第33話 原初の罪を受け継ぐ者
「まず、分かりやすいようにカルミーア・サリバンの姿に戻すね」
そういうや否や、背丈が3センチほど下がり、髪色が少し明るくなった。癖っ毛が猫っ毛に変わり、ふわふわ感が少し減った気がする。エメラルド色だった瞳が翡翠色に変わり、少しツリ目気味になった。
「これが私の生来の姿。カルーの姿も、ミーアの姿もあくまで仮の姿なんだ」
瞳の色が薄くなり、髪質が変わるとこんなにも化けるのかと、内心同じことを考えていた2人だが、先に質問したのはヒュージだった。
「貴方がMr.カルミーア・サリバンということ自体にはなんの問題もありませんが、何故『カルーさん』や『ミーアさん』の顔を持つようになったのか、お教え願いますか?」
ニッコリと微笑んで、もちろんだよ、と答えたカルミーアさんはどこから話すか考えていたが、おもむろに
「多分、なぜ私がレイジナの又従兄かってのは知らないよね?」
たしかに、そう言ったことは何も教えられていない。
「確かにそうですね。そこを確認したということは、貴方とレイの血縁関係に何か問題があるため、貴方が身を隠す必要があり、隠れ蓑となる存在を作った。それが『カルー』と『ミーア』の正体であるということですか?」
ヒューッと、それはそれは楽しそうに口笛を吹いたカルミーアさんはニヤリとニヒルな笑みを浮かべた。
「そこまで分かったなら、もう説明しなくても良さそうだね?」
「「説明してもらわなくては困ります」」
ビシッと2人揃って突っ込むとフフフッ、と軽やかに笑って今度は裏表のない爽やかな笑顔を浮かべた。くるくると表情を変える彼は本当に掴み所がない。
「私の祖父はアベル・ラザー・イフリート・サリバン。君の元お爺様の弟に当たる。
君も4代前の分家の当主が噂を流して、伯爵家を取り潰させたのは知っているよね」
「ええ、それくらいなら知っておりますわ」
レイが仕事モードに入ってしまった。こんなに闇を感じる話をするのに軽い口調と、貴族らしい敬語が混じられると混乱するんだけど。
「なら、話が早い。サリバン伯爵家が取り潰された当時、カイン様は9歳、アベルお爺様は生後2ヶ月にもなっていなかった。
何故、結婚して10年も経ってから家を取り潰したと思う?」
そこで一旦区切ると、嘲笑に満ちた笑みを浮かべた。
「答えは簡単だ。2人目の、それも男児は望まれていなかったんだ。どちらも分家だがサリバンという有力な伯爵家に王家も恐れる情報網を持つヘルマキア家。1人目は家を継がせる為だから仕方なく許された。必ず男爵家の娘と結婚させることを条件にね。
もちろん、全く関係のない家から嫁を迎えることは難しいし、ハルマキア家もヘルマキア家も結婚はできない。本家ですら子爵止まりだというのに分家が伯爵家どころか公爵家並みの力を持ちかねない。分家と本家が入れ替わるなんてことが起きかねないんだ。
言うまででもないけど、武功を挙げているわけでもないのに爵位はそう簡単には上げられない。けれど、家の力に見合ってない地位は強すぎても、弱すぎても害悪になる。お相手はサリバン家の分家の中から選ばれることになっていた。
1人目ですらそうなのに、2人目の『男児』だ。
ハルマキア家、ヘルマキア家はもちろん、他の家にも結婚などさせることはほぼありえない。サリバン家も同世代に2人の娘と結婚させたら、それこそ公爵家の中でも三大公爵とも肩を並べるほどになるから結婚させられない。
男2人だからどちらかは婿に入らなければならない。嫁に来るならともかく、婿に行くんだ。どれほど結婚相手の家に力を与えることになるかは分かるだろう?
