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第4話 「だから、私と組んでほしいのですわ」

 リゼナの問いに、それじゃあ、それが命令か? などと少し大人げないことを言いそうになったが、聞かれたことは別段秘密でもなんでもない。

 そんな問いで、命令権を使わせるのは大人げないというものだ。しかして、多少勿体つけてからアランは話し始めることにした。


 秘密ではないが、自身の根幹に通ずることを話すのだから多少勿体つけたところで罰は当たるまい。何よりここは酒場だ。

 酒を頼み、飯を食らう場所であるならばまずはその本分を遂げさせてやってからだろう。話はそれからだ。


 酒を注文し、料理が運ばれて来て、いつものように従業員が酒も、食事も少しずつ食べてからアランは食事をする。

 それに対してリゼナは何か言いたげであるが、彼女は貴族だ。毒見のようなもの、と言われれば納得もする。この男が用心深いことは、調べたことで多少はわかっていた、ここまでとは思わなかったが。


「――さて、では話そうか。ランクをなぜすぐに上げないか、だったか。別に深い理由があるわけじゃない。もったいないだけだ。せっかくランク分けされているのだ。そこを極めなくてどうする」

「もったいない?」


 ギルドが出している依頼には受けられるランクというものが存在している。例えば薬草採集などといった採集クエストがあるが、簡単な依頼で特殊なものでない限りは木ランクの探索者専用の依頼になる。

 それぞれ依頼掲示板が異なっており、ランクが異なればその依頼は受けられない。高位の探索者が低級探索者の仕事をとってしまわないようにするための配慮だ。

 別段ランクを上げるのに依頼を達成するかどうかは関係なく、昇級試験をクリアできるかどうかなので、急速にランクを上げた探索者の中にはこのことを知らない者もいる。現にリゼナは知らなかった。


 探索者の常として稼ぎたいという思いがある。そういう場合はランクを上げるのだ。ランクを上げればより報酬が良い仕事を斡旋してもらえるようになる。

 高いランクの仕事ほど強さが物を言うものが多くなる。より迷宮の深い部分での採集や討伐、素材集めといった仕事は、だれにでもできるようなものではない。それゆえに報酬は高くなる


 探索者になるような連中はリスクが好きな連中が多いが、総じては一攫千金を狙うやつらばかりだ。より高額な報酬を得られるようになりたいし、迷宮のより深い場所へ潜り宝物を得たいと思うのが普通である。

 だから、だれもがランクを上げようと躍起になる。木クラスなど子供でもやれるような雑用ばかりだ。お小遣い稼ぎに子供が登録して仕事を受けるランクとすら言われている。

 そこに留まる探索者はいない。迷宮に潜る必要もない仕事をやる暇などないと探索者は考えてさっさと上のランクに行く。


 しかし、そこでしか受けられない依頼があることは確かだ。


「それを受けずに上がるというのはもったいない。成長の機会を逃している」

「それこそ逃しているのではなくて? 迷宮に潜った方が成長できますでしょうに」


 もともと貴種、貴族として身体能力や魔力、理気に優れていたリゼナは、迷宮に潜ることでさらなる力を得た。

 まさに負けなし。全能感すら感じるほどの力だった。そりゃ、調子にも乗るし、それでも問題ないほどの技術力もあった。プライドが高くなるのもうなずける話だろう。

 まあ、それらはつい先ほどアランにすっかりとへし折られたわけだが。


「身体能力の向上や魔力、理気の量が増えることだけが成長か?」

「違うといいますの?」

「まあ、探索者としてはそうなんだろうが。人間としての成長はそんなものだけじゃないだろう」


 人との接し方。掃除や料理の仕方。市井の者しか知らない生活術や効率の良いルートの探し方。迷宮探索においてそんなの何の役に立つのかと言われれば、役に立たないことが多いかもしれない。


