第17.5話 the story of another view〜side アゲイル〜
ここしばらく、かなり忙しい日々を送ってきた。理由は単純。本来交わることのないはずの因果律を曲げ、二人が再会できるようにしたからだ。
因果律はたった一つの行動でも大きく変わることがある。例えば、たった一回の、パーティーの誘いの答えがYESかNOか。それだけでも死人が出たり出なかったりする。
人ひとりを『存在しない筈』の空間に押し込むのだ。交友関係はもちろん、『存在しない筈』の関係が生まれた為に生じる『存在しない筈』の者や、死ぬ未来が『存在しない筈』の者が出てくる。
だが、可愛い妹の願いだから仕方あるまい。そう思い、あとは細かいタイミングを決めて、調整するところまできた。少し休もうと椅子に腰を掛けたまま目をつむる。
彼は力を与えた為にどうしてもほかの迷い人達より因果律の修正に時間がかかってしまう。
しかし、愛しい彼女に会う為だけにあれほど苦しい現実からも逃げることなく、懺悔し続けたのだ。少しくらいなら、力を割いてやってもいいだろうと思う程、心が硬かった。
あの仕事に厳しく、他のどの神が治める星よりも生物に溢れ、感謝の祈りが絶えないように世界の歯車を回す円滑油の役割を忠実に守ってきたミリサが頼み込んできたのだ。
可哀想な二人が人間だった頃の私たちに見えたのだろう。
『私たちを助けてくれた神がいたのだから、彼らを助ける神がいてもいいでしょう』
全くそれを言われたら叶わないな。私たちはもともとはただの人間だった。ミリサは隣領の領主のお嬢様だったが、私は自分の名も知らぬスラムの住民だった。
そんな私たちが出会ったのは本当に偶然だった。将来、嫁ぐ領のことを知るべくあのスラムにきたのだ。当時、僅か8歳にして7年以上先のことを決められていたのだ。
そして私はミリサにスラム街で拾われた。それからようやく、人らしく生きられたと思う。ミリサの子飼いの従者として何年も側にいるうちに好きになった。だが、どこの馬の骨とも分からない奴が婚約済みの領主の娘と結ばれるはずが無く、私の恋は誰にも知られぬまま、終わる筈だった。
ミリサが13歳になった頃、ミリサが哀しげな表情で私を見るようになった。その度にどうしたのか聞くのだが、なんでもないとはぐらかされた。
ある日、私と同じスラム出身のメイドと話しているのを聞いてしまった。彼女はミリサの影武者でもあるため、よく相談を受けていた。
内容を要約すると、私のことが好きだが親に迷惑を掛けたくないとのこと。
この時程自分を恨めしいと思ったことはなかった。自分に力があれば彼女を悲しませることなどなかったのに。
その話を聞いてから半年後、ミリサから世間から姿を消したいと言われ、事故で死んでしまい、遺体が見つからないことにすればいいと告げた。
姿を消したい理由は問わず、彼女の願いを叶える為に事故の予定を練り上げていった。
そして、決行日になると私は嘘の証言をするよう幼馴染みでもあった件のメイドに頼み、靴が滑ったようなあとをつけ、崖から川に飛び降りる。
もちろん、怪我をしないように、流れが緩やかだが水深が深い所を下見の段階で見つけておいた。中洲に家畜を解体した時に出た血を入れた袋を置き、ナイフで開く。頭をぶつけたように赤くなった。飛び降りる前に預かった髪飾りにミリサの髪の毛を何本か絡ませ、中洲の川下の水を被るか被らないか微妙な所に置く。
あとはしばらく川を上り、二つ隣の領にある偽名で買い取ったコテージに向かう。
何年かは静かに過ごすことができたが、結局は捕まってしまった。
高い崖で遺体が見つからなくてもおかしくないと思っていたが、すぐちかくに地元民がよく行く魚釣りのスポットがあったらしい。
死体が見つからないのはおかしいと一緒に死んだ私の部屋を調べた。すると一枚だけ残ったメモにこのコテージの契約に行く日とコテージの住所が書いてあり、それを元に尻尾を探ったそうだ。
私は死刑になり、ミリサは修道女として教会に幽閉される。生まれたばかりのミリサとの子供は罪はないとして教会の孤児院に入れられるそうだが、信じることすら出来ない嘘だった。
処刑前日に10分だけ二人きりになることを許された。もちろん、部屋の外には逃げられないよう兵士がいる。
だが、部屋の外なら兵士は関係ない。私たちは、ミリサが隠し持ってきた短剣で自殺した。生まれ変わったら、また出逢う事を互いに約束して。
ふと目が醒めると、私たち二人は兄妹神としての命を与えられていた。一緒に死んだ恋人が双子になるというのは本当だったのだ。
今では神の仕事はあるものの、人だった頃と違い(恋人ではないとしても)愛しいミリサと何不自由なく会える。本当に幸せだ。創造主様には感謝してもしきれない。
昔のことを考えていると突然大量の魔力による魔導が発動した。慌てて発動者を調べると白石秀司君、いやヒュージ君が“元”松川玲さんのレイジナ・カーベインを助ける為に時空魔導を使おうとしていたが、制御しきれそうにない。
咄嗟に介入しようとするが私がヒュージ君に乗り移るわけにもいかない。負担が大き過ぎて体がもたないのだ。
そうこうするうちに、魔導が崩壊し掛けている。何かないかと彼の身につけているものを見た。すると、アイオライトのブレスレットをつけているのが見えた。
アイオライトは羅針盤にも使われる『持ち主を最良の方角へと導くお守りの石』。そして私は地の神・アゲイル。これなら助けられる!
なんとか補助に入り、制御を交代する為にヒュージ君の意識を飛ばした。全く、無茶をしやがって。簡単な調整を行い、変化が小さかった事を確認した。それでも、あと少しでも気づくのが遅かったら、あそこにいた全員が死ぬほどの爆発が起きていた。
もう使わないように手紙を書くと、ハァとため息を吐く。少しだけ、八つ当たりで不利な戦闘でもさせようかな。
さてと、少し休んだら調整し直さないとな。




