第6話 「大丈夫ですわ。人間って結構死にませんのよ」
立ち込める湯気の中で、今日の予定をアランとリゼナの二人は確認していた。
「それで今日はどうしますの? というか、毎日朝にお風呂に入るのは決定事項なんですのね」
「風呂は良いだろう。体が目覚めるし、朝から女体を見るのはやる気が出る。朝から上玉を見ることができれば良いことが起きるんでな。おまえがいるから毎日いいことがあるというものだ。がははは」
「別のものが出てそうですけど……まあ、目が覚めるというのは同意しますけど、それ以外には甚だしく同意したくありませんわね」
じとりとリゼナはアランをにらむがアランはどこ吹く風だ。この男、何を言っても聞かない。欲望には忠実で、言動も飾らない。そこは美徳だが、行き過ぎだろう。
「まあいいですわ。本題」
「ああ。パーティーランクを上げるのは昨日のうちに手続きをしておいた。俺たちなら鋼までは試験なしでいけるからな。だから、今日は岩の依頼を受ける」
「はじめに具体的な内容をお聞きしてよろしいかしら。昨日は散々な目にあいましたからね」
「良いだろう」
アランが受けるといった依頼は三つだ。
一つ、美しの森で採れる薬草の採集。
二つ、青石の湖での毒消しの採集。
三つ、剣術及び魔法指南。
十五歳になった子供が受けるような依頼である。銀クラスの探索者がやるようなものではないが、パーティーとしてアランは譲らない。
「三つでいいんですの?」
「その三つがだいたい岩を代表する依頼だからな。最低限それをこなせばいい」
岩クラスは、ある程度身についた子供が迷宮ではなく迷宮よりも安全かつそれなりに危険がある都市の外でどう動くかを学ばせる為のランクといえる。
普通に力さえあればすぐに上がれるランクだ。迷宮に入るのは鉄級からだ。
「わかりましたわ、さあ行きますわよ!」
そうと決まれば行動開始だ。気合をいれて立ち上がり、胸の良いものをぷるんと震わせて着替え、依頼を受注して市外へ向かう。
「まずは薬草の採集ですわね。簡単ですわ」
「簡単ねぇ」
「なんですの、なにか含みがありそうですわね」
「いいや、おまえさんどこに薬草が自生しているのか知っているのかと思ってな」
「知っているに決まってますわ。うちにも図鑑くらいありますのよ。きちんと家庭教師からも野営術は習いました、その時にどこに生えているかなどは教授いただきましたもの」
「ほう。それならお手並み拝見といこう」
現役探索者にとって、市外に敵などいない。市外のモンスターは迷宮にいるモンスターほど強くない。ただの動物といった方が良いものが多い。
それでも彼我の力量差をしっかりと理解しているのか、美しの森に向かうまでの石道では、まったくと言っていいほどモンスターと遭遇しなかった。
「ここが美しの森ですわね」
美しの森。メイシュトリア・ダンジョン上に存在する森のことだ。ダンジョンに寄生しているようなものなのか、普通では考えられないような生態をしている。
まず色だ。虹色に光っている。それらは意思を持つように時折色を変える。明るく輝く妖精光が舞い、非常に幻想的な雰囲気が漂っている。
ほど近い第六迷宮口都市では、デートスポットしても利用されている。夜にくればそれはもうたいそう美しい光景が見られるのだ。
「さて、薬草は良く日の当たる場所にあるとありますから。あちらでしょうか」
適当に予想をしながら先を歩くリゼナをアランはにやにやと見守りながら、どうなるかを見守るのであった。
ことが起きたのはそれから半日ほどたってからだった。
「もー、どこにありますのー!」
半日も探して薬草のやの字も見つからない。それでもありそうな場所を探して森中をさまよって、ようやくリゼナは音を上げた。
この女の諦めの悪さを侮っていたようである。リゼナは見つからなければ見つからないほど燃え上がって躍起になって半日経つまで音をあげなかった。
「おまえは本当に諦めが悪いな」
「私はファインアットですわよ! 戦場で最後の一人になろうとも絶対に諦めませんわ!」
「その根性は認めるが、わからないならわからないと素直に言うことも大事だぞ」
「ぐっ……」
「さて、音をあげたからなさっそく薬草を採りに行くとするか。こっちだ」
やってきたのは森の入り口だ。それから平行に茂みに入っていく。そこには子供の通り道があった。茂みに隠れていて入ってしまえば獣であろうとも見つけることができないような天然の通路だ。
そこを過ぎると一気に視界が開ける。そこだけは木がなく、小さな泉がある。そして、そのほとりに生えているのが薬草だった。