「だが、全部が全部そうじゃない。おまえ、モンスターの解体の方法はわかるか?」

「そんなのは解体屋の仕事でしょう。探索者であるわたくしがするようなことではありませんわ」

「なら迷宮内で食料が尽きたらどうする。嫌でも魔物や理獣を食わなければならない状況になったらおまえはどうするんだ?」

「そういう状況にならないようにしますわ。それに魔法が付与されて空間拡張されたポーチや鞄に食料をこれでもかと詰め込んでおけば良いのですわ。重さも感じませんし」

「それも一つの手だが、全ての探索者がそれができるわけじゃない。全てのことには意味がある。例えば……そうだな、木クラスの依頼に肉屋の手伝いがあるんだが」

「それが今関係がありますの?」

「あるとも。肉屋の手伝いをすれば肉のさばき方がわかる。様々なモンスターの解体の仕方もな。解体の仕方を知っていれば食料が尽きてもモンスターを狩って食料にすることができるってわけだ」


 だからこそ、アランはクラスをすぐには上げず三年はそこに居座った。子供に交じってお手伝いクエストをこなす姿に嘲笑なんてされたものだが、そこで培った技術は迷宮探索において非常に役立っている。


「だから俺は最低三年は一つのクラスに留まることにしている。ここでしかやれないことがあるのなら全てやっておきたいだろう。すぐにあがっちゃ勿体ない」

「……あなた、相当変わってますわね……」

「ふはははは。よく言われるとも」

「……その体もそうやって鍛えましたの?」


 普通の探索者ではありえないほどに鍛え上げられた肉体。筋骨隆々の鋼の肉体もそうやって鍛えられたのかとリゼナは聞く。


「まあ、そのようなものだ」

「なるほど。わかりましたわ。三年のアランってそういうことですのね」

「……それじゃあ、本題に戻るとするか。おまえさんの命令を一つ聞くってやつだ。そうすりゃ俺は消える」

「一つとは言ってないような気がしますけど」

「なんだ、一つじゃなくいっぱい命令したいのか? そんなに俺と一緒にいたいのか、おまえさん、俺が言っちゃなんだが男の趣味が悪いぞ」

「違いますわよ! ああもう、一つで良いですわよ! そもそもそんなにいっぱい命令するつもりなんてありませんわよ! ここでいっぱい命令したら私が、その、す――っっ! もういいですわ! 白紙ですわ」

「なに?」

「全部白紙ですわよ。あなたはここを使っていいですわ」

「おいおい。それじゃあ、俺たちは何のために決闘をしたんだ?」


 白紙に戻すというのなら決闘した意味がない。


「……言わないでくださいまし。自分でも短慮だったと思っていますわ。あの程度のことで手痛い授業料もいただいてしまいましたし。重々、私が熱しやすいことくらい自覚してますから。

 それでも。しいて言うのなら私が納得するためですわね」

「ふん、なるほど……良いだろう。俺としてもここは居心地が良いからな。いつも通りに使えるというのなら反対する理由はない」


 リゼナはほっとしたように息を吐く。


「……それから、ええと、これは命令ではなくお願いであるのですけれど……もしまた時間が被ったのなら一緒に食事をいたしませんか? 二人で使っても問題ない場所ですし」


 ふむ、確かに一度時間が被ったのならもう一度被る可能性はある。そんな時、どっちが使うか、早い者勝ちにするかをどうするかとアランは思っていたが、それなら二人で使えばいいと。

 合理的であるし、時間も場所も無駄にならない。今更別の場所を探すというのも手間であるし、慣れた従業員たちでもいきなりの場所変更は困る。


「良いぞ。もう知らん仲でもない。俺は静かに食事をするのが好きだが、だれかを食事をするのも嫌いじゃあない。それに、おまえさんのような見目のよい女との食事を喜ばん男はいないだろう。むしろぜひともというはずだ。あんたはそれくらい美しい」

