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第13話 「なに、こういう日もある」

超絶遅くなって申し訳ありませんでした!

 そこにいたのは女だ。ただの女ではない。美しい女だった。

 ほとんど意味をなさない布を前と後ろに垂らしただけのような扇情的な衣装を身にまとった女。肉感的な肢体は、見れば見るほど蠱惑的であり蟻地獄かと思わせられる。


 一度ハマれば二度とは戻れない。そんな魔的な印象を受ける。部屋に満ちた空気自体が色づき、彼女と行為に及びたくなるように仕向けられているかのよう。

 魔女。そういうのが納得の女だ。ただの娼婦というには魔性にすぎる。いいや、それどころか淫魔、とでも言われた方がはるかに納得できる。


「あら、いらっしゃい。アラン」


 口を開けば、それだけで経験のないものは達してしまうだろう。それほどまでに色気というものが音になったかのような声色は、艶やかだ。

 艶やかなボリュームのある髪は、夜空のように黒く、されどランタンの薄明かりが星々の様のような艶を反射させる。


「あなたがここに来るのは随分と久しぶりの気がするわね、アラン」

「……そうだな。三年と七か月、四日と二時間ぶりだイア。尾行も監視もない。隣の部屋は酔っぱらいで既に眠っている」

「あなたのそういう細かいところとか、心配性なところとか好きよ。アラン。それで、今回は何が心配なのかしら」

「わからん」

「あなたがそういうのは、今回で何度目かしら」


 女が身振りで己のベッドへとアランを誘導する。隣に腰かければふわりと、彼女の芳香が香る。女の魔性の有様に比べ、少女のごとき清涼な花の香り。

 可愛くもあれば、色っぽくもある。不思議な女だ。見る角度で、印象が大きく異なるだまし絵でも見ているかのようだ。

 長い付き合いになるが、アランはいまだにこの女の実態を掴めてはいない。


「だからここに来た」

「ええ、でも――」


 決して彼女は強い力を持たない。女ただひとり。組み敷くも、振り払うもアランならば何一つ出来ないことなどない。

 だが――気がつけば、アランはベッドに寝かされている。どうやったのか、押し倒され、上半身をはだけさせられている。


「ふふ、傷、増えたわね。あの頃よりもずっと多く。筋肉もついたみたい。ふふ、ふっとい」

「…………」


 横に寝転がるイアの吐息が耳をくすぐる。脳を溶かす魔笛の音色。彼女の声は、それだけで人をダメにしてしまう。

 胸板をくすぐる魔女の手つきに、意識がするりとほどかれていくのを感じる。


「あらあらぁ、随分とたまっていたりするのかしら」

「イア」

「――ふふ。冗談よ。あなたのいう予感がどうかはわからない。けれど、ダンジョンはここ最近急速に成長しているわ」

「……それは」

「そう、あなたの故郷と同じ。そして、それと時を同じくして出現したのが刻幻衆と名乗る武装集団。やつらは迷宮にいるわ。きっと、あなたも、あなたと一緒にいる子も狙われるでしょう。目的はまるきりわからないけれどね」

