた。
「Mrs.ハルマキア、今は気絶しているだけでレイは無傷です。きっと目を覚ましますから頭を揺らさないようにしてください」
この数ヶ月の間にすっかり聞き慣れた彼の声で落ち着きを取り戻した。
「そうなの……ね。良かった。
……ひっ!黒髪……黒眼。何で魔族がここにいるの」
そこにいたのは魔族となったヒュージ君だった。
◆◆◆
sideヒュージ
ハルマキアさんが異常なまでに震えている。
「如何なさいました?」
肩を強張らせて俺を睨みつけてくる。
「マレは渡しません。魔族なんかと暮らしたらこの子が不幸になるわ」
震えながらも凛とした声で応えたハルマキアさんは強い光をその目に宿していた。
手を伸ばすと、左手でレイを抱き締め、右手で俺のボウイナイフを突き付けながら俺を睨み続けてくる。
手を伸ばすと、左手でレイを抱き締め、右手で俺のボウイナイフを突き付けながら俺を睨み続けてくる。すると、突然
「今度はどこ」
レイが目覚め、虚ろな瞳でキョロキョロと周りを見渡し始めた。