「(……不意打ちは結構堪えますわね……)」

「何か言ったか」

「いいえ、なにも。では、もう一つ」

「まだあるのか」

「これが最後ですわ。これは、お願いとも言えません提案なのですけれども。私とパーティーを組んではいただけませんか?」


 すっと背筋を伸ばしてリゼナはまっすぐにおっかないアランの顔、その瞳をまっすぐに見ていった。


「パーティーか」

「ダメでしょうか?」


 ――ずっと彼女は考えていた。

 自分は強い。それは紛れもない事実だ。だが、上には上がいることもわかった。一人でやっていけると天狗になっていたことも自覚させられた。

 ならば、ここはひとつ自分を見つめなおすのはどうだろうか。例えば、だれかと一緒に戦ってみるとか。自分でだれかに合わせる。そうすることによって、相対的に自分という存在を客観視してみるのは。


 いいや、そんな七面倒くさいどころか、意味不明なことをつらつらと考えているわけではない。それは体のいい建前と言い訳みたいなものだ。

 本音を言えば、リゼナはアランとパーティーを組みたいと思ったわけだ。今まで自分と組める人間はいなかった。


 リゼナは強い。それは紛れもない事実であり、末恐ろしいほどの天稟を持っている。今現在、このメイシュトリア・ダンジョンに存在する最高位の七人だけが持つ色金クラスの探索者に匹敵するだろう。

 だが、それは成長したらの話だ。今は全然お話にならない。アランと戦ってそれがわかった。そして、彼となら組めると確信しした。


「だから、私と組んでほしいのですわ」

「そうだな。あんた目標は?」

「色金になることですわ。色金の領主としてファインアットを、メイシュトリアをさらに発展させることですわ」

「色金が手段か。面白い。良いだろう。あんたと組もう」

「良いんですの? 今まで誰とも組んでいらっしゃらなかったのに」

「俺の考えにだれも賛同しなかったからな。同期連中はさっさと上に上がっていったよ」

「その方たちは――?」

「ここにいるよー?」


 突然の声に驚いて振り返る。そこにいたのは赤い髪の少女だった。探索者と思われる姿をしているが、その手にあるべき武器が何一つない。

 そして、周りに何一つ音がなくなっていることにも気が付いた。酒場の喧騒が止んでいた。あるはずの談笑も、食事を楽しむ音も、何一つ消えて、響くのは二階の娼館から聞こえる普段は気にならない嬌声だけ。


「う、そ……剣鬼、レイス・グレイズ……色金で二位の赤色を頂く……?」


 そんなある種滑稽ともいえる場面の中で、そこにいる人物がだれかを理解してリゼナは絶句した。

 レイス・グレイズ。彼女こそ、今はなしていた色金クラスの探索者の一人。第二位の赤を冠された無敵の剣士。

 曰く、剣鬼、閃光、七彩、剣聖、剣帝。剣において他の追随を赦さぬ英雄、いいや、怪物だ。


 無邪気な笑顔を浮かべてアランの隣に座る。


「何しに来た」

「なにしにってー、アランに会いに来たんだよー」

「わざわざ第二迷宮口都市からか。あそこはここから遠いだろうに」

「迷宮の中とおってきたー!」

「なるほど。それなら馬鹿正直にリフトを使うよりも労力は少ないか。相変わらずだな?」

「そーだよー、レイズちゃんは元気だよー! って、アランまだ鋼なのー? 早く色金になってよー、色金になったらクラン作って最深部にいくんでしょー? ねーったらー」


 それからものすごく仲良さげに話している。まるで親子のように思えるほどに気安い。


「あ、あの、アラン……?」

「ああ、すまん。こいつだよ、さっき言った同期」

「なになにー! レイズちゃんの話してたのー!? わーい! レイズちゃんだよー、はじめましてーえーっと」

「リゼナ・ファインアット、です、わ……」

「リゼナちゃんねー、覚えたよー」


 ゾクリと、リゼナの背を悪寒が駆け上った。無邪気に笑う彼女の瞳が、リゼナを見る彼女の瞳が一切笑っていない。


「それでさー、レイズちゃんは聞いちゃったー。アラン、こんなのと組むんだー。レイズちゃんがなんど誘っても、組んでくれないのにー」

「規約で組めんのだから仕方ないだろう。組むならほかの色金とにしろ。それなら問題ない」

「アランと組みたいのー、アーラーンとーがー」

「なら待っていろ。それと俺は食事中だ」

「ひゃい! ごめんなさい! うれしくて忘れてましたー! アランは、昔から食事の邪魔されるのが嫌いだよね。そんなミスをしちゃった、レイズちゃんは帰るよ…………リゼナちゃんだっけー、アランの足は引っ張らないでねー。引っ張ったら、殺すから」


