第13話 神月の迷い
その後、レイは酒を飲み続けた。止めても0日だからと止めない。その結果、レイは6時頃からソファでうたた寝。もとい、酔い潰れている。
時折、寝言を呟き姿勢を変えながら既に3時間も寝ている。普段の威厳が消え去るどころか、威厳という言葉の存在が認識できるかも怪しいレベルになっている。
だから、あの言葉はたまたまだ。
「シュウ君、君は私の味方だよね。
『玲に頼られたいと思う事に変わらないし、玲を守りたい』と思ってるんだよね。
あれって今も有効?」
きっと、たまたまなんだ。……いや、そうであってくれ。『松川 玲』の生まれ変わりなら関わってはいけない。自由になって欲しいんだ。側にいさせて欲しいだなんて思っちゃダメだ。
◆◆◆
気を紛らわせる為にシャワーを浴びた。時計を見ると、1時間程かかったようだ。思ったより時間がかかった。
そろそろ、自分の部屋に行こうとすると、レイがまだソファで寝ていた。掛けたはずの毛布は下に転がっている。流石に風邪をひくな。ソファの前でしゃがみ肩をポンポンと叩く。
「レイ……おーい。はぁ……起きて、レイ。風邪引くよ」
一向に起きる気配がない。仕方なく、背中と膝の裏に腕を差し入れて、抱き上げる。俗に言うと、お姫様抱っこ。レイは一瞬目を開けるが、そのまま目を閉じた。危機感がなさすぎる。
二階にあがり、レイの部屋のドアをあける。今まで入った事がないので、魔力灯のスイッチの場所が分からない。
魔導で明かりを付けてもいいが、この前の『紫の試験』の合格祝いの時に、『酔ってる時は魔導を使うな!』とめっちゃ怒られたのでやめておこう。怒った理由は、酒の影響で魔力制御が甘くなるのに魔導を使ってはいけない。魔力を暴走でもされようものなら、賠償金的にも社会的にも大変なことになるからだそうだ。
仕方ないので、暗い部屋の中に入る。足を踏み入れると、フワリと花の香りがした。ハナミズキとナスタチウムでそれぞれ香水を作っていたのでそれだろう。ベットに横たわらせて、上から掛け布団をかける。寝顔はあどけなく、同い年ではなく何歳も年下のような気もするほど。部屋が暗いからか、茶に少しだけ黒を混ぜたような髪色になった『レイジナさん』に『玲』が重なった。女々しいな、と苦笑しながら彼女の髪を数度梳いた。
「おやすみなさい、マレ」
思わず、懐かしいあだ名が出てきた。松川の『ま』と玲の『れ』を足して『マレ』。
マレはラテン語で海の意味を持ち、マリンの語源にもなっている。本人にも言っていないが、俺は玲は海のような人だと思っている。
全てを包み込むような
優しさを見せる
かと思えば
荒々しくも美しい
災害のように振る舞う
すぐそこにいても
完全に手に入る事はない
けれど
手に入ることはなくても
すぐそこにいてくれる
強くて優しい『マレ』のような人なんだ
だけど、マレと呼んで起きるとは思ってなかった。薄眼を開けて、
『おやすみ、シュウ』
と言われた。完全に不意打ちで驚いたが、1つ確信した。
『松川 玲』と『レイジナ・カーベイン』は
全くの別人なんだ。
玲はマレと呼ばれることを嫌っていた。それこそ、マレと呼ばれてたなら、たとえ寝ぼけていても返事などしない。
もしかしたら、本当に生まれ変わりなのかもしれないが、生まれ変わっても記憶がない方が普通だ。それにアゲイルさんの手紙にあった『因果律の修正』について考えると
『記憶がなくて当たり前』なら
『異世界に来て別の人物として生きているのに前世の記憶がある』方がおかしいのだ。
わざわざ前世の記憶を入れるなんて調整をしてくれる理由が分からない。
玲がこっちの世界に転生しているような事は書いてあった。だが、仮に生まれ変わりだとしても、それにつけ込んではダメだ。だって玲は死んだんだ。生まれ変わりだとしても俺が彼女に頼っていい理由にはならない。むしろ、早く独り立ちできるように頑張らなければ。
本当に彼女なのか、生まれ変わっても記憶があるのかは確証がない。それに義眼を見せた時の顔は、使ったことのある人ではなく、初めて見たような驚いた顔だった。あの時言わなかったという事は違うのだろう。
玲に言った言葉を言ったんじゃないんだ。リビングのあれは、ただ俺を誰かと間違えたか、俺の聞き間違いだ。ただ、それだけだ。そうであってくれ。
「おやすみ、レイ。良い夢を」
明日になったら忘れよう。
自分の部屋でため息を吐き、ゆっくりと目を閉じた。
ハナミズキ
「私の想いを受けてください、
永続性、逆境にも耐えうる愛」
ナスタチウム
5月11日の誕生花