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第9話 「ちょーっと待ったー!!」

 迷宮内の何処か。財貨と髑髏に彩られた部屋で、豪奢な玉座に腰かけた男は目の前で一つの水晶が砕けるのを目にした。

 その水晶の中には心臓が造形されている。これこそは、心珠という自らが仕える主に奉じるものであった。


 文字通り心臓を捧げるもの。他者に自分の命を含めたすべてを捧げた証。滅びたとされるダンジョンにて使用されていた呪具の一つだ。

 それが砕けたということは、心臓を捧げた者が死んだことを示している。


「ほう、刀塵拳生とうじんけんせいが死んだか。どこぞのダンジョンに繋がったのは知っていたが、どうやらあれを倒せるだけの実力者がいるらしい」


 盟主の言葉に息をのむのは、側に控える三人の男女だ。

 刻幻衆。そう呼ばれる集団の幹部とも呼ばれる彼らは相応の実力を持つ。

 自らを破れるのは、盟主ただ一人。かつて強さを誇った我らを倒した主のみと信ずる。


 ゆえに、刀塵拳生が死んだことに驚くと同時に――軽蔑を露にする。


「情けないわぁ。刻幻衆の面汚しじゃない。どこの馬の骨とも知れぬ輩に敗れるなんてぇ」


 情けない。

 自らの盟主以外に殺されたのだ。これに失望しない者がここにいるだろうか。いいや、いない。


「なら、私が見てくるわぁ。良いでしょう?」

「ほう。禽爪仙遊きんそうせんゆうが行くか。ならば好きにせよ。刀塵拳生を殺した相手、我も興味がある。連れて来るがいい」

「はい、盟主様」


 禽爪仙遊と呼ばれた女は一礼し溶けるように闇に消えた。

 彼女は迷宮からだれにも気がつかれずに外に出た。

 清涼な空気がある。かつての故郷とは似ても似つかない澄んだ空気に禽爪仙遊――リンファという女は笑みを深めた。


「あぁ、良いじゃない。リョウジュンとは大違い」


 朝焼けが都市を覆う時間。リンファは時計塔の上から都市を見下ろす。刀塵拳生を倒した相手というのならば、見ただけでわかる。

 盟主も求めるその何某を殺して連れていくために、探す。そして、ひとりの女がどうしようもなく目についてしまった。


「あぁ、イイわぁ、すっごく、イイ」


 猛禽のような獰猛な瞳が獲物を捉え、口角が吊り上がる。音もなく塔を駆け下り、陰に潜むようにリンファは獲物の下へ向かった。


 ●


 ――リゼナ・ファインアットの朝は早い。

 日の出とともに起床し剣を振るう。彼女の強さの秘訣はその努力だ。才能があろうとも努力を怠れば意味はない。

 それを理解しているリゼナは毎日、型をなぞる。そうしなければ落ち着かない程度には体に染みついた習慣だ。


「セイッ! ヤッ! 違いますわね。こう、ですわ!!」


 特に最近は汗をかくことも考えずに剣を振ることができている。なぜならばこのあとギルドに行き、風呂に入るからである。

 どうせ入るのならば汗をかいていた方が良い。女としてそのまま朝食を食べることに対し思うことがないわけではない。女として汗臭いのはいただけない。


 しかし、ファインアット家の人間にそのようなことを気にする者はいなかった。

 むしろ朝から熱心だと褒められる。ファインアットという家は、そのような家だ。よく言えばおおらか、悪く言えば脳筋だ。

 例にもれず、リゼナもその一員である、加減せず修練に励めるのならばそうしてしまう程度には脳筋の気がある。


 ――そうやって、一通り型を反復し終えれば朝食となる。


「ダンジョンの恵みに感謝を」


 朝食は迷宮で採れる最高級の食材を使った料理だ。

 クエングルファの卵焼きとハウエン蝶のパン、ミシュマ甲羅の野菜。迷宮下層でしか取れないような食材ばかりをふんだんに使用した高級料理である。

 食材だけでも美味いが、その味をより引き立てている料理長の腕前は流石だとリゼナは思う。


 卵はふわふわとしていて口の中でとろけるように滑っていき、パンはサクサクとしたあとにもちもちな食べ心地。

 サラダはしゃきしゃきで瑞々しく添えられたドレッシングをかけて食べれば、いくらでも食べられる。


「んー、おいしいですわ。あの人のおかげですっかり食事が好きになってしまいましたわ」


 普段は何も思わない食事であったが意識したことで様々なことに気がついた。変わらないと思っていた調理法が実際は日によって変わっていたり、味付けが少し違ったりする。


「うちの料理人たちも負けていませんわね」


 などと自分の家の料理人をほめたりしながら時計が刻限を指し示したのを見て家を出る。


 リゼナは朝焼けが覆う街路を歩く。

 階段の多い第六迷宮口都市を下る最中、ギルド広場を見ればギルドから出ていく人や入っていく人影が見える。


 アランがいないかとここから探す。強化された視覚によって遠くまで良く見えるがアランの姿はない。

 あの特徴的な姿を見逃すはずがないので先に風呂に入っているか、まだ来ていないのだろう。


「今日は勝てると良いのですけれど」


 別に勝負などしていないが、いつもリゼナが行く頃には風呂に入っているのがアランだ。リゼナはなんとか彼よりも早く行きたいと思っている。負けず嫌いはファインアットの特徴だ。

