第22話 若き騎士の舌戦
レイの隣に行き、ヘルマキア前子爵に挨拶をする。
「ご機嫌よう、ヘルマキア様。お話ししてもよろしいでしょうか?些か聞き捨てならないことが耳に入りましたので」
俺が話しかけ、ようやく意識が戻ったヘルマキア前子爵様は身分が下の者がという表情をするも、すぐに好好爺の仮面に隠れる。
「ああ、構わんよ。どうしたのかね?」
だが、俺もそれに合わせる道理はない。
「先程のレイの口ぶりからすると、バルシオン・ハルマキア様との婚約を『そちらがかってに』決めていたかのようでした。“私の”レイに手を出すのはお控えいただきたいのですが。
私とレイは婚約式こそ挙げてませんが、既に婚約しております。婚約者がいるというのに、私に何の相談もなく、レイの了承も得ずに、勝手に婚約破棄させるなど、いかがなものかと?
何やらバルシオン様と婚約されているという噂を流されている様ですが、先祖共々本当に人を引き裂くのがお好きなようで。
もっとも『そちらが一方的に』決めたのならば、私が身を引く理由にはなりえませんが。
そもそも、私がレイと同じ金ランクになる『まで』婚約はしないと約束していただけで、準備が整い次第、結婚する予定ですので。妻になる者に手を出されるのは少々赦しがたいものがございまして。
差し支えなければ、どのような事情で、他人の婚約者を奪おうとしているのか、【お聞かせ願いますか?】」
最後に睨みを利かせ、なんのつもりだと問いただす。
お揃いのブレスレットや、同じ孤児院出身であること。『レイ』と愛称で呼びあっている事。他にもいくつかあるが、これだけでも付き合っていると、誤解させるには十分なのだ。
社交界には俺と付き合っているという噂と、バルシオン様と婚約した噂の両方がある。レイとは公の場では軽い会話しかしてこなかったのだが、普段にこりともしない彼女が微笑むのだから、噂がたつ程度には仲が良さげに見える。
情報通のハルマキア家だからこそ、自分の家が有利なように噂を流しているのでは、と誰でも考えるのだ。俺と付き合っている噂は少ししかされていないから、余計にそれらしくなるのだ。
これはハルマキア家でもイメージを変えにくい。伯爵家を取り潰させた前科があるから余計に。
「ほう?私の情報網では君たちは付き合ってないと言っていたそうだが、違ったのかね?」
しかし、この狐は一筋縄ではいかない。だが、対応など簡単だ。『終焉のラッパ』を鳴らし続けてきたのだから、これぐらいで言葉は詰まらない。詰まるはずがない。
「私が死ぬなりなんなりで婚約破棄になったり、未亡人になったら申し訳ないですし、婚約できるまでに時間がかかりそうでしたので、銀ランクになってから付き合っている、と発表して婚約する予定でしたが、銀ランクをすっ飛ばしたために、発表する機会を作れてなかったのです。そのせいで、あまり浸透していないようでして」
肩をすくめながら流し目でレイを見る。言い訳ぐらいなら幾らでも出てくる。さて、カウンターを食らったらどう出てくるか。
◆◆◆
side前子爵
「そうか」
成る程。ここまで計算づくで私に噛み付いてくるか……面白い。一瞬でここまで頭を回せる奴はなかなかおらん。
バルの相手には候補がまだいるし、娶れなかったら分家から嫁を迎えればいい。
ここは引いて、恩を作っておく方がよかろう。
「これは申し訳ないことをした」
ぱちぱちと目を瞬かせ、すぐに怪しむような視線を向けてくる。隠してはいるようだが、そこは年の功だ。
「君たちが恋仲とは知らななんだ。(まあ、嘘だが。気づいているから建前とはわかるようだな)詫びと言ってはなんだが、君たちがことを大々的に発表するのなら、我が家の伝手を使って『最高の婚約式』を送らせて貰おう」
さあ、若い騎士君。
君はどうくる?
◆◆◆
sideヒュージ
俺たちのことに気づいてないはずがない。【テレパシー】でわざわざ言わなくても分かるから……
信用無いなぁ。
(【ねぇねぇ、どうする?全部やって貰う訳にはいかないし】)
(【会場と技術者の紹介だけしてもらえ。全部頼んだら「あいつらの手腕は凄いんだ」ってことになって向こうの利益になる。ただ、甘い汁を吸いたいだけならそれで引く】)
(【指輪はなんとかなるけど会場はあっちにしてもらうしかないのかな?】)
(【私達から話すより狸と狐に話を通して貰った方が楽だ。会場の話を通すぐらいなら向こうの得にはならんし、指輪も技術者との仲介役を頼むくらいなら大丈夫だろう】)
(【了解】)
この間0,1秒だった。
「ありがとうございます。では、ハルマキア様が懇意にしている技術者を紹介していただけると助かります」
「なんなら、全部準備してやってもいいが……」
「いえいえ、それでは男が廃ります。できる限り“私から”『最高の婚約式』を捧げたいんです」
にこりと笑って
「一生に一度の事は誰かに任せたくないんです。婚約式はお手伝い願いたいのですが、結婚式は私主体で行いたいので、婚約式の準備“は”お手を貸して頂きたいと思います」
と付け足した。
恐ろしい物を見たような顔をしたゼルク様はただ一言だけ
「そうか、“婚約式の手伝いは”しよう」
と言った。
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