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第10話 「……ぱぱ?」

 朝、アランはいつも通りの時間に目を覚ます。まず確認するのは部屋の中の変化。昨晩、女を連れ帰ったが、何も変わっていないか。


「……これはどういうことだ」


 変化はあった。昨晩、リゼナよりも年下くらいだった少女の姿が変わっている。怪物に変わっているわけでも、男になっているわけでもない。

 ただ縮んで(・・・)いる。それは小さな変化に思えるがその実真逆だ。大人が子供になることがないようにこの変化はありえない。

 幼女と言って差し支えない程度まで女は小さくなっていた。


「最初から化かされていたか、何か問題が起きて、この姿になっているのか。さて、まずは起きてもらわないとわからんか」


 寝息を確認すれば、常人のそれだ。昨晩の治療は問題なかったことの証明である。ならば起こしても問題ない。


「おい、起きろ」

「ん、んぅ……」


 気付けの魔力を流しながら揺さぶれば、どんな寝起きの悪い者でも目覚める。他人に魔力を流されるというのは不快というわけではないが、体は如実に反応する。

 ぱちりと少女は大きな瞳を開く。ぱちぱちと瞬き。それから赤みの強い紫の瞳がまっすぐにアランを捉える。


「……ぱぱ?」

「なに?」


 起き上がった彼女はアランの怖い顔を見たにも関わらず彼に抱き着いた。首に手を回し、胸に顔をうずめ、きゃっきゃと楽しそうな声をあげている。


「んー、ぱぱー!」

「俺はパパではないぞ。おいおい、そんなに抱き着くな。ほら、とにかく離れて」

「はーい」


 きちんということは聞くようだ。言葉も通じている。


「さて、おまえ名前は?」

「…………?」

「わからんか。なら、刻幻衆とかいう連中に聞き覚えは?」

「?」


 少女に話を聞いた限りでは、どうやら何も知らぬらしい。記憶がなにひとつない。自分が昨晩襲われていたことも、刻幻衆というものについても何一つ知らないという。

 わかったことは、アランのことをパパと呼ぶくらいだ。どうして呼ぶのかも不明。パパはパパだからと返される。


「鳥の雛のようなものか?」


 生まれたばかりの雛が最初に見た者を親だと思う刷り込みと同じことが起こったのか。


「わからんな。医者に見せるにしてもどこから連れてきたか聞かれるだろう」


 アランは鋼級であるが、これまでの3年ずつ探索者のクラスに居座っていることで有名だ。木級に子供以外が3年も居座れば、この都市で知らない人間はいないようになる。


「本当に娘にしちまうには、色々と問題だな。相手がだれか聞かれても答えられん。なにより巻き込めんな」


 娼館に馴染みの娘はいるが、その相手とは似ても似つかない。純白の雪のようなさらさらとした髪にキラキラと輝く紫の瞳という目立つ存在など一度でも見れば忘れられない。

 それどころか彼女は刻幻衆なる集団に狙われている。今のアランやこの少女と関わることは、危険に飛び込むことと同義だ。


「仕方ないリゼナに工面してもらうことにしよう」


 パーティーは同門、同胞、同士も同じ。何をやるにも一蓮托生だ。彼女を巻き込むことにアランは躊躇しない。

 あちらからこちらに関わってきたのだ。ならば、こちらから関わらせることに否とは言えまい。


「さて、そういうことなら連れて行くとしよう。行くぞ――呼び名が必要か……。おまえはフェイだ」

「はーい! わたし、フェイ!」


 少女にフェイと名付け、縮んだ影響で大きくなってしまった服のまま外に出すわけにもいかない。しかし、男の一人暮らし、女児の服があるわけもなし。さらにそういったものを用意してくれる知り合いもいない。

 一先ず袖や裾を折り、アランが抱えていくことにする。幸いなことにアランは歩法を修めている。これにより人に気がつかれず酒場に行くことも容易い。


 無駄に技術を使いながらギルドに行き、酒場で朝食とする。


「さて、何を食うか。何が食いたい」

「ぱぱと同じのが良い」

「ふむ、そうなると、これとこれだな」


 子供でも食べられるのがよかろう。給仕はアランと一緒にいるフェイの存在をいぶかしむが、彼は金を多く支払い触れるなと言外に伝えれば、わきまえている給仕は特に触れずに注文の品を運んだ。

 もちろん、一口毒見したのは言うまでもない。


 今朝のメニューはシンタンという豆料理だ。シンタンは簡単な料理である。

 シンタンという豆を燻し塩で味付けしたただけの料理だ。手づかみで食べる。

 栄養価が実に高く、安い上に量も出る。朝はこれだけで十分と言われているほどだ。


 ポリポリとした食感が小気味良く、ふった塩味とシンタン本来の風味が非常に香ばしい。

 ギルド酒場の朝食の中でも食べやすく、気力の回復を促す効果もある。フェイに食わせるには丁度良い。

 問題があるとすれば味覚に合うかどうかだ。


「どうだ、うまいか?」

「うまい!」

「ならば良い。遠慮せずもっと食え!」

「うん、ぱぱ!」


 ――ぱぱ!?