 しかし、今のところ先を越したことはない。今回こそは、と思いながら階段を降りた時――


「――そこにいる者、出てきなさい。出てこないのならば、こちらから行きますわよ」


 何かの気配を感じ取った。


 出てくるように告げたが出てくるものはいない。しかし、影の中にそれは確実にいる。


「……そう。では――こちらから行きますわよ!!」


 一瞬で妖気を理気に練り込み身体に流し強化を施す。リゼナの歩みは風のごとき速度の疾走に変わり、影へ突きを放った。

 しかし、剣は弾かれる。硬質な音が鳴るとともに、影の中からひとりの女――リンファが現れた。


「あらぁ、好みの女の子を見つけたから興奮し過ぎちゃったかしらぁ。うふふ、見つかっちゃったのならぁ、ちょっとつまみ食いしちゃっても良いわよねぇ」


 盟主からの命は大切であるが、リンファという女は自らの性を優先する悪癖がある。

 この女は、好みの女がいると殺さずにはいられないのだ。


 言葉が言い終わると同時に殺意が来た。

 リゼナの体が殺意に対し即座に反応する。


 ファインアット剣術の訓練は、まず殺意に剣が反応するようにするところから始まる。

 これができなければ死ぬ。比喩ではなく本当に死ぬ。ファインアットの歴史を紐解けば少なくない数の死者が剣術の訓練により出ている。

 そのような過酷な訓練の中で生き残った者だけが伝えてきた剣術こそファインアット剣術だ。生き残ったリゼナはその流れの先端を行く者である。


 発せられた殺意に意識よりも早く体が反応し剣が動く。殺意が乗せられた硬質な刃を弾き、敵の姿を露にする、リンファの腕から延びる鉤爪の姿を。

 流された妖気により強化された刃と刃がぶつかり火花を散らした。


 意思はあとからついてくる。防がなければ確実に死んでいた一撃。それが連続する。


「朝っぱらから何考えてますの!」

「ナニ考えてるのって、ナニに決まってるじゃない!」


 ぞわりと背筋を昇る悪寒は気のせいではない。この女、変態だ。

 朝日を受けて燦燦と輝く双眸が舐めまわすようにリゼナを見つめている。風呂で真っ正面からリゼナを見るアランも、このような視線をリゼナに向けたことはない。


 しかし、リゼナの身体はそのような思考を振り切る。

 今は戦闘中だ。余計なことを考えている暇はない。特に相手が強いのならば、なおさらだ。


 リンファは強い。リゼナ・ファインアットはそのように確信している。

 ゆえに油断は微塵もない。持てる力の全てを使って勝利を目指す。なにも難しいことはない。アランが普段から行っていることだ。


 まずは冷静に見極めから。ありがたいことに相手の気持ち悪い視線が、熱くなりがちなリゼナを覚ましてくれる。


「落ち着いて行きますわよ」


 リゼナには何一つ相手の情報がない。情報の価値は時に黄金よりも高いと言われている。

 相手を知り己を知れば百の戦で勝利することも可能であるという言葉がように、情報を制したものが戦いを制することはいつの時代も変わらない。


 呼吸を整え、相手のの攻撃を見切り、見抜く。


「最初の攻めはどうしたの! もっともっと来てえ!」


 爪撃が踊る。剣閃は合わせる。

 攻める。防ぐ。


「っ――!」

「ほらほらほらぁ! もっと見せてぇ!」


 リンファから迸る熱情とは対極に、底冷えする殺意を放つ刃は冷徹であった。法悦のまま直情に走らず、どこまでも殺すことに真摯な爪戟は巧みだ。

 熱情に剣が追従し勢いとするリゼナとは逆筋の使い手だ。


 氷の如き鋭利な爪穿――血氷飛炎の型。リンファが最も得意とする爪禦刺法の型の一つ。烈火が如く繰り出される爪の刺突はただ一突きにして三突きである。

 両の手都合六の爪がリゼナの心臓を抉り出さんと突き出される。


 一気呵成に攻められるリゼナの頭は、自らが驚くほど澄み渡っていた。普段ならば、このように攻めたてられれば頭に血が昇るだろう。

 リゼナは熱しやすい。攻めているときは良いがうまくいかなければ途端に頭に血が昇る。今などその典型であるが、リゼナの脳内は晴れやかだ。


 闘志がなくなったわけではなく、穏やかなのだ。相手の攻撃も視えている。急所を執拗に狙い、ことごとくが必殺の爪閃は殺意の塊ゆえにわかりやすい。