 殺気を振りまいて、シャレにならないことをいって彼女は名残惜しそうに手を振って迷宮に帰っていった。

 しん、と静まり返っていた酒場の全員が同時に息を吐いた。空気が弛緩して、いつも通りの空気が徐々に戻っていく。


「あれが、色金……」


 真正面から殺気を受けて、その様を見て、リゼナはあまりの差にがくぜんとした。己がどれほど天狗になっていたのかわかったくらいだ。

 そして、大きな物差しを手に入れたことによってアランの実力もわかるようになった。


「……アラン、さん」

「アランでいい。どうした、食わんのか。まだ残ってるぞ」

「いえ、あの、私で良いんですの……?」

「なにをだ」

「パーティーの話ですわ」

「おまえが言い出したんだろう。どうした、あの馬鹿に当てられて、へこんだか」

「…………本当にまっすぐにえぐってきますわね……」

「まあ、当然だろう。あいつの方が経験が長い。だが、才能で言えばおまえも相当だ。おまえで良い。先に了承しただろうが。もう決まった話だ」

「本当に……まっすぐにえぐりますわね……」

「何がだ。……それに、今更諦める女か、おまえが」


 それもそうだ。リゼナ・ファインアットは諦めない。今、勝てないだけだ。なら、勝てるように努力するだけだ。

 リゼナ・ファインアットはそういう女である。例え勝てそうになくとも絶対にあきらめない。だからアランが降参した。その意志の強さを認めたからだ。


「もちろん諦めませんわ。それどころかやる気があふれて今すぐにでも迷宮に行きたいくらいですわよ」

「良いやる気だが、今から行くのはやめておけ。痕が残らんようには殴ったがその状態で行くのは無謀だ」

「もちろんわかってますわ! でもこの体の火照りをどうすれば! 修行してきますわ!」

「休め。休むことも修行だ。体が火照っているのなら男娼でも使え」

「そ、そんなことできるわけありませんわ!」

「なら自分で慰めろ」

「…………エロおやじ」

「フハハハ。男なんぞこんなもんよ! 特に探索者なんてお行儀の悪い連中はな」

「はぁ……」


 溜め息を吐けば、とりあえずは落ち着いた。これからどうするかは帰ってから考えることにする。


「帰りますわ。なんか、どっと疲れましたし。いたた、痛みがまた」

「大丈夫か。痛いところはほかにないか? まっすぐ歩けるか? 一人で帰れるか? 送っていくか」

「あなた、私のお父さんですの? 大丈夫に決まってますわよ」

「お父さんはやめろ。俺はまだ25だ」

「え……?」


 なんか、この日一番の衝撃の事実を聞いたのを最後にこの日は、お開きとなった。

 この日、アランとリゼナのパーティーが結成された。


 そして翌日――。


「やっぱり木からですのねー!」

「安心しろ、さすがにパーティーでまで三年も待つということはせん。せんが、やはり体験しておいた方がいいからな、一通りの仕事はしてからランクを上げる。そらしっかりと励め。あと五件だ。そこの角を曲がると近道だぞ」

「第六番迷宮口都市にこんな裏道が」

「ちなみに、届け先だが隠れた魔道具屋だ。あそこは一分でも遅れたら面倒だから頑張るんだな」

「ちょ、先に言いなさいよ、そういうことはああ!」


 元気に街中を走り回るリゼナの姿があったとか。なかったとか――。

ゆっくり更新していこうと思います。


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