錬金術の初歩で作られる初級回復薬に使われる薬草だ。煎じて水に溶かすだけで回復効果がある草はそこにたくさん生えていた。
「こんなところに……」
「まあ、外から見えんだろうが、不自然に木々が密集している場所を探すのがコツだ」
薬草は自らが食べられないようにするために、ほかの植物に囲まれて育つ。必然、薬草が生えるとそこを中心にして、他の植物が避けるのだ。
薬草はほかの植物が嫌がる成分を分泌して自分にいいように木々が生える場所や植物が生える場所を限定する。その結果、木々や茂みに囲まれるのだ。
「まあ、森を見てどれだけ密集しているかなんてわかりづらいが、これも慣れだな。わかったか」
「……わかりましたわ」
「さて、それで取り方だが、こう根はとらず葉だけを採るんだ。薬効があるのはこっちだからな。根は張ってもらったままでないとここに生えなくなる」
「なんというか、雑草……?」
「まあ、近いな。回復薬の始まりも、詐欺師がその辺の雑草を水に溶かして薬だって売りつけたら傷が回復する薬だったっという話だからな」
「えぇ、ポーションの始まりが詐欺だったなんて……」
「まあ、お貴族様には教えられない話だな。その詐欺師は今では大富豪という話だ。相当昔の、だがな」
そんな会話をしながら雑草を集めて、次の目的地である青石の湖へ向かう。
青石の湖は、その名の通り、湖底に青い石が沈んでいることからそう名付けられた文字通り青い湖だ。青い水は毒消し成分があるようで、この湖の近くの植物はたいてい毒消し効果がある。
その中でも最も効果が高いものが毒消し薬になるのだ。
「ここでは毒消しを集めるんですのよね」
「そうだ。どれが一番薬効が高いと思う?」
「そうですわねぇ」
わからないが、わからないとは言いたくない。これでも貴族の娘なのだ。きちんとした教育は受けてる。考えればわかるかもしれないとリゼナは思考を巡らせ始める。
この青石の湖は水場なのか、いくらか普通の動物がいるし、その動物たちが草を食んでいた場所もある。まずはその辺の痕跡を見てみることにした。
そうするうちに、妙に人気の場所があるようであった。
「アラン、もしかしてあそこかしら」
「正解だ。よくわかったな」
「いえ、私もわかったわけではないのですけれど、妙に動物に食べられているなと思ったんですわ」
「そうだ。毒消しはよく食べられる。体内の毒を中和したりするときに獣が良く食べる。そのよく食べるやつは最も効果が高いというやつだ」
「なるほど……これも葉をとるんですの?」
「いや、今回は根だ。一番毒消しとしての薬効が強いのは根だからな。ただ、死ぬほど苦いから動物は食わん」
「そうなんですのね」
「ああそうだ。だから、その場で最も食われている毒消し草を選んでそこの根を掘り返して持ち帰ればいい」
探索者の膂力を持ってすればたやすく毒消しの根を掘り出すことができた。その根は深いというわけではないが、まっすぐに湖に向かって伸びていることがわかった。
薬効を湖から取り込んでいるということなのだろう。
「これ湖に何かあったら大変ですわね……」
「そういう時は迷宮に潜ってとってくるだけだが、何事もないのが一番だな」
「私が領主になったらなにか制定しましょうか……」
「ま、その時に考えるんだな」
次は剣術・魔法指南だ。
「これ、どういう意図がありますの? それなりに成長した子供が教えられることなんてたかがしれてますでしょう?」
一路、二人は街に戻って依頼元である教会に向かっていた。
貴族のリゼナでも教会で日曜教室が行われていることを知っている。参加したことはないが平民たちが学ぶ為に教会で開かれているということとか基本的なことは知っていた。
だからこそ、その剣術や魔法の使い方を教えるのに、岩級の探索者でいいのか、とは思うのだ。
「そうだな。確かに不足かもしれないが、人に物を教えるのは難しいだろう? 教える側は自分の理解がどの程度かわかるし、どう教えればいいかも考えるはずだ。それに木の依頼をやっていれば人に教えられるくらいにはなるし、教えるのはまだ小さい子供たちだ」
「なるほど、そういうことですの。ならば、私がファインアット剣術を子供たちに教えてさしあげましょう」
どうやら何かリゼナのやる気スイッチを入れたようだ。意気揚々と街の教会に向かった。
すでに庭に子供たちは集まっており、やってきたリゼナを見て無邪気な視線を向けている。銀級の探索者などほとんど見ることがないだろうから皆興味津々だ。
