第12話 「ああ、ゴブリンの肉だ」
迷宮探索において、重要なこととはなにか。
誰にも負けない戦闘能力?
なるほど確かに戦う力は必要だ。そもそも力がなければ迷宮探索などという危険極まりない行為を行おうとは思わないのだから重要以前に必須事項だ。
では、用意周到さとそれによって集められた道具?
なるほど確かに。様々な用意は必要だ。毒を受けてしまったときに、毒消しがなければそこで死ぬ。竪穴があってもロープがなければ進むことが出来ない。
しかして、そういう道具を用意することは迷宮探索者にとってはふつうのことだ。重要以前に、これを重視しないやつほど早死にする。
で、あれば、本当に重要なこととは何か。
それは、調子に乗らないことである――。
「おにいたんすごい!」
「でへへ、そうか? そーかー?」
戦闘後、その興奮を受けジェードをほめちぎるフェイという構図は、戦闘があるたびに繰り広げられている。
古来より戦いは人を興奮させるもので、フェイも例外ではなかった。何も知らない少女ゆえに、より一層その強い血の活性を受けているのだろう。
狂暴化などといった側面にそれが作用する可能性があるため、危険なのだがどうやらフェイは、全部すごい、とかの方向に進むらしい。
アランやリゼナも褒められたが、一番褒められているのは派手なジェードだった。
彼の戦い方は非常に派手だ。堅実なアランとそもそも子供の目では追えないリゼナであれば、もっとも見合えの良い彼が褒められるだろう。
子供の素直な称賛にジェードの顔はゆるみっぱなしだ。
「やれやれ」
「よくもまあ、あんなだらしのない顔ができますわね」
「あれは足元掬われるやつだ」
「すごーい」
「だははは、よーし、なら今度もかっこいい技、見せてやんぜー! お、見つけたー!」
調子と鼻が伸びまくりで天狗になっているジェードは、早速、敵の気配を察知し、飛び出していく。
迷宮第一層。
確かにそれほど強い敵はいないかもしれない。アランやリゼナ、ジェードであれば普通ならば問題なく進めるだろう。
しかし、油断は禁物だ。迷宮とは常日頃から入ってくるものの命を狙っているのだ。
――さて。
迷宮第一層はそれほど危険ではないとは言ったものの、それは安全というには程遠い。この言葉の本当の意味は、細心の注意を払っていれば五分五分の確立で死なないというだけの意味だ。
だからこそ――。
「ぐあああ!?」
通路の角へ入ったジェードが吹き飛ばされて戻ってくる。
「なんですの?」
「ゴブリンだな」
角から現れたのは、小鬼。ゴブリンと呼ばれる下級のモンスターだ。銀や鋼の探索者ならば鎧袖一触することなど容易いが、費用対効果が悪い。
なにせ、食べられる部位が少ない。ほとんど骨と皮。しかし、多少は食べられる部位があるのが始末が悪い。
これなら前回の異界の鬼よろしく消滅してくれた方がまだましなのだ。
ゴブリンは、食べられてしまう。
何が悪いって、どんな食べ物にも得てして、好きだというやつがいるということなのだ。
それが貴族とか金持ち連中にいるとあれば、少々面倒くさい。こいつらを倒し、所定の量の肉を集める手間と賃金が非常に見合わないのである。
しかもはぎ取るのがかなり難しい。熟練の剥ぎ取り師でもなければ、かなり損失が出る。ただでさえ少ない肉がさらに少なくなるわけだ。
ゴブリンは弱い。最弱、とまではいわないが、それなりに経験を積んだ冒険者ならば苦戦することはない程度の相手だ。
そんな相手の討伐に莫大な報酬なんてものは期待できない。そこはギルド、言い値支払いは認めず、所定の報酬を用意させる。
これには好事家たちもほくほく顔。彼らにしてみれば、安い金で値千金のゴブリン肉を食べられるのだから。
「まあ、今回の依頼には関係ありませんし、さくっと倒してしまいましょう」
「いや、帰ったくらいにゴブリン肉の納品依頼が出ているはずだ」
「……それ、本当です?」
「ああ、きちんとあいつに聞いたからな」
