第8話 「そら、どうした。この娘が欲しいんだろう?」
投げ飛ばした女を思わず目で追ってしまった仮面の男らが晒したそのわずかな間隙に、アランの剣が滑り込む。
妖気と理気を混ぜ合わせて体に流す身体強化術はすでに発動している。全身を一瞬にして駆け巡り、身体強化術が剣を名刀へと変化させ、刃を加速させる。
完全な意識の外側からの見えているが見えていなかった一撃がたやすく仮面の男の首を墜とす。まず一人、残りは三人。
「貴様!」
「おまえたちは怪しすぎる。そんな者に婦女子を渡して良いものではないだろう。なにより、俺はそうやって上から命令してくる相手というのが嫌いだ」
落ちてきた娘を左腕でキャッチし、二人の男と切り結ぶ。三人目は銃を使う。魔法を込められる魔銃だ。メイシュトリア・ダンジョンにおいて、それなりに使われる武装の一つである。
脳筋の多い探索者が使うのは珍しいが、普通に魔法を手の平から撃ったり杖を使って魔法を使うよりも使いやすい。戦闘特化の魔法使いが良く使う。
そういう魔法使いは厄介だ。間違いなく、理気は使えないだろうがその分魔力量が多く、二つ以上の属性を持っていることが多い。
二つ属性を持っていれば組み合わせによって別の属性にすることができる。水属性を持つ霊力と風属性の呪力を混ぜ合わせた場合、氷の力になるようにバリエーションが増える。かなり少ないがもし三つの属性を持っていれば、手札はさらに多くなるだろう。
現状、アランが持っている手札といえば、剣と左腕で気絶している少女だけだ。あいにく魔法は左腕がふさがっているので使えない。
剣を手放せば魔法は使えるが、二人も剣を持っている相手がいる以上、剣を手放すことは出来ない。
相対的に見てアランが不利であるが――。
「そら、どうした。この娘が欲しいんだろう?」
「ぐ、貴様!」
迫りくる仮面の男二人の肩を二連撃で斬りつける。
三人目は後方で銃を構えたまま動かない。いいや、動けない。
戦闘はアランの方が優勢であった。
「おまえたちは、この娘を活かして連れてこいと言われているらしいな? やめとけやめとけ、女のことなんて忘れてかかってこい、そうでないと死ぬぞ」
だが、仮面の男らはそれは出来ない。彼らの使命はその娘を主のところに連れていくことである。無傷とはまでは言わないだろうが、下手なことをすれば人間は死ぬのである。
特に弱った娘ならば一つの刀傷が死に至る可能性は十分にあり得る。魔法など論外だ。ならば普通に弾丸はどうかといえば、アランが射線をふさぐように女を前に出すので撃つに撃てない。
盾に使われている娘には悪いが、アランとてここで殺されるてやるわけにはいかないのだ。
「そら、来ないのならこっちから行くぞ」
アランは女を盾に攻め立てる。
軽く息を吐き、女を左腕に構えながら一瞬のうちに接近する。理気を足元から放出しての加速歩法。一瞬のうちにあったはずの距離はなくなり、勢いを殺すのに合わせて回転切りを放つ。
体を回転させての大薙ぎ。
「ぐ――!」
それを仮面の男が受け止める。しかし、重い。遠心力に加えて身体強化術、それとありえないくらいに鍛え上げられた肉体から来る一撃だ。
防げはしたが受け止めきれずに吹っ飛ばされる。
「ならばこちらだ――」
入れ替わるようにアランの右側から斬りかかってくるもう一人の剣士。剣を振り上げアランを叩き切らんとしてくる。
アランは、女を剣の軌道上へもっていく。男の動きが止まる。その男に突っ込むように肘を叩き込んだ。
「ぐはっ――!」
「良い強化率と努力だな」
骨を折る気でいったが、折れなかった。しっかりと身体強化をしている証だ。あとはそれだけではなく、インパクトの瞬間に後ろに跳んだのだろう。
大した判断能力と身体操作だ。どれほど修練を積んだのかわからないが、見事であると言わざるを得ない。
「……そこだ」
振り上げへの対応でガードとしての女が上に上がっている。ならば足などは狙えると最後に残った三人目の男が引き金を引く。
撃発音一つ。それはまっすぐにアランへと向かう。アランは避けられない。弾丸はアランの胴を貫通した。
しかし、砕いたのは石畳。
「なに!?」
確実に当たったはずだった。
「驚いてていいのか?」
男の前にアランがいた。街灯の下で弾丸を受けたアランは揺らめいて消える。
「幻覚魔法!? 貴様、妖気だけじゃなく呪力までも!」
「探索者だからな、使えるものはなんでも使うさ。ほかに何が使えるかは、自分で確かめろ」