「…………」

「どうする。逃げる? 戦う?」

「……決まっているだろう、準備だ」

「ふふ、あなたらしいわ」


 アランはイアの手を振り払い立ち上がる。彼女もそれ以上何かをしてくることはない。


「私と寝ない男はあなただけよ。アラン」

「おまえと寝たい男はたくさんいるだろう」

「そんな有象無象よりも、私は靡かない男を落としたいの」

「なら他所をあたれ。女は抱きたいと思うが、おまえはごめんだ」

「ふふ、酷い」


 イアはおかしそうに笑う。この女以上に良い女などいないだろう。彼女に身を任せたのならば最上の快楽を得られるだろう。

 まさしく楽園に連れて行ってもらえる。


 だが、イアの興味はそこで終わる。そうなれば男に待つのは破滅だ。近づいてはならない毒の女。男をからめとり捕食する女郎蜘蛛には近づかないに限る。

 有用であるからこそアランは彼女を利用する。彼女もアランを利用する。それだけの関係だ。それ以上でもそれ以下でもないし、ここから進展することはない。


「思ってもないことを言うなよ」

「ええ、むしろそうでなくては困るもの。簡単に落ちないでね、アラン? だって、アナタが落ちたら、きっと私、貴方を殺してしまうもの」

「やれやれ最悪だな。そうでないのなら是非とも抱きたいのだがな」

「いいのよ、あなたの欲望の赴くままにめちゃめちゃのぐちゃぐちゃにしても。あなたのそこは、それを望んでいるみたいじゃない」

「本能だからな。だが、まだ死ぬわけにはいかん」

「だったら、早く色金になって」


 そう少女のように言うイア。


「人生は長いからな、じっくりやるさ」

「女の人生は短いものよ」

「おまえが言うか?」

「ええ、私は女ですもの。また来てね?」

「ああ」


 今度はいつになるかはわからないが――。


 席に戻るとすっかりとリゼナとジェードは酒で潰れているようであった。フェイも眠っている。


「やれやれ。連れ帰るのが大変だ」


 ジェードを叩き起こして帰らせ、フィアとリゼナを抱える。

 酒場を出れば夜風がほほを撫でる。


「ん……」

「起きたか」

「……なにをしていましたの……二階で」

「なに話だ」

「……女の匂い」

「するだろうな。女と会っていた」

「娼婦」

「そうだな」

「……やりましたの?」

「お嬢様が言うには下品だな」

「答えなさいな」

「していない」

「本当ですの……?」


 頷いてやるも、リゼナはどうにも不満気だ。

 さて、どういう理由なのかと問いたいところではあるが、酔っぱらい相手に問答することの不毛さをアランは知っている。

 故にただ黙して彼女に言われるがまま。


「そう……」

「立てるか」

「もう少しこのままで」

「仰せのままに」


 都市に流れる水路の優しげな音と、涼し気な風が季節の移り変わりを告げる。

 アルコールで火照った身体を冷ますにはちょうどいいが、密着した身体が伝える体温を冷ますには少し足りないようであった。


 ●


「ああああ!」


 さて、翌朝。

 リゼナは何やら寝台で悶えていた。


 明日は鋼ランクの依頼を受けるということになって、ようやくパーティーで受ける依頼も冒険者らしくなってきたではないかと思っていたのも束の間、昨夜の己の所業を思い出したが故の行動であった。


