第27.5話 累計30話達成記念〜again,Luna〜
『マレ・ディアナ・ヘルマキア』には好きな本があった。それは決してハッピーエンドじゃない話。愛に包まれて育った女の子と会えなくなった両親の哀しい結末は、ちょっとだけ羨ましくて、教会の孤児院で何度もそれを読んでいた。
『こちらの世界』の聖書は統治神アゲイルの伝記に近く、人の醜さを知ることで自分の人生に生かす事を目的にされている。その為、暗い話や報われない話も多い。
哀しい話だから他の子たちは読まないのに、『マレ』だけが読んでいるのに、あっという間にぼろぼろになっていて、いつのまにか無くなっていた。
聖書は全て手書きで写していたから、『マレ』が読んでぼろぼろになるまでに間に合わなったのだ。本が無くなったスペースに手を伸ばし、手が空を切るともう無いことに気付き、他の本を探す日々が続いた。その頃には空でも言えるようになっていたのだが、それでも何度でも読もうと思っていた。
その日も、いつものように空いていたスペースに手を伸ばした。いつもなら空を切る手が本に触れた。もしかして、と手に触れた本を取る。
『月の女神よ、もう一度』
間違いなく、ぼろぼろになるまで読んだ本だった。本を開くと、インクの匂いがした。
×××××
遂に、アゲイル達は捕まってしまいます。アゲイルは牢屋に、ミリサとまだ幼いルナは教会の懺悔室に、それぞれ閉じ込められてしまいました。
「どうか。どうか、二人だけは。アゲイルとルナだけは助けてください。主よ、罪を背負うべきは、私なのです。私だけなのです。どうか、どうか二人をお助けください」
アゲイルの処刑日が近づくにつれ、ミリサの祈りと懺悔の時間は長くなっていきました。領主はそんな娘に、小さな情が湧いたのです。
「ミリサ、お前達のしたことは決して許されない。だが、別れの時を作ってやることはできる。彼と、『死の決別』をするならば、お前がルナを育てることを赦そう」
『死の決別』は処刑人を雇わず、自らの手で殺すことで永遠に決別することです。二度とその人のことを慕い嘆く事は許されなくなる代わりに、全ての罪を赦されるのです。
しかし、ミリサにはアゲイルを殺すことなど出来ない選択です。迷ったミリサは、こう告げました。
「彼を殺す選択はまだできません。彼の処刑の日に彼と話をさせてください。その日までに、心を決めて、彼と決別の儀を致します」
そして、アゲイルの処刑日になりました。
「どうか。どうか、二人だけは。ミリサとルナだけは助けてください。主よ、罪を背負うべきは、私なのです。私だけなのです。主よ、どうか、どうか二人をお助けください。どのような罰も受けます。どうか、二人だけは、不幸にしないでください。二人の不幸は、二人の罪は、二人の罰は全て私に降り注げてください」
牢屋で全ての食事を断り、ただ一心不乱に祈りを捧げていたアゲイルは、骨と皮ばかりになっていて、処刑場に歩いて進んだのが不思議な程だったと街の人々は言ったそうだ。
処刑場の近くにある屋敷で、アゲイルとミリサは再会しました。
決別の儀の前の最後の会話なのだからと、彼女は使用人達を追い出しました。二人きりになると、ミリサは遺書を書き始めました。震える手で字を書いていくミリサに、アゲイルは手を重ねて一緒に続きを書いていきます。
「ルナ……もう一度……貴女に……会うことを……願う……事など……許され……ない……でしょう」
二人は書き終えた遺書を置き、お互いを殺してしまいました。遺書は二人の返り血に染まってしまい、読めない所が出来てしまった為に
『私たちを許してください。 もう一度会いたいと思います、ルナ』
と読まれてしまいました。ただ使用人が読める部分だけ読んだのを全てだと勘違いした領主は怒り狂いました。血で隠れた文字など気にしなかったのです。
「それほど会いたいならあの世で会ってしまえ!ルナをここに連れてこい!私が殺す!」
教会で帰ってこない両親を待ち続けていたルナを迎えに来たのは、死神でした。ルナがどれ程イヤイヤをしても、死神は手を離してくれません。処刑台に登らされたルナは、領主自らの手で殺されてしまいました。
ルナは真っ白い道を歩いていました。お空も小鳥さんも、蝶々さんもみんなみんな真っ白です。
ルナはちょっとだけ疲れてきました。小鳥さんは同じことしか言えないので飽きてしまったのです。
「小鳥さんなんて、みんなみんないなくなっちゃえ!」
ルナはずっと歩いていました。ルナはずっと独りぼっちで歩いていました。小鳥さんはもういません。
ルナはだんだん疲れてきました。蝶々さんはルナの周りを飛ぶばかりで、お話をしてくれないからです。
「蝶々さんなんて、みんなみんないなくなっちゃえ!」
ルナはずっとずっと歩いていました。蝶々さんはもういません。お空はどんどん暗くなりました。
お空が真っ暗になる前にお父さんとお母さんを探そうと、ずっとずっと歩いていました。
ルナはとても疲れてしまいました。独りぼっちで歩いていたからです。独りぼっちは嫌なルナ。お父さんとお母さんに会いたいのです。
「パパ、ママ、会いたいよ。パパ、ママ、お話ししたいよ。パパ、ママ、どこにいるの?」
ルナは眠ってしまいました。いつもならパパとママが起こしてくれるからです。パパとママが起こしてくれるまで、ずっとずっと眠ることにしました。
ルナを起こしてくれる人はいませんでした。ルナはもう眠くありません。初めて自分で起きたルナはとても寂しくなりました。
Please do not forgive us. We will not be forgiven for hoping to meet you again,Luna.
ルナはポケットに手紙が入っていると気づきました。ルナが何度も読み返すうちに『again,Luna』の字も霞んで、『aganlua』になっていました。
2人の『たからもの』の“ルナ”は何度も何度も読み返すうちに、ルナはもうパパとママに会えないとわかりました。
わかってしまいました。
「パパとママなんて、みんなみんないなくなっちゃえ!」
“aganlua”はもう起きません。アゲイルとミリサの『たからもの』は、『aganlua』となって『宝者』になってしまったのです。
『宝者』は大切な人が来るまでずっとずっと待っています。『宝者』は“大切な人”で“愛おしい子”ですから、起こしてくれるのは『鍵の者』でないといけません。
『aganlua』はもう起きません。
『aganlua』を起こしてくれる人はもういないのです。
『宝者』の宝石は宝箱の中で
『鍵の者』が開けてくれるのを
ずっとずっと待っています。