 その殺意にリゼナの体の方が意識に先んじて反応し迎撃する。しかし、防御だけしていては勝てない。どこかで攻めに転じなければ、勝てない。


 三爪が翻り、次の三爪が来る。間断ない攻撃手の中、リゼナは踏み込んだ。剣を使うのではなく、その肩をぶつける。

 刹那の見切りによってリンファの爪はリゼナの頬を裂くのみ。


 身体強化を施したタックルは、リンファの体勢を崩す。一瞬だが、途切れる爪撃、生じた隙にリゼナが攻めに転じようとしたとき――


「ちょーっと待ったー!!」


 槍がふたりの間に突き刺さる。石畳を突き破りリゼナとリンファの間、水を差すように起立する槍へと男が降ってきた。


「おうおうおう! 朝っぱらから殺し合いとは穏やかじゃねえな! しかも襲われてるのも襲ってるのも美人と来た! それならこのジェードが止めに入らねえとな!」


 現れた男――ジェードは見得を切りながら槍を引き抜き肩に担いでリゼナとリンファに笑みを向ける。


「チッ、邪魔がはいったわぁ、はー、萎えた。帰るわぁ、それじゃあねぇ、かわいいお嬢ちゃん。刻幻衆に逆らった馬鹿を殺したら、また遊びに来るわぁ」

「逃がすとでも」

「追えるのなら」


 リンファが地を蹴ると霞のように彼女の体は掻き消えた。軽功の一つ裏霞、相手の死角に入りこみ、消えたように見せる歩法だ。

 リゼナにはもう追えない。どこに逃げたのかわからない以上、それを追跡する手段などリゼナは持ち合わせていないのだ。


「あれ、やんねーの? まいっか、美人さんだいじょーぶ?」

「ええ、問題ありませんわ。別に助けてとは言っていませんけど」

「真の英雄好漢ってのは、助けてって言われるまえに助けちまうもんなのさ」

「そうですの」


 ジェードの考えなど知ったことではない。街の衛視に報告し、狼藉者がいると警戒してもらわなければならない。


「これは、少し遅れますわね……」


 リンファについてリゼナは何一つ知らない。あれほどの強さや爪捌きを見せる武芸者であるならば、ギルドに登録していないアウトローであったとしても名は通っているはずだ。

 しかし、爪を使う女という話は一切聞いたことがない。ほかの迷宮口都市から来たのだろうか。それならばリゼナが知らない理由も納得がいく。

 それでも、名がまったく通っていないのはおかしく全てが明朗とはいかない。


「なあなあ、名前教えてくんない? オレ? オレは、ジャード。いつか英雄になる男さ」

「刻幻衆と言いましたわね……聞いた覚えが一切ありませんわ。迷宮内犯罪者? あり得る話ですが、やはり名を聞いたことがないのが一番不可思議ですわね……」

「おーい、なあ、ねーちゃんって、おーい、おっぱいもむぞー」

「あーもう! うるさいですわね! 少し黙っててくれます? こっちはいろいろと考えているんですのよ!」

「こっちだって、おっぱいについて真剣に考えてるよ!」

「なに考えてますの! 馬鹿なんですの! 破廉恥ですわ!」

「お、ようやく、まじめに聞いてくれたなー。オレはジェードってんだ。アンタは? 美人さん」

「はぁ、リゼナですわ」

「え、リゼナ? リゼナって、あの、ファインアットで、銀級の!?」

「ええ、そうですわ」

「ワーオ! オレファンなんだ! いやー、うれしいなぁ、英雄に近いやつにあったの初めてだ。オレこの前鋼級に上がったばっかでよお、ようやく本番ってところなんだ」


 そんな話は聞いてない。

 これ以上は時間の無駄だ。さっさとギルドに行く方が良い。


「はいはい。それは良かったですわね。それじゃあ、私は行きますわ」

「おう、一緒に行っていいか?」


 どうせ一緒の方向であるし、断っても意味がない。深いため息を吐いて、リゼナは同行を許可した。

 もちろん、ジェードはギルドにつくまでというか、ついても延々と喋りまくっていたことは言うまでもない。

遅くなって申し訳ない。


これからもゆるーく更新していくので、どうぞよろしくお願いします。

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