「なにやってもあすの(わたくし)は!」


 貴族にあるまじき様相で髪を振り乱す女。一見無様ともとれるが、貴族はその様子ですら美しく見えるのだから貴種というものは気品というものがその肉体を覆っているようだ。

 これでもう何度目だろうか。とリゼナの後悔は深い。自分自身が熱しやすく、考えるよりも先に行動に移すタイプなのは重々承知である。


 少しは自重しようと考えているが、どうにもならない己の性。


「はぁ……――良し!」


 しかし、悔いていては先には進めない。この切り替わりの速さはリゼナの美徳であろう。


「こんな時は動くに限りますわ」


 リゼナは頬をぱちんと叩き、気持ちのリセットとともに朝の修練へ向かうために寝台から降りる。


「あら」


 そこには書置きがいちまい。

 メイドたちが描いたものではない。武骨な文字だ。男が書いたもの。この筆跡の男は、この屋敷にはいなかったはず。そもそもこの部屋に入れる男はいない。

 であれば、メイドが受け取っておいたのだろう。内容からしてアランのものだ。


「今日は休み?」


 深い酒もあって休みなのか。

 あるいは何かしらの準備でもあるのか。


「まあ、気持ちの整理もちょっとありますからありがたいですけど」


 ちょっと拍子抜けである。

 まあ、気持ちの整理をつける時間が出来たのは良いことであろう。


「なら今日は一日剣をふるって居ましょうか」


 久々に型のさび抜きをしようか。

 使っていない型も多い。

 使うべき相手がいないというのもあるが、低階層での戦いは振れば勝てるような相手だった。これからは少しは歯ごたえが出る。

 それに備えるのは良い。


「すっかり毒されてますわね」


 そこまで思考して、これじゃアランみたいだと思って笑ってしまう。


「まあ、同じパーティーなのですし、そういうこともありますわね」


 そう、そういうことだ。

 断じてあこがれているからとかそういうものではないはずだ。


「また余計なことを考え始める前に剣を振るいましょう」


 やはり動くに限る。

 動きやすい服装に着替えリゼナは中庭へと向かった。


 ●


 さて―― 

 リゼナがひたすら剣をふるっているとき、ジェードはメイシュトリア路地裏で目を覚ました。

 さて、ここはどこだと思うものであるが、それよりも先に自分に覆いかぶさる男と女と女。

 はてこいつらはいったい何者であろうか。己に覆いかぶさっている3人には覚えはない。いや、わずかに記憶の端の方に何かあるような気がするがよくわからない。


「いつつ、なにがあった……」


 ずきんずきんと酒を飲み過ぎたことに抗議を上げる肉体の頭痛のせいも相まってわかるものもわからないといったところだ。

 記憶を探ってみるも。深酒をして早々にぶっ潰れたことは覚えているのだが、それからの記憶がまるでない。


 これは完璧にやらかしてしまったようである。


「くっそ、未来の英雄がこの程度で潰れるとかどうなんだよ」


 悔やんでもどうにもならない。なら未来のことへ目を向けよう。さしあたっては己に覆いかぶさっているこいつらを起こしてからだ。


「おい、起きろ起きろ、朝だぞ」

「……う、いっ」

「いったぁ、あさぁ……?」

「…………ふぁ」


 同じく頭痛に苛まれているらしい男と。寝ぼけ眼にぼさぼさの寝ぐせ髪の女。無表情で船こいであくびしている女。

 

「えっと、とりあえずどいてくんね?」

「あ、ああ、すまん……」

「ふぁーい」

「……ぐぅ」

「いや、寝るな寝るな起きてどいてくれ!?」


 女が上にのっているという状況は非常に良いとジェードは思う分けだが、いかんせん無表情の女は肉感が薄い。体が薄く、小さいとあればただ多少の重りにしかならない。


「……む、なにかしつれいなっことかんがえてるぐぅ……」

「なんでわかった!?」

「…………」

「おいおい、喧嘩はやめてくれよ。いつつ。てか、なんで俺らこんなとこで寝てるんだ?」

「それはオレも聞きたいことだって」

「酒飲みすぎぃー、ってやつじゃん?」

「…………」


 ともあれ、座って話す体勢にはなれた。


「で、なにこの状況、オレどうなってんの?」

「なんだ、覚えてないのか? 昨日酒の席で約束したろ」

「えっと」


 ジェードには一切記憶がない。たまにあることだが、どうにも酒を飲むと止まらないので、治らないのだ


「まあいい。行くぞみんな」

「行くって?」

「お届けさ」


 さて、何やらジェードはこの後、大冒険を繰り広げることになるのだが、それはまた別の話ということにしておこう。


 ●


 一方。リゼナに書置きをしたアランは、自宅へと戻ってきていた。


「今日は休みにしたからな、行くぞ」

「うい!」


 フェイを伴い彼が向かったのは服屋である。

 フェイの服を買ってやらねばこの先困るからである。そのための買い物で今日は休みにした。入念な準備日というやつだ。


「じゃあ、頼むわ」

「いいわよぉ、かわいこちゃんじゃなぁい。アタシが可愛く強くしてあげるわぁ」

「う、うい……」


 馴染みのオカマの店主がやっている服屋でフェイを預ける。

 何やら獣にもらわれていく羊のような表情をしていたような気がするがアランは見えないふりをした。オカマだが悪いやつではないのだ。

 化粧がすさまじく、まさに怪物といった風情を醸し出している。子供がもれなく泣くのは間違いない。


 そんなわけで、しばらく待っていると、試着室からオカマが出てくる。


「いやぁ、逸材ねぇ彼女。とってもかわいいわぁ」

「そうか。そいつは何よりだ」

「う、うぃ」


 おずおずとフェイの方も試着室から出てくる。

 白を基調とした探索服だ。外套と帽子をセットにすれば防御力の方は問題ない。


「案外まともだな」

「あらぁ、もっとかわいらしい実用性がなさそうな方が良かったぁ?」

「いや、完璧だ。だが、こういうのはもっと着せ替え人形みたいなこととかやったりしないのか」

「アランはそういうの苦手でしょう?」

「そうだな」

「だって、本当なら探索に出ている日でしょう? そんな日にわざわざ来るんだもの、何かあるんでしょう」


 たまにオカマは勘が鋭い。


「なに、こういう日もある」

「そういことにしておいてあげるわ。さあ、褒めてあげてちょうだい」

「俺がか? 柄じゃあないな」

「それでも褒めてあげるのが紳士というものよぉ」


 善処すると一言と代金を支払い、フェイとともに服屋を後にする。

 フェイは新しい服を買い与えらて浮かれ気分のようだ。聞いたこともないリズムを鼻歌で刻んでいる。


「ご機嫌だな。そいつはお前の好きな歌か?」

「うい? よくわからない!」

「そうか。色々と思い出すと良いな」

「うい! ありがとぱぱ!」

「さて、それじゃあ飯にするか」

「うい!」


 屋台で飯を喰らう。

 静かな時間が流れる。だが、着実に何かがメイシュトリアに訪れようとしていた。


はい、超絶遅くなってごめんなさい。

復活しましたです。

これから他のもゆっくり更新していきますんでよろしくです。

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