第2話 君の言葉と残されたもの
次に目を覚ました時は、3日も経っていて、もう玲は亡くなったと言われた。退院する頃にはもう彼女の葬式は終わっていて、別れの言葉を送る事はなかった。
俺が目を覚ます前に5分だけ意識を取り戻したらしく、彼女の義眼が遺品として俺に渡された。車にぶつかった右腕は後遺症として一生動かせず、動いたとしても細かい動作はできず、物を持ったり出来る程度の可能性が高いと言われた。
そんなことは気にならなかったし、彼女を守りきれなかったのだから、罰として甘んじて受けようと思った。
◆◆◆
義眼を御守りに入れおよそ二ヵ月ぶりに学校に行く。後遺症は軽かったのだが、グローブでもはめているような感じがして、まだ慣れない。
ホームルームで先生が後遺症で腕が動きにくいと説明した。唯一となった小学校からの幼馴染である達也にニヤニヤとした表情が浮かんでいる。嗚呼、面倒なことになりそうだ。
放課後になると、案の定達也は絡んで来た。
「なぁなぁ、腕どんぐらい動かせねぇの? 手伝ってやれって言われてもさ、お前が怠けたいだけなのかぐらいは分かんねえとズルくね?」
いきなり腕を引っ張られそんな事を言われた。必死に抵抗するも、片腕しかまともに使えない上に入院生活で身体が鈍っている。逆らえずに、頭から壁に激突する。
痛い。玲も小さい頃同じ事をされていた。あの時の俺は馬鹿だった。
「まぁ、ズルじゃなくてもいいけどさ。松川の時は、目が怖くて近寄らせたくなくてやった。ってやれる言い訳があっただけだし。別に、あいつでもお前でもいいんだよね。ズルじゃないなら、あいつを見殺しにしたクソ野郎として、やってやるからさ」
訂正する。今でも俺は馬鹿だ。玲の事を分かった気になっていた。分かってる気になって、彼女の心に気づけなかった。
何がまわりを頼れだ。何が守りたいだ。頼られてない事に気がつかないで、問題が無かったと思い込んでた。やっぱりこれは、罰なんだ。
知ったフリをした俺への。守ると言ったくせに守れなかった俺への。意気地なしの俺への。最後の最後でまで、馬鹿な俺への━━
『神さまが下した罰』
なんだ。
なら、俺は自殺はするな、と言った。だから、自殺はしない。玲は誰にも頼れなかった。なら、俺も誰にも頼らない。
◆◆◆
最近はイジメが酷くなっている。
けれど、誰にも頼ってない。だが、罰として『言わない』のかというとそうでもない。相談できる人がいない。周りを頼れって言った本人でも『言えない』のだ。
玲はもっと言いにくかったはず。
ごめん、気づけなくて。
ごめん、助けられなくて。
ごめん、こんな馬鹿な幼馴染にしか助けを求められないままで。
ごめん、最後まで助けられなくて。
ごめん、ごめん、ごめん……
何度繰り返しただろう。伝わるはずのない謝罪を彼女の遺品に繰り返す。
何度謝罪を繰り返しても、心の中の彼女が笑顔になる事はない。やはり、これは『罰』なんだ。許される事のないこの罪の……
◆◆◆
「な〜に、やってんの! 見殺し君?」
最悪だ、こんなところ見られるなんて。
「ん〜〜? なんで目玉持ってんの? 気持ち悪〜
そんなの捨てちまえよ!」
達也は義眼を奪い取り、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「こんなもん持ってんじゃねーよ。ただでさえ髪長くてキメーんだからさ。そんなキメー事するぐれー迷ってんだったら、俺が代わりに捨ててやるよ!」
そう言うと手首のスナップだけで屋上から放り投げた。体が無意識のうちにそれを取ろうと飛び出した。左手で掴み取ると同時に地面に引き落とされていく。
18年と少しの短い人生の終わりが迫り、神に祈る。
「玲に、会わせてくれ。会って……」
彼の最後の言葉を聞いたのは誰なのか。それは所謂『神』のみぞ知る事だった。
再度心の中で彼女に謝罪すると、初めて困ったような、けれどもいつも見ていたあの透き通った暖かい笑顔を見たような気がした。
彼が胸に義眼に押し付け涙を流しながら堕ちて行く姿は、神に祈りを捧げるかのようで、悲しみと親愛と2つの幸せに溢れていた。
その悲しみは、家族との別れに。
その親愛は、友への謝罪に。
その幸せは、苦しみからの解放と
再会への大いなる喜びに。
彩られながら、彼は神のもとへ招かれた。