「ああ、あの受付……はぁ、めんどうですわね、それ」
「脳と心臓、生殖器を傷つけず、さらに肉も傷つけずに絶命させるのが必須だ」
「かなり難しいですわよね、それ」
「ちょ、兄貴!? オレ、ぶっとばされてんですけど!?」
「ゴブリン相手に油断するやつが悪い。どうせ油断して突っ込んだら、横合いからホブでも出てきたんだろ」
「え、なんでわかったんだ!?」
「本当だったのか……」
「それにしては、なぜ生きてますの?」
「ひでえ!?」
ふつうならモンスターにぶっ飛ばされるほどの力を受ければ死んでもおかしくない。それなのにジェードはぴんぴんしている。
うまく受け身をとったのか。
ともあれ、続々と角からゴブリンどもが出てくる。
ギラギラと光る瞳に、薄汚れた乱杭歯からはねちゃついたよだれが垂れている。狙いはリゼナとフェイ。
ゴブリンの特性として、異種間でも子をはらませられるというものがある。特に人間をはらませると一気に十匹くらいは産ませることが出来るとあって、ゴブリンから人間の女は非常に人気だ。
それゆえリゼナに群がってくる。
「はは。モテモテだな」
「嫌な人気ですわね――!」
そんなぶしつけな視線を赦したわけもなく、リゼナは疾走。風となり、その首を一気に引き裂いていく。
狙いは太い血管。少しでも傷をつけてやれば、あとは血圧で引き裂け血が噴き出してくれる。
「ふむ。上手いな」
「そういうあなたは、なんで剣をしまっているんですかねぇ!! って、なにするんですの!?」
「なぜって、こうするためだが?」
二本の太い腕がゴブリンの頭を持ち、ぐるりと一周させる。ごきゅりと、骨の折れ、擦れる音が響く。アランの手の中のゴブリンは動かなくなった。
しかし、味方がやられたところで、女に群がる本能は忘れない。ぶっ飛ばされてフェイになでなでされてるジェードとアランを無視して、リゼナに向かう。
「これが一番早い」
「いやいやいや」
いうが否や、あっという間に首を折っていく。しかも、そのゴブリンはまだ生きているのだ。うまく、首を回しているので動けないだけで生きている。
「新鮮な肉は貴重だ。ゴブリンの肉は劣化が早いからな。鮮度は大事だ」
「…………」
あきれるような手際と理論でアランはリゼナを囮に群がってくるゴブリンどもの首を折っていく。
「うむ。大量大量。ああ、ホブの肉は別により分けてくれ。そっちは実はうまいんだ。さて、解体するぞ」
「…………」
モンスターよけの香草を焚き、その場でゴブリンを解体していく。
鮮度の良いものはリゼナの鞄に、悪いものはアランの鞄にホブもリゼナの鞄に入れて保存する。
「おお、ふたりとも手際が良いな。才能があるぞ」
「あるぞー!」
「お、ほんとっすか! いやー、うれしいっすねー!」
「うれしくないですわー!?」
ゴブリンの解体をすませた一行は、そのまま先へと進み、無事に依頼の品を採集したのちに帰還した。
ギルドに帰ればまずは報告から。
「ルーベルト、ゴブリンだ」
「はいはい。おそらくそうだろうと思って用意しておきました。すでに受注処理も終わっています」
「これと、これだ」
「はい、確認しました。こちら報酬になります」
「む、多いな」
「最近は中々手に入りませんでしたからね。多少の色がついているそうです」
「なるほど。迷宮の成長で、ゴブリンの生息域が変化していたからな。おそらく中層に移っている」
「そうですか。報告としてあげさせていただいます。次回からはもう少し報酬があがりますよ」
「何よりだ」
報酬を受け取ったあとは、風呂だ。
「ふぅ」
「ふー!」
身体の汚れを落とし定位置に座り込めな、あたたかな温泉が身を包んでくれる。
「はぁ、まだなんだか臭う気がしますわ」
「安心しろ、いい匂いだ」
「なに嗅いでますの!?」
「いいにおいだー!」
「フェイも!」
「お、なになに、リゼナの姉貴の匂い嗅いで良いの? おー、すげー、これが貴族様の匂いってやつか!」
「な、なに勝手にしてますのー!」