言葉よりも剣を握った拳が男の顔面を捉えた。鋼鉄で作られた骸骨の仮面は、アランの拳によってひしゃげて砕けた。中の人間の頭などどうなっているかなど描写するまでもない。
そのままとどめとして剣を胸に突き刺す。
「――戒律の風、始原の嵐、天命は満ちることなく、聖者は風に去る――呪法:アイレ・スフェラ」
同時に唱えていた呪文により術式が完成する。名を結ぶとともに魔力によって描画される術式陣に呪力が通い魔法が発動する。
掲げた右手より発動するのは呪法。風の属性を持つ呪力を通したことによって形成された弾丸の如き刃が姿勢を低く疾走していた剣士の一人に直撃する。
鋭い切れ味を発揮したアイレ・スフェラは男の仮面ごと頭蓋を真っ二つにした。
それを逃れた一人が剣を捨て短剣を逆手に切りかかってくる。良い判断だ。アランの武器は今現在はない。素手だ。
魔法を使おうにも、短剣をふるう方が早い。
アランは女を前に出して盾とするが、まるで蛇のように柔軟に仮面の男はそれをかいくぐり、短剣が奔る。
まっすぐにアランの首を狙った一撃必殺の殺人剣。
「死ね。そしてあちらで我らに逆らったことを後悔するのだな」
言葉と同時に短剣が降りぬかれる。
妖気を高め、切断力を極限まで強化した短剣である。骨太で肉厚な武骨極まりないアランの首は立ちにくいが、皮膚を裂き、肉を切り開いて、血管に傷をつけたのをはっきりと男は感じ取った。
「殺った!」
だからこそ、その一撃を躱すことができなかった。
背後から来るはずのない打撃が男を襲う。
「がっ!?」
「おいおい、痛いじゃあないか」
「なぜ死んでいない!」
首の動脈を斬られれば普通は死ぬ。多少は生きる時間があるかもしれないが、普通、そこの血管が切れれば心臓から勢いよく押し出されるままに血が噴水のように噴出する。
それだけで戦闘が続けられなくなる。だというのに、アランは平然としていた。幻覚? いいや、そんな詠唱をしている暇など与えなかった。
ならば、なんだ? とそこで気がつく。血が出ていない。そもそも傷がない。
おかしい、男は確実に己の手で血管を裂いた感覚を感じていた。今まで何度となく断ち切ってきた感覚故に間違えることなどありはしない。
「まさか、神気か!」
男はその考えに至る。
神気を理気によって全身に巡らせれば体は鋼鉄のように堅くすることも、治癒力を高めて傷を回復することもできる。
「正解。ご褒美をやろう――水底に沈みし、精霊の嘆きを聞け、万物を呑み込み、万物を浄化せん――霊法:ヴァダー・バラオン」
放たれる打撃に加えて、詠唱からの魔法。
生じる魔法詠唱の隙を自ら拳と蹴りで埋める。本職以上の魔法制御技術だ。人間は何かをしながら別のことをできるようにはできていない。
アランがしていることは、右手で本を読みながら、左手で別の本を読んでいるようなものだ。内容が頭に入ることはなく、どうやっても片方ずつしかできない。
それをアランは同時にやってのけていた。
「貴様! 我ら刻幻衆に逆らってただで済むと!」
「刻幻衆だかなんだから知らんが、関係ない」
拳打とともに水の魔法を叩き込む。
吹き飛んだ男に腰の短剣を引き抜いて、
「首を斬るってのはこうやるんだ」
男の首を断ち切った。ごろんと男の首が落ちて転がった。
「さて、隠れてないで出てきたらどうだ」
剣を手に取りながら暗がりに向かって告げる。
「気がついていたか」
暗がりから街灯の下にさらに男が現れた。浅黒い肌をした男だ。アランほどではないが、鍛えられた肉体をしており、黒い服装のどこにも武器の類は見られない。
その男は落ちた首を一瞥すると踏みつぶす。
「情けない。我らが刻幻衆の恥さらしめ」
「おいおい。死人にそれはないだろう。死んだのなら丁重に扱わにゃならん」
「殺した相手が殺した者にいう台詞か? まあいい。話すことはなにもない。娘を渡せ。さすれば命は助けよう」
「お仲間を殺されておいて、敵討ちはせんでいいのか?」
「敵討ちよりも重要なことがある。それだけだ」
「なるほど。それで? 本当に娘を渡せば、俺の命は助けてくれるのか?」
「無論だ。武神オーニソガラムに誓う」
「武神に誓うか。本気だな」
――さて、どうするか。
アランは目の前に対して最大限の警戒をしている。まず間違いなく、先ほどの四人よりもこの男は強いだろう。
