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呪術師と迷い人は異世界で再会する  作者: Y.A.&H.S.
第5章 悲しい夢は誰が見る
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第40話 闇に堕ちたものと覚醒

 

 ゴウッと、いきなり竜巻の中に投げ込まれたような風が吹き荒れた。


「何だよ、“これ”は」


 永遠のようで数秒のような時が過ぎ、目を開こうとすると

(開けるな)

 と、俺の中の誰かが囁く。数秒迷ったけれど、俺は目を開いた。



 そこにあったのは悪夢のような現実だった。



 後の『アトラス伯爵』はそう語ったそうだが、今の俺にとっては



 悪夢であってほしい世界だった。



 レイが左斜め前で倒れているが数メートルは離れているので迂闊に近寄れない。


 ハルマキア様は『カイン爺さんだった』魔人を挟んで反対側で壁に寄りかかって腹を抑えていた。


 彼が着ている白いジャケットに明るい緋色が広がっていく。濃い灰色のベストは既に大部分がドス黒い赤に染まっている。


 よく見るとテラテラと光る何かが彼の右手に握られていた。大きさからして王から下賜される臣下の剣だろうか。使い手のいなくなった本当にお飾りの剣でも高いところから落ちれば成人男性に大怪我を負わせられるらしい。


 左手で力なく腹を抑えているが血が止まる様子はない。慌ててカルミーア様と防御魔導師のローブ(それもデザインからして主席)らしきものをまとった誰かが治療に当たったが傷が深いのか別室に運ばれていった。


 思ったより吹き飛ばされていた事も驚いたが、『レイが気絶している』ということが自分で思っているより頭の中を沸かせているらしい。


 ◆◆◆


 sideアベル


 ザワリ、と不穏な空気に気づいた。被害を免れた人々が恐れ出す。


 ミシリ、と彼のチョーカーの真珠にヒビが入り、砕けた。何が起きてる。


 ジワリ、と彼の髪が根元から夜の色に染まっていく。チョーカーが切れて落ちた。


「何故、【魔封じ】が壊れる。」

 私の疑問に答える者はなく、空気は一刻一刻とかわっていく。


 ブワリ、と濃厚な魔力が流れ出す。耐え切れず何人も倒れた。


 ゾワリ、と強い殺気が場を満たす。近衛兵でさえ膝が笑っている。


 パチリ、と彼が瞬きをすると瞳が闇色にそまっていた。私も立っているのが精一杯だっだが耐え切れず、その一瞬でこの場に立っている者は二人の魔人族だけだった。



「ヒュージ君?その眼は一体……」


 まずい。彼が覚醒した。


 チラ、とカイン従兄さんに目をやる。黒髪になっているが金眼のままなので、覚醒はしていない。

 しかし、彼がいきなり魔人化して、しかも数秒で覚醒するなんて思ってもみなかった。



 最高齢の魔人と最速で覚醒した神の御使い。


 魔人族に当たる元(従)兄だけでも国家魔導師が当たるべきなのだが、この場に招待されている人物にはいない。神月は彼らにとって宗教的な仕事も入るために一番仕事が多い時期となっている。そのため、国家魔導師の貴族は招待状が出されないのだ。


 国家魔導師主席四人衆も二人が戦闘不能、残り二人も治療の為戦線離脱。治療が得意分野の呪術主席が気絶しているため難航しそうだ。


 戦闘不能が呪術と付与なのが不幸中の幸いなのだが、攻撃と防御は戻って来ず、呼びに行ける者はいない。


 それに加え、覚醒した魔人の存在。11人目の魔人は覚醒のスピードが速かった。3つしかない前例はいずれも魔人化後半年以上経ってからだ。


「彼は一体どうしてこんなに早く覚醒したんだ」


 ヒュージ君はただカイン従兄さんを睨みつけている。

 何度見ても瞳の色は変わらない。


 平民は魔族を覚醒前の魔人と一緒にしている節があるが、実際は完全なる上位種。別の次元に生きている。


 感情の赴くままに破壊を繰り返す『魔に操られる人』ではなく効果や効率も計算して行動する『魔を操る魔導師』なのだ。

 そして彼は魔人化するとほぼ同時に覚醒した。今まで覚醒した魔人は頭が冷えたからだと考えられていたが、この速さはおかしい。


 恐らく、『殺したい』と願う冷たい〈殺人鬼〉のようなそれによるのだろう。だとしたら……


「ああ、私は護りたいもの全て護れない愚か者か。神よ、彼に救いの手を」


 護りたいものは幾らでもある。でも、彼が魔族化してしまったら、レイジナもバルもカルも護れない。


 嗚呼、神に頼ることしか出来ないのか。



 ◆◆◆


 sideヒュージ


 強い力で体の中から全てが書き換えられていくような気がした。

 書き直される、と言った方が正解か。


 日焼けで黒くなった皮膚が新しい皮膚に代わっていくように、俺に残っていたレイの魔力が俺の魔力に代わったのだ。


 本来の黒髪黒眼に戻っただけなのだが、魔族が恐怖の対象で、黒髪黒眼が魔族の象徴で、感情が荒れ狂う中で、



 魔人化したのではないと気づく人はいない。





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