そんなやり取りでリゼナを真っ赤にしつつ。
「で、どうだった?」
「……はぁ、もういいですわ……とりあえず、剥ぎ取りの仕方と採集の仕方を嫌というほど覚えましたわ。夢にまで見そう」
「うむ、良い兆候だな。夢でまで練習できるのはうらやましい限りだ。俺は夢は見んかならぁ」
「ああ、あなたはそういう人ですわね……」
「なあなあ、アランの兄貴。今日の飯は何にするんだ?」
「ああ、ゴブリンの肉だ」
「おー! うまいのか?」
「癖が強いな」
「それ、人の味覚によるってことじゃありませんの?」
「殺したものを食う、そう決めている」
「はぁ……」
「料理長を信じろ」
がやがやと風呂に人が多くなってくる。風呂からあがるならば今だろう。このあとは、火照ったからだのまま酒場に行き酒を飲む。
晩飯はゴブリン肉のスープだ。これがまた滋味溢れる味わいなのだ。
にごりあるスープに浮かぶゴブリン肉。ほろほろとかたいの中間を位置する癖のある食感は物珍しいし、スープはどろりとしており使われている様々な薬草や山菜から溶け出した栄養そのもの。
一口、口に含めば、少々の癖はあるものの美味である。料理長の腕が良くわかるものだ。ゴブリン肉でここまでの料理を作るものなどほかにいない。
リゼナですら、初めて食べる味だ。
「おお、すげえ、なにこれすげー!」
「…………これがゴブリン……」
「すげー!」
「そうだろうそうだろう」
「あれ、兄貴はなにくってんの?」
「ゴブリン肉の燻製だな」
ゴブリン肉の燻製は、非常に硬い。噛み応えバツグンの肉である。しっかりとした塩味が強く、単体では食べられたものではないが、これをビールとともに口に放り込めば、最高の食楽を味わえる。
ビールの方もエルブン麦を使ったゴブリン肉と相性の良い一品だ。ごきゅりと喉を通るのは、まさしく黄金そのもの。
なにせ、エルブン麦はゴブリン肥料と呼ばれるゴブリンの死体を利用した肥料で育てられた麦なのだ。肥料を買う金のない農民がゴブリンの死体を肥料に使ったのが始まりで、独特の苦みを出すビールを醸造できる麦になるのだ。
ゴブリン脳髄を刺激する滋味とアルコールが心地よい。
「これがやめられんのだよ」
「おー、じゃあ、オレもオレも――くぅう、うめえ!」
「……ほんと、おいしいですわ」
「おいしー!」
「なんだ、どうした。浮かない顔だな」
「……いえ、あのゴブリンがこんなにおいしいというのがかなり複雑で」
「気にしすぎだ。モンスターには無駄な部位なんぞないからな。面倒くさかったり費用対効果が悪いものは多いが、それでも食べてみれば全部栄養になる」
「……そうですわね。美味しければそれでいいですわ。これおかわり」
「おかわりー!」
宴席はこのように朗らかに酒、たばこ、人の喧騒をBGMに進む。
かぐわしい料理に充満した酒場は、実に心地が良い。酒、食事、仲間。実に充実している。
酒で伸びたふたりと、夜遅くでお眠なフェイを残し、アランは立ち上がる。
如何に酒で眠っているとはいえ、リゼナに手を出すやつはいないし、アランの連れということが分かっていれば手を出す輩はいない。
「充実していると、嫌な予感はするものだ」
こういう日だからこそ備えは必要だろう。
一度、席を立ったアランはギルドの二階へ向かう。悪い予兆を視た日という時は、アランはここに来ることにしている。
薄いドアから漏れ聞こえるのは女の嬌声。ギルドの二階は、娼婦との逢瀬の場所だ。他人が入ることはないし、他人に入られることもない。
内緒話をしていても女の嬌声で聞こえやしない。
「邪魔するぞ」
確認もせずにはいる。どうせここの客はアランくらいのもの。あるいは、彼女がそう意図的に避けているのかもしれないが、ノックもなくアランが入っていまだ客と遭遇したことはない。
「ふふ、いらっしゃい。アラン」
ほんと、遅くなって申し訳ない。
これからは週1であげれればいいなーとか思いながら、やっております。
はい、すみません。どうなるかはわかりません。