そんな彼らに彼女は言い放った。
「これから栄えあるファインアット剣術をお教えいたしますわ。では、まずは基礎から」
すっと彼女は剣を構えた。
「おい、待て」
行動を起こされる前にアランはリゼナの肩を掴んで止める。
「なんですの? これから基礎ですのに」
「ならなんで真剣を構えて、更に殺意まで出してる」
「ファインアット剣術は実践にして実戦の剣術ですわ。それの基礎は、まず――」
「いや、良い。聞きたくない。おまえさん、親御さんからもそれをやられたのか」
「ええ。私の場合は目隠しされてそのうえででしたけど、目隠しがない分はるかにましでしょう? よけやすいですし。もちろん私も手加減しますわ」
「当たったらどうする」
「大丈夫ですわ。人間って結構死にませんのよ」
目に光が灯ってない。
「よし、おまえさんが教師に向かないことはわかった。ファインアット家がおかしいこともな。おまえは隅に座ってろ」
ファインアット家がいかに頭おかしいかを再認識したアランはこの手の依頼を彼女にやらせるのはやめることに決めた。
剣術でこれなら魔法や気功術などはもっと大変なことになるに違いないと悟ったからだ。事実、ファインアット家の教育は少々、いや、かなり頭がおかしいのでその判断は正解である。
アランのおかげで、教会に集まった子供たちが瀕死一歩手前に追いやられることを回避できた。
「む~。何がいけませんの?」
そんな当の本人はせっかくの教師役を外されてぶーたれていた。
●
迷宮第一層。
そこには石組みの隧道が広がっている。最もオーソドックスな太陽がないよう閉塞型と呼ばれるかつての遺構を再現した遺跡。
いや、ここはかつての遺構そのもの。いまもなお、ダンジョンの中で拡張をつづけるかつての文明であった。
無音の大静寂が木霊するかつての文明遺跡。その末端通路に四人の探索者たちはいた。
第三層にて迷宮の拡張が起きたことは記憶に新しい。ならば他の階層にもある可能性はある。そう思った探索者パーティーがあとあったのだ。
金級のパーティー「辺縁の木」と呼ばれるパーティー。この第六迷宮口都市においてそこそこ名の通ったパーティーだ。
「ライ、どう?」
かつて行き止まりであったはずの通路にぽっかりと開いた穴。良いや新しい通路。
その前にしゃがみこんでいた青年ライに彼の幼なじみである少女フェリが聞いた。
「うん、誰も入ってない」
「おお、そいつは当たりだ!」
腕が鳴ると筋骨隆々の拳を鳴らすのはオーグという大男で、彼もまた幼なじみの一人。
「……これでお金貯められる」
とらぬ狸のなんとやらで財宝を運び出したあとのことを夢想する小柄なメルンはその金の瞳で闇を見通す。
「はは。まだ早いけど可能性はある。行こう」
パーティーリーダーのライの号令で四人は新しく出来た通路へと入っていく。
第一層だからとて警戒を怠ることはない。新しく出来た通路には強力なモンスターが発生することがあるのだ。故に警戒を怠ることなく辺縁の木は静かに通路を進む。
ぴとりと水音のみが響く暗がりの隧道。松明もない場所だが、マナを吸収した探索者にはさほど障害にならない。
昼間ほどとは言えないが十分、見えるし戦える。そんな中を辺縁の木の面々は進んでいく。先頭は斥候役のメルンであった。
パーティーメンバーの中で最も小柄な彼女はその身軽さを活かして、暗がりに潜み、音もなくパーティーの道行きを照らす光のように通路の先をつまびらかにしていく。
結論から言えば、この新通路は彼らの望む通りのものであったといえる。手つかずの財宝。山のような金銀宝石。
数多の財を放り込んだ蔵とでも言わんばかりのそこは、まさしく探索者が求めてやまない理想の地だった。
「やったぞ、みんな!」
「すごい……」
「やったな、これであいつらに楽させてやれるってもんだ」
「……何を買おう」
全員が己の未来を夢想する。人は莫大な財を目の前にしたとき、冷静ではいられない。故に、それに気が付かなかった。
彼らが開いた扉から必死に逃げる人影と、金銀財宝の下に埋まったしゃれこうべに。
「余の財を盗むか。その罪がいかほどのものか、知るがいい」
そして、床からぬるりと現れたそれの存在に。気が付いた時、すでに終わっていた。最後に見たのは、首のない自分の体だった。
「アレが逃げた追え」
それは命じた。陰から生じた人影が、迷宮へと人影を追う。
美しい、女を、追う――。
静かに、それは静かに、始まった。
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