結婚させないなんて手もあるにはあった。けれど、そんな約束すら成り立たせないぐらい『二人目の男児』の存在は邪魔なんだ。恋愛結婚なんてされようものなら殺さなければならないくらいにね。けれど暗殺したら自分のところが寄越したのだと噂が回る。それは流石のハルマキア家も避けたかった」
だから、潰されたんだ。と、哀しそうな表情を浮かべたカルミーアさんは今にも泣きそうだった。それはそうに決まっている。だって、『自分の祖父が生まれて来なければ』という言葉が頭の中をグルグル回っているのが傍目でもよくわかる。わかってしまうのだ。
「その当時、生後40日はすぐ死ぬ子の方が多いからね、お披露目前のアベルお爺様の存在はまだ知られてなかったんだ。だから、伯爵家の血が強いこともあって本家の方のサリバン家が引き取った。本家の子ということにして、養子ということは当主夫婦とそこの使用人達しか知らない。使用人は奥様の子飼いだから絶対に話さない。
流石に当時9歳のカイン様は社交界デビューはしていないものの、顔は知れている。カイン様は引き取られず両親共々平民に落とされた。
しかし、既に貴族の暮らしが当たり前のカイン様が平民として生きるのは辛すぎた。それ故に段々とアベルお爺様に憎しみを持つようになった。
私がトリプルフェイスの理由はこれで分かったかな?」
カルミーアさんは一気に話し終えると、溜め息を大きく吐き出した。そして、おもむろに髪を一房摘むと、ツーと指を滑らせた。
「まずはミーア」
髪は更に明るくなり、暗めの赤髪になった。身長はまた低くなって、2センチほど下がった。ゆっくりと瞬きをすると翡翠の瞳が深緑に変わった。
「なぜでしょうか。ギルドマスターに似てる気がするのですが」
レイが首をかしげると、カルミーアさんは目の付け所がいいね。と言いながら拍手していた。
「冒険者ギルドのギルドマスターの本名を知ってるかい?フルカス・ラザー・サリバンだよ。話の流れから分かったかも知れないけど、アベルお爺様を引き取ったサリバン家の現当主だよ」
たしかに、ギルドマスターは赤髪翠目だし、THE・貴族の細マッチョでダンディなおじ様のイメージがある。
「『ミーア』は彼の娘という設定なんだ。私は幸いにも、サリバン家の血がだいぶ強く出ているから他人に化けるよりよっぽど楽なんだ。だから『ミーア』の正体は1人目の囮だ。
あっ、女なのは私の趣味じゃないよ。令嬢なら身体が弱いことにしてパーティーを都合よく出欠できるし、病弱ならすぐ死んだ事にできる。おまけに婚約なりなんなりを拒絶できるし、私と姿が似ていてもバレにくいしね。実際、レイちゃんはずっと騙されてたでしょ?」
受付嬢をしていたら病弱設定は役に立つのかと思ったが、時折魔導で顔色を蒼白にしたり、仮病を使ったりしているらしい。父親(の設定のギルドマスター)がすぐ上の階にいるし、治癒師も常駐しているから誤魔化せているようだ。
カルミーアさんは髪を今度は握りつぶすように持つとそのままスーッと手櫛ですいた。
「次にカルー」
今度はアッシュブラウンの髪色に戻りふわふわの癖っ毛になった。身長が5センチほど伸び、瞳は真っ白な絵の具を垂らしたように色が薄くなっていき、エメラルド色が広がった。
「これは『ミーア』でいられなくなった時の保険と『ミーア』ではなく『カルー』が僕の隠れ蓑だと誤解させるための姿。実際には『ミーア』も隠れ蓑なんだけどね。
髪も瞳の色も光の加減でそう見えるぐらい僅かな違いだから、血縁だとも、赤の他人だとも言えてしまう。
『ミーア』は“存在する人物である”という認識を盤石にさせるための“カモフラージュのためのカモフラージュ”が『カルー』の正体だ。
心臓を握り締められたような気がした。この人は生まれてからずっと自分を偽って過ごしてきたんだ。
自分の罪ではない
原初の罪を受け継いだ為に。
「自分なのに、自分ではない。『カルミーア』ではない自分をどう思いますか」
思わず、そう尋ねていた。『カルーさん』は少し考えるとニコリと笑った。
「さぁね?」