 さて、来るときは歩法でどうとでもなったが、酒場の中ではそうもいかない。当然、アランのことを知る探索者たちは、あれは誰だ? どんな関係か、などと遠巻きに探っていたわけなのだが。

 親子だとは全く思わなかった。面影すら似ていないのだ。それをだれが想像できよう。そもそも実際は親子ですらないのだから当然なのだが。


 この中で正確に事象を把握していたのは当事者を除けば一人だけだった。アランと長い付き合いのある受付のルーベルトだ。

 彼だけは、またぞろアランが厄介ごとを背負いこんだことを察していた。


(やれやれ、また厄介事に巻き込まれていますね。まあ、大丈夫でしょうが……さて、今度は何をさせられるやら)


 一様にざわつく酒場の一部を無視しながらシンタンとともに注文したウシャミムというモンスターの乳に口をつける。

 仄かな甘みと程よい乳感が口内を見たし、シンタンの塩味を流しよりウシャミム乳の甘さが引き立つ。食道を通ればどこか清涼さを感じられるが、ウシャミムがカエルのようなモンスターであることは言わぬが花である。


「うむ美味い」

「うまーい!」

「さて、満足したか?」


 ぐぅー、となるフェイのお腹。どうやら、これでは足りぬらしい。


「ぬはははは! 良い! 気に入った。さあ、何が食いたい!」

「お腹いっぱいになるのが良い!」

「よしよし、なら肉だ。肉は良いぞ、がつんと来る!」

「がつーん!」


 給仕に肉を注文する。がっつりと腹にたまるものが良い。オークステーキがあればいいが、朝方の時間であれば難しい。

 オークの肉は非常に人気なのだ。昨晩のうちに食い尽くされ、今は探索者が持ってくるのを待つ時間だ。

 ゆえに注文するのはミンネジガの煮込みだ。


 ミンエジガ。角牙鹿とも呼ばれるモンスターである。強靭な角と鋭い牙を持つシカと言えばわかりやすい。草食であるが、非常に狂暴で巨大だ。小さな山ほどもある。

 動く小山と言えばこれを指すこともある。迷宮中層以降に存在する森林階層などに多く生息しており、群れで行動する。


 巨大ゆえに肉の量は多いが、質の方はオークには及ばない。巨体を支える分、強大な強化術に耐えられ肉は強靭に過ぎる。そのため非常に硬いのだ。

 しかし、それも調理次第、食べ方次第だ。強剛な肉もきちんと処理をし長時間煮込めば柔らかくなる。むしろ、強い肉であればあるほど味が染みる時間が長くなるし、がっつりと残った肉塊は食べ応え十分。


 熱々と湯気を上げるミンエジガの煮込みが運ばれてくる。


「おー!」


 目の前におかれた皿の中にあるのはまさしく巨大な肉の塊だ。数十時間煮込んでなお、まだこれだけの形を残しているのである。

 その威容に目を輝かせるフェイ。


「さあ、食え! 遠慮するな、うまいぞ!」

「うい! 食べる!」


 フォークでつけば柔らかく抵抗なく突き刺さる。ナイフすらいらない。フォークでほぐれるように切り取れる。


「あむ、あふあふ。! うまい!」

「あむ……うむ、よく煮込まれている。味が芯まで沁みとるわい」


 一口放りおめば、ステーキのようながっつりとした肉が舌の上に乗る。ほろほろと溶けるようでありながらも、しっかりと噛み応えのある二律背反の食感は1度でも味わってしまえば、その虜になること請け負いだ。

 同時に食道へ流れるスープの濃厚さは、がつんと腹を殴られたかのような衝撃を脳髄へ直接叩き込んでくる。


 なによりそんな美味い料理の量が、すさまじく多いというのがまた良い。まさしく肉の塊、いや山とも呼べるようなミンエジカの肉は食べても食べてもなくならないかと思うほどだ。

