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待ち人来ず

作者: 藍川秀一

待ち人来ず

藍川秀一


 暗闇の夢が、光にゆっくりと浄化されていく。それが薄く溶けて消えたとき、目が覚めた。体を起こし、自分の部屋を見つめる。丸テーブルの上で散らかるカップラーメンの空箱、中途ハンパに残った酒瓶。昨日はソファの上で寝てしまったみたいだった。酒を一気に飲み干し、すぐに手近にある携帯を持って、洗面所へと向かう。冷水で顔をすすぎ、鏡に映る自分に「おはよう」とつぶやいた後、携帯の画面を確認した。

 ディスプレイに、午前7:04と表示された。

 なんてことない数字、眺めていると7:05へと変わる。もう一度冷水で顔をすすぎ、振り返る自分に、「さようなら」と囁く。

 部屋へと戻り、適当にゴミをかき集め、部屋の隅に置く。掃除機を部屋全体になんとなくかけた後ソファへと座り、タバコに火をつける。深呼吸するように肺へ煙を送った。不思議とタバコの味はしない。窓の外を見てみると、生意気な太陽が鬱陶しく輝いていた。

外へ出るのに、時間のかかる髪型を丁寧に作っていく。ドライヤーに気を使い、ヘアアイロンでカールをかけていく。外ハネ、内巻き、普段大雑把にやるような場所も、細くやっていく。洋服選びにすらわざとらしく時間をかけ、何度も姿見で自分の格好を確認した後、外へ出る。玄関を出るとき「いってらしゃい」とつぶやいた。

 電車で向かえば、三十分とかからずに目的の場所へとたどり着く。けれど今日は、歩いて向かうことにした。懐かしい景色を楽しもうとか、それらしい理由をつけながら、ゆっくりと足取りを進める。日差しがアスファルトを照り返し、セミがうるさく鳴き叫ぶ。八つ当たりするように空き缶を蹴り飛ばすと、乾いた金属音が虚しく響いた。

 できるだけ、上を向いて歩いてみた。コンタクトをつけるのを忘れたせいか、景色がやけに歪んで見えてくる。電線に止まる白い鳥が、青空と同化し、雲のようにすら見えた。それからは、歩いたことのない道を選んで進み、自分から道に迷ってみる。光の差し込まない暗がりの路地裏、ちらちらと目に入るホームレス、何がおかしいのかわからないが、思わず笑ってしまう。寄り道をしながらも、少しずつ、一歩ずつ目的の場所へと向かう。だれに伝えるわけでもなく「俺は大丈夫」とつぶやく。

 結局のところ、二時間ほどかけて、目的の場所へとたどり着く。駅前のせいか、やけに多くの人で満ち溢れていた。

 いつもの待ち合わせ場所で、時間がすぎるのを待つ。

 来るはずのない人をただ一人、待ち続ける。


〈了〉


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