第29話 『宝者』と『正義の反対』
魔力を霧散させながら、レイは【威圧】と【敵魔導発動妨害】同時にできるんだ。てか【威圧】って魔力無しでも発動出来るんだ。
なんて考えて意識をそらそうとしてもあまりに強い【威圧】に気をそらすことすらできず、魔力無しの威圧にただただ耐えるしかできない。
まだ身体が震えまくっている俺を一瞥したヘルマキアさんは
「もう、貴女達には関わらないって念書を書いてただけよ」
と、言うと少しだけ悲壮感を漂わせて、『レイ』を……いや、『マレ・ディアナ・ヘルマキア』の瞳を見つめた。
「ヘルマキア家はもう終わりよ、貴女のせいでね。
……でも、貴族である事にこだわって、貴女の幸せを犠牲にしようとして、『ハルマキア家』に目をつけられたのは私のせい。……結局貴族に戻れないなら、忘れ形見の貴女を大切にしてたのにね」
彼女の瞳は父譲りだったのか。夫であっただろう誰かはこの世にはいないのだろう。纏う悲しみが深くなりつつあるヘルマキアさんは愛おしげに手を漂わせるが、そのまま下ろした。
「もう、会いたくても会えないでしょう。だから、貴女だけは幸せになりなさい。お祖父様は私がなんとかするわ。ゼルク叔父様にも手伝って貰うけど、平民として生きられればいい方でしょう。今後の行動如何によっては、実の父を殺した女と罵られるでしょうから、私と貴女が会う事は許されない筈」
諦めたような表情のヘルマキアさんは泣きそうな顔で、宝者に微笑んだ。
「マレは海。ディアナは月の女神」
歌うようなその声は、
傲慢さもなく
耳障りでもなく
憑き物が取れたようで
ただただ
子守唄のように
心地良い。
「最初はね、『アクアマリン・ヘルマキア』と名付けようと思ってたの。アクアマリンは別名が『天使の石』、美しい若さと幸せな喜びを象徴するとされているからね。
でも、産湯に入れた時にね、月明かりに照らされた貴女はまるで、月の祝福を受けてるんだって思ったの。
だから、ディアナなのよ。
マレの理由はね、昔、私がまだ成人する前に売られてしまったけど、我が家の客室にね、海が夕陽に照らされている風景画があったの。その絵がとても綺麗でね、貴女の髪と同じ緋色の海がずっと私の中で海の名前を付けようって、訴えてきたの。だから、マレにしたの。
段々茶色になっちゃったけどね。
アクアマリンは海と月の女神で連想すると出てくる秘密の名前なのよ。
名前の由来でも強い関係になっているうえ、名前に振り回されて。貴方達2人は何か不思議な縁で結ばれているのを神様に遊ばれているのかしらね」
ああ、『レイジナさん』の観察力の高さは母譲りか。言い回しによる多少の違いはあるが、もうほぼ完全に正解だ。
「ご機嫌よう、Mrs.アトラス。ああ、まだ1週間早いわね。 ……さようなら、私の宝者」
『私の』と口にした時、傍目には分からない程に小さく声が震えていた。
人を騙せなかった赤みかがったチョコレートブラウンの狐は最後の最後に変化を解き、か弱い正体を垣間見せ、この世の舞台から降りる準備を始める。
そして、舞台袖に置かれた舞台装置(親殺しの罰)に向かう彼女はくるおしげな声で大台詞を読み上げた。
「もしも、私の願いを聞いてくれるのなら、バルのことは責めないで。バルにはバルの正義があるの。今日までに説得出来なかったらこうなるって決まってたのよ。
正義の反対は悪じゃないの。もう一つの正義なの。そして、『正義』には『犠牲』が付き物なの。犠牲は1人が全てを負えば良いけれど、もう一つの正義は彼が彼である為に必要だから残してあげて」
彼女の言葉は観客に届いただろうか。
もし届いたなら
叶えてあげてよ
この世の舞台監督さん
あんなにも哀しくて
あんなにも優しくて
あんなにも強くて
あんなにも弱い
ハッピーエンドの生贄(正義の犠牲)の
最後の望みを
叶えてあげてよ
アゲイルさん
彼女も彼も
主人公の引き立て役なら
もう十分でしょう?
舞台を降りた後ぐらい
主人公と同じように
本人の望んだように
幸せになれるように
叶えてあげてよ
神さま
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