第37話 罪を断つ者、被る者
遅参する訳にはいかないので、急いで馬車に乗り王城に向かった。
俺の参上時刻は一番早くないといけない。貴族の中で一番地位が低く、新参者だからだ。
カルミーアさんと合流する王城の1区画で待つ。拝命式も含めて2回目の登城なので案内人として来てもらった。やがて現れたカルミーアさんの隣にアッシュブラウンのぺたんとした猫っ毛で短髪の人物がいた。歳はそれなりにとっていそうだが、カルミーアさんより高い背を真っ直ぐに伸ばし、貴族然としている。
「こんにちは、Mr.アトラス。私はカルミーア・サリバンの祖父でアベル・ラザー・イフリート・サリバンという。アベルと呼んでくれ」
「はい、アベル卿。本日はよろしくお願いします」
深々とお辞儀をし、真っ直ぐに瞳を見つめ返す。アベルさんは全部の髪がアッシュブラウンだと思っていたが、前髪にひと房だけ赤みがかったチョコレートブラウンが入っている。翠眼はサリバン家の血だろうか。右目に薄く金色が混ざっているがカルミーアさんの血縁者で間違いないだろう。
隣にいるレイはスイッチが入って名前が英字表記になる程流暢な発音と敬語になっている。
「御機嫌よう、Sir.Abel。ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません。Mr. Sullivan、案内をかって出て下さり誠にありがとうございます。本日はどうぞ、(他の貴族たちには)お手柔らかにお願いします」
括弧の中のセリフがダダ漏れだ。ニコニコと優しく微笑んでいるようにしか見えないのに、眼だけ全く優しくない。クリオネのイメージがものすごくぴったりだな。改めてレイは敵に回してはいけないと思った。怖い、怖過ぎるよレイジナさん。
◆◆◆
サリバン家の馬車に乗り換え、王城に向かった。
茶色を基調にした車体に赤い金属のプレートの装飾がなされ、華美ではないが質素でもない美しいデザインの外観と異なり、エメラルド色を基調とした内装は質実剛健という感じがする。シンプル過ぎて準貴族家か商人ぐらいの階級の人が使いそうだ。
カルミーアさんはさりげなく上座に座っていた……
王の御前に参上するまで4人での会話には終始和やかな雰囲気が漂っていたように見えたが、レイとカルミーアさんの瞳は獲物を狩る捕食者の光が、アベルさんには狐を狩ろうとする罠師の光が光っていた。
不穏な魔力の流れに気がついたのは良かったのかなぁ。明らかにレイから【威圧】並みの魔力の冷たさと熱さが放出されてる……
別な魔導に使っている魔力が余って、それが無意識下のうちに【威圧】を発動しているのかな。
触らぬ神に何とやら。
俺はアベルさんと今日の予定を確認していた。
◆◆◆
王城に着くと玄関ホールでチョーカーを渡された。これはテロ対策の魔道具で、【魔導防御】、【マーカー】、【存在地送信】、【魔封じ】。そして、着用者が魔導を発動した際に発動する【魔力強奪】、【鎖縛】が付与されている。
国の色に指定されているダークブルーのシンプルなチョーカーはレイと連動している為どちらかが起動すればもう片方も作動する。ツインパールを割って作られた親指の爪ほどの真珠のチャームを互いのチョーカーに付け、連動する事を確認すると金具で留める。
王城での身分証にもなるこのチョーカーが無ければ城中に張り巡らされた罠や五感を惑わさせる魔導で3分以内に死に至る。
魔力媒体の杖を預け、媒体になりうるブレスレットを【魔封じ】の付与を担当の人にしてもらった上で着け直す。
ずしりと体が重くなった気がしたが、無意識のうちに使っていた【身体強化】が切れたのだろうと思う事にした。
◆◆◆
挨拶まではなんの問題もなく終わり、たぬ……国王に言われた『原初の罪を背負った者は荒野の悪魔に成り果てる』という言葉の意味を考えていた。
「御機嫌よう、Mr.アトラス。私の孫とはうまくやっているようで何よりだ」
振り向くとゼルク様とアベルさんを足して2で割ったような男性がいた。髪は剣のようにストンと地面に向かって真っ直ぐ流れ、白銀に近いブロンドの髪が鋭い雰囲気を醸し出している。右側頭部だけ緩くセットされているが、それは彼の美学なのか、髪の癖を隠す為なのかはよく分からない。
手で撫で付けただけのような無造作さもあるが後頭部に向かってかき揚げられた髪は自然にセットされていてブロンドの髪に隠れているアッシュブラウンがそこだけ顔を出している。
アッシュブラウンの髪は白銀の髪と違い緩やかなカーブを描いていて、カルミーアさんとの血の繋がりが伺える。
ジッと訝しげな視線を送っていると、貴族然を通り越し、寧ろ仰々しい態度で
「これはこれは、とんだ無礼を致しました。私、レイジナ・マレ・ディアナ・アトラスの祖父でカイン・フォカロル・ヘルマキアという」
成る程、この爺さんが『原初の罪を被る者』なのか。
「初めまして、で良いんだよな。ヘルマキアさん」
態と敬語を止め、表情を見ると明らかに頭に血が上っている。身分が“まだ”俺と“一応”同じだから年上だろうと敬語を使わなくても何のお咎めは無い。
寧ろ、水上月になったら男爵になるので俺の方が身分が高い。不敬罪が当てはまるのは寧ろ爺さんの方。
そもそも、この爺さんがこの会に来てる方がおかしい。準貴族は呼ばれないし、実際一度も招待されたことがないらしい。
俺は半分フライングに近い感じで呼ばれているが、この爺さんは呼ばれる理由なんて無いはずなんだから。
「ところで『私の孫』とはどういう意味でしょうか?
私は『レイジナ・マレ・ディアナ・アトラス』としか結婚しておりませんし、愛人を囲む予定も全くありませんし、愛人になりたいとすり寄ってきても追い返すつもりですが?」
ここで一回深呼吸。現実を突きつけるなら少し溜める方が効果が高い……今だ。
「“私の”レイジナはあなたの孫ではないんですよ?いい加減、現実を見られたらどうなんですか」
怒りと恐れが入り混じったような顔をしたカイン爺さんは達磨のような表情をしている。
ようやく。ようやくだ。最終決戦が始まったんだ。ここから先、一言一句間違えてはいけない。付け入る隙は与えていけない。少しでも間違えたら一気に喰われる。
そう思うとギュッと胃が締め付けられるような感覚がした。
舌の根元が苦くて、酸っぱくて、気持ち悪い。
嫌だ。逃げ出してしまいたい。
でも、駄目だ。
ここで踏ん張んなきゃ、どこで踏ん張るんだ。
ようやく手に入れた俺の『たからもの』
『鍵の者』は俺だ。
俺以外いらない。
俺の『たからもの』に手を出させて堪るか。
だって
“レイが不幸なら、俺も不幸だ”
レイの幸せは奪わせない。
俺の『たからもの』を曇らせるなんて
絶対に許さない。
顔には出さず、あくまで優雅にフルーツティーを飲む。俺の好きなアップルティー。リラックス効果を期待できるほど質の良いものではないが、少し冷め、熱すぎない温かいお茶はそれだけで落ち着く。
喉を通り、胸の中心より左側を通り落ちる。肋骨の下あたりでジンワリと暖かいそれが広がるに連れて恐怖は消えた。
もう、大丈夫。
さぁ、『終焉のラッパ』を響かせよう。
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