 しかし、アランとフェイにとってはそうでもない。もともと食べる方のアランは朝であってもこの程度は食える。フェイなどぺろりと完食しまだまだほしいとおかわりをねだるほどだ。


 それがまたおいしそうに食べるのだ。いくらでも食べさせたくなってしまう。


「けふ……」

「満足か?」

「まんぞくー!」

「それじゃあ、風呂に入るとするか」

「ふろー?」

「ああ、気持ちが良いぞ」


 今回はえらく時間を使ってしまった。いつもならば風呂に入りリゼナを待っている時間だ。しかし、リゼナはまだギルドに姿を見せていない。

 何かあったか。それとも先に風呂に入っているのか。


 実際に行けばリゼナの姿はない。どうやら何かあったなと思うには十分だった。リゼナ・ファインアットという人間は律儀だ。遅れるときは誰かに言伝を頼むし、約束の時間を違えたことはない。


「お湯がいっぱーい!」

「こらこら、飛び込もうとするな、まずは体を洗ってからだ」

「洗ってからだー!」

「洗い方はわかるか?」

「わかんない」

「ならここに座れ洗ってやろう」

「はーい」


 まるきり子供だ。

 そう思いながらアランはフェイの体を洗ってやる。特に傷らしい傷はない。おかしな紋様があったり、気脈および魔力路に異常はない。

 異常はないが、発達しすぎている。大の大人十数人分だ。特に魔力の方が尋常ではない。


(やはり普通の人間ではなさそうだ。さて、この子は一体なにものなのか)

「んー♪」

「気持ち良いか」

「きもちー!」

「そうかそうか。そら洗えたぞ。湯に浸かるが、泳ぐなよ」

「うい!」


 湯につかる。フェイはアランにくっついてくる。熱い場所も平気なようだった。いつもの定位置に座るも、彼女は文句ひとつ言わない。


「ふぅ」

「はあー」


 気持ちよさそうに息を吐くのが重なる。


「おふろ気持ちいい!」

「そうかそうか。心行く前で入ると良いが、のぼせるなよ。ふらっと来たら俺に言え」

「うん、ぱぱに言う―!」


 がしゃん、と音がした。


「ん、リゼナか、何をしている」


 音のした方を見ると、わなわなと全身を震わせたリゼナがいた。


「いったい、どこからさらってきた子ですの! ぱぱ! って呼ばせてましたわよね! この耳で聞きましたわよ! あなた変態でしたの!?」


 そして爆発。烈火のごとく、アランに詰め寄る。


「おい、落ち着け」

「これが落ち着いていられますか! 私が大変な目にあっている間にあなたは、こんな子を手籠めにして!」

「誤解だ。俺がそんなことをするような男に見えるか」

「視えますわ! 凶悪な顔をしていますもの!」


 完全に勢いでしゃべっている。自分が何を言っているのかもわかっていないだろう。


「ダメだ、頭に血が昇ってるな――まあいい、そこのおまえ、最近鋼級にあがったジェードだろ。リゼナと一緒だが、どういう関係だ」

「うえぇえ!? なんでオレのこと知ってんだあんた!?」

「この都市の探索者のことは概ね知っているぞ。基本だ」


 いいや、基本ではない。

 アランだけだ、そんなことまで知っているのは。


「ちょっと、聞いてますのアラン!! だいたい、いつもいつも――!」

「とりあえずおとなしく湯につかれ、事情は話す。おまえの方も何かあったんだろう。ほれ、深呼吸しろ」

「…………」


 一度二度と深呼吸をすればリゼナもなんとか落ち着く。熱しやすいのが本当に玉に瑕だ。自分でも反省しながら、湯につかって定位置へ。

 その横にジェードも座る。


「ひえぇ、あっついな、姐さんらなんで大丈夫なんです?」

「慣れればそうでもない。それじゃあ、何があったか聞かせてくれ」

「まずは、あなたから話なさいですわ。その子はなんですの? まさか、本当にあなたの子というわけないですわよね」

「そうだとしたらどうする」

「そんなわけありませんわ。あなたの顔で、こんなかわいい子が生まれるはずありませんもの」

「おまえ、意外に失礼だな。まあ、その通りだ」


 アランは自らに昨晩の出来事をリゼナに話して聞かせた。


「刻幻衆……」

「そうだ、知っているか」

「ええ。といっても、私も今朝聞いたばかりですわ。私も襲われましたもの」

「ジェード、おう、なんかあの美人のねーちゃんそんなこと言ってたな!」

「なるほど、で狙いは? この子か」

「いえ、あなたですわ」


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