第39話 天使の裁判と悪夢
「何故、私のレイをチラチラと見ているのですか。私のレイは貴方に助け船を出す程親しい仲では無い筈です。
例え、百億分の一の確率でそうだったとしても、貴方は“マレ・ディアナ・ヘルマキア”を養子に出し親子の縁を断ち切っている筈です。
自分から縁を切っておいて、散々迷惑を掛けておいて、アポも取らずに家に来て、図々しく婿に来いだの言っておいて、菓子折りの1つも持ってこないどころか、謝罪にすら来ない。そんな愚者と関係を持たせ続ける訳がないでしょう?」
達磨のような顔もすっかり失せ、顔面蒼白になったカイン爺さんは内心あわあわしていることだろう。
「ああ、勿論。Mrs.ヘルマキアから言質をとっております。
愚考の段階なら見逃そうと思っておりましたが、貴方様の愚行は見逃せません」
俺が冷たく言い放つと少し離れた所で優雅に紅茶を飲んでいたレイも援護射撃を行う。
「うふふ、その通りですわ。本当に迷惑しておりましたもの。式の準備で忙しかったというのに。毎日毎日押しかけては、獣のようにギャーギャー、ギャーギャー。はぁ、煩いったらありゃしない」
1つ大きな溜息をつくと、氷のような視線を一瞬だけカイン爺さんに向け
「貴族ですらない老害が『神の御使い』に楯突くなんて……神を恐れてないのか、信じてないのか……」
ボソリと爆弾を投下したレイは我関せずとばかりに紅茶を啜った。先程までレイと話していた教会の方々は睨むという言葉では足りない程険しい顔をしていた。
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sideバロン
ふむ、やっぱり彼は頭がキレるようだ。真実に少しだけ、都合良くいい替えた本当を織り交ぜて、彼だけが悪人のように印象を操作していく。
どれだけ場数を踏んだらこうなるのだろう。彼は本当に……いやそんな事はどうでもいい。
そろそろ、僕の出番だ。
「ご機嫌よう、Sir.ヘルマキア。Mr.アトラスも相変わらずで何よりだ」
あの二人の間に入るのは心臓が縮みそうだが、彼を破滅させるには私がここに居た方が良いのだ。
「ご機嫌ようSir.ハルマキア。相変わらずと言われましても、なんのことを指していらっしゃるのか図りかねるのですが」
ゾワ、背中に冷や汗が流れた。いま彼は【魔封じ】によって【威圧】は使えない筈なのだが、それ以上に強い何かを彼は纏っている。
「相変わらず、礼儀正しいなと思っただけだよ」
僕は君の味方だよ。そんな思いを込め、微笑む。彼はいま【テレパシー】は使えないのだが…読み取ってくれたようだ。スラム生まれにしては話術と表情の読み取りが上手すぎる気がする。
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sideヒュージ
どうやら、バルシオン様は俺たちの味方らしい。
カルーさんが「Mrs.ヘルマキアとハルマキアの御子息も何やら騒動を起こすつもりのようだしな」なんて言ってたから警戒してたんだけど少し拍子抜けだ。
まあ、『何やら』が俺たちにとって良くないこととは言われてないから、俺の思い込みだったんだろう。
思わぬ味方が現れて……認めたくないが敵じゃなくて良かったと思っている俺がいる。
この機会は逃してはいけない。
一気につき落とそう。
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sideバロン
「ところで、Sir.ヘルマキア。いい加減に『マレ・ディアナ・ヘルマキア』は存在しないとお気づきになられてはいかがですか?
私と彼女の婚約は7年近く前に完全に破棄いたしましたでしょう。
そもそも、平民として生きられたかどうかも分からないではないですか。当時3歳の彼女にとって孤児院に行くのは初めての外出だったんですよね?だとしたら、病死や犯罪に巻き込まれて……なんてこともおかしくはないんですよ?
たとえ生き残れたとしても、貴方の知っている彼女とは別人ですし、親権も破棄なされたのですから赤の他人と血縁関係があるようにいいふらすのはお辞めになられてはどうですか」
時間にして一分も無いだろうが、既に爆弾は複数落としている。
ほらほら、今のうちに降参した方が良いですよ。犯罪の証拠以外も大量に押さえてありますからね?
「私の管轄している部署は大量に汚職者が居ますからね。貴方が手引きしていた事程度なら、法に触れない範囲内でも十分に証拠を集められるのですよ。
僕が破滅することを厭わないなら、貴方を死に導く程度すぐに出来ますよ」
宮中の暗く濁った部分に触れるのは些かリスクがありますが、腐った果実は害虫を狩るのにちょうどいいのです。
おっと、社交界で見せる顔ではありませんね。失敬、失敬。
ですが、今のカイン様ほどではありませんし、処刑は今だけ待っていただきましょう。
「私の妹分とその夫に手を出すなら私が『Luna’s Grim Reaper』にならせて頂きます」
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sideヒュージ
「黙れ、餓鬼どもが」
ピリッと空気が変わった。
今まで感じたことのない魔力がカイン爺さんから流れ出てくる。カミソリの刃が何本もこちらに向けられているような感覚。嫌な予感がする。
でも、このまま行けばコイツは破滅するんだ。
引けない。引いてはいけない。
……あれ?何故、そう思った?
「失礼ながら、貴方様の仰る『餓鬼ども』とは“Mr.アトラスとバルシオン・クリス・ハルマキア国家付与魔導師主席”のことで、宜しゅうございますか?」
よくこんなピリピリとした空気の中で 煽るようなことが言えるな。
「ふんっ。そうに決まっておるだろうが。お前らの耳は飾りか?」
そしてこっちの爺さんは青筋を立てて怒っている。ピリピリと空気が実際に質量を伴ってのし掛かってくるようだ。
「下がりましょう。魔力が暴走仕掛けているわ」
ぼそりと、空気になっていたレイがが囁いてきたが俺が返事をすることは無かった。