練りこまれた気の総量は四人の十倍ほどだ。さらに神気と妖気の同時併用による身体硬化と身体強化を同時使用している。間違いなく数段上の武術家だ。娘を抱えて戦えばアランとてどうなるかはわからない。
渡せば本気で命は助けてくれるだろう。この男が武神であるオーニソガラムに誓うとまで言ったのだ。武を振るう者たちが一様に信仰し、大切にする神に誓うといった。
ならばそれは本気なのだ。武術家はどのような悪人であろうとも武神に誓ったことだけはたがえないとまで言われている。
「どうする。このまま戦うというのであれば、俺はそれでも構わんが」
「そうだな……」
アランは女を道端に寝かせる。
「事情もわからん、厄介事でしかない。だが、そうだな、ここで逃げるというのは男として格好悪い。それにこのままではただ働きだ。女から何かしら報酬を頂くまでは、渡すわけにはいかないな」
「そうか。ではその選択をしたことを後悔しながら死ね」
放たれる手刀二連。両の手を刃に見立てて振るわれたそれは紛れもない刃だった。
剣で防いだそこから硬質な音が鳴る。鋼鉄の剣と同等の硬度にまで神気によって高められているのだ。そこから続く連撃。手刀、手刀、足刀手刀――。
放たれる連撃そのどれもこれもが必殺を内包している。振れれば斬れる。まさしくその肉体が武器。どこを斬りつけても硬質な音を鳴らし斬れない。
武器であり鎧でもある。
「なるほど、やつらとは違うようだ」
「貴様も大した男だ。妖気、神気だけでなく、霊力も呪力も使える。そんな人間がいるとは思いもよらなかったぞ」
「そこは才能だったな。全部が使えた。その分、使いこなすのに時が必要だったが、そのおかげで俺はここに来れて生きていられる」
「だが、それも今日までだ!」
発勁。足裏から放たれた気によって男が加速する。さらに手刀足刀もまた同じように加速。連鎖する術技は紛れもなく、必殺だ。
「殺されてやるにはいかん。俺にはまだやることがあるのだからな。リゼナにも悪い。だから、本気を出す。逃げるならば今だ」
放たれた剣閃が男の神気による身体硬化を上回って頬に血を流させる。つまり、いつでも斬れるという証明。
ここで引くならば追う事はしない。
「ふ、フハハハ! 一撃をもらっておいて、引くわけがないだろう! 流した血を貴様の血で雪ぐまでは!」
「そうか。命よりもそちらを重視するか。命は何よりも大事だというのに。ならば己の弱さを恥じることなく、ここで逝け」
「なに――」
「二気二力合一――刀光剣影」
剣に光が宿る。四つの光が混ざり合ったそれ。軽く、それが振るわれた。
刹那のうちに放たれた斬撃が、男を肩口から両断する。どれほどの硬化していようとも、どれほど強化していようとも、それ以上の気、力をぶつけられれば斬れるは必定。
「なん……だと……いや、そう、か……きさまのほうが、つよかった……く、ハハハ、だが、おまえはにげられん、われら刻幻衆からは、もはやおまえの安息は終わったのだ、まって、いるぞ――」
「待つのは構わんが、あと数十年はかかるぞ」
剣を腰に戻し、死体をわきに寄せてからアランは女の様子を見る。
この辺りではあまり見られない珍しい白い服を来ている女だ。リゼナよりは年上だろうが、アランよりは年下だろうくらいに見える。
「一先ず治療をしてやるか――大地に座す御方、いと尊き我らが父よ、希う、この者を癒せ――神法:治癒」
神気による治癒魔法を発動して女の内傷を治療する。その他手当を施して、死体は下水道へ放り込んでおく。
下水道には何でも食べるネズミやスライムがいる。それらが勝手に死体を処理してくれるのだ。血の跡などは全部水で流しておいた。
「さて、家に帰るとするか」
すっかりと夜も更けてきた。この女をどうするかは明日、リゼナも巻き込んでから考えることにする。刻幻衆という一団についても確認しなければならない。
アランは女を抱えて帰路へ着いた。
アランが住んでいるのは橋の下にある小さな家だった。ギルドから紹介されたワンルームだが、探索者が暮らすにしては貧相だ。
しかし、家具などは揃っていたしなにより安かったためアランはこの狭さと秘密基地感が好きで今でもここで住んでいる。
一つしかないベッドに女を寝かせる。呼吸は安定しているし、そのうちに目覚めるだろう。
「さて、ひと眠りしておくか」
剣を手に壁に背を預けて、アランは目を閉じた。
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