第1話 「朝から女体を見るのはやる気が滾る」
――薄暗い石室に濛々と湯気が立ち昇っている。
時間は朝方。街の人々ならちょうど起きだしてくる時間帯。そんな時間であってもギルドに併設された探索者専用の浴場では多くの人が入浴していた。
風呂というものが一般化されて以来、誰もがその魅力のとりこになり、男も女も関係なく探索者は裸で日頃の疲れや、迷宮で降り積もった汚れを落とし、あるいはこれから迷宮に挑むための英気を養っている。
この道十年のアランも、朝一番に、風呂に入り迷宮へ挑む探索者の一人であった。
「すげぇ」
「相変わらずすごい肉体だ。どうやったらあんな体ができるというんだ」
「あぁ、あっちもすっごぉい。この時間に来て良かったぁ」
アランが風呂場に入ってから、彼を見た何某らのひそひそとした声が響く。
当然だった。
アランの肉体はそれだけ目を引いたからだ。
まずその顔だ。鬼のごとく険しく、恰好をアレなものに変えると山賊とか蛮族のようでもあるほどには野生的だった。
それだけでなくその肉体、まさしく鋼が如し。鍛え上げられた肉体は、巨人やゴーレムのように大きく強靭だった。それはこの場にいる多くの探索者の中では非常に珍しい部類に入るようだった。
浴場で肌をさらしている探索者の多くは細身だ。鍛えられていないとは言わないが、最低限度のようにも見える。
その理由は簡単で、探索者は倒した魔法を使う叡智を持つ魔物や強大な身体能力を有する理獣からあふれるマナと呼ばれるエネルギーを吸収する。それによって身体能力などが上昇するのだ。
そのため華奢な少女が大柄の男を圧倒するといったような場面が探索者の間では多く見られる。
体を鍛えなくても敵を倒せば強くなれるのである。それならば筋トレなどを行って無駄に鍛えるよりも、より多くの時間を使い魔物、あるいは理獣を倒す方が探索者としては強くなれる。
ゆえにアランのような鍛え上げられた肉体というのは珍しい。まったくいないわけではないが、少なくとも今現在、この場には一人もいない。
アランは見られながらもまったくそれを気にする様子もなく、体を洗い湯船につかる。つかる前に、念入りに湯の温度や湯の状態などを確認してから湯に入っていた。
少し湯船をさまよい、座り込んだのはアランの定位置とも呼べる場所だ。熱い湯が流れ出す獅子の彫像の真下。
滝行のように流れ出る湯を浴びる。熱い。かなり熱いが、鍛え抜かれマナによって強化されている探索者の肉体にとってはこの程度の熱さは少し熱いくらいなだけだ。
「はぁ」
溜息ではあるが、普段よりも軽い。朝一番、体温が上がりきらないところにあたたかな風呂につかるというのは、急速に体が目覚めていくのを感じる。
体の細胞一つ一つ。臓器の一つ一つが覚醒し、これから向かう迷宮探索へと最適化されていくのすらアランは感じる。
「やはり風呂は良い」
朝風呂はアランにとって一種の儀式だ。これから戦いに行くために身を清めるということは、いつ死んでもおかしくない探索において恥ずかしくなく悔いなく死ぬためのものだ。
また、多くの理獣は匂いに敏感だ。身を清めるのはそれらを阻害するためでもある。なにより。
「朝から女体を見るのはやる気が滾る」
健康や美容のために朝風呂に入る女探索者はいる。マナの作用のおかげで筋骨隆々の女というものはおらず、皆見目麗しい。
その女体を合法的に見れるというのは実に滾る。あっちの方も戦闘態勢だ。
無論、こんなところで女性に無体を働くことはしない。やめた方がいい。それをやったヤツの末路は酷いものだ。
誰か一人に手を出せば、この場にいるすべての女性探索者から袋叩きに合う。それだけならばまだ良いかもしれないが――よくはないが――そのあとに待っているのはギルドからの制裁である。
降格ならまだいいが除名などされてみろ。もう二度と迷宮に潜ることは出来なくなる。それはランクの高い探索者であっても同様だ。
それにギルドには娼館も併設されている。探索者には格安で解放されている上に、上玉揃いだ。なぜかというと高位探索者ほど金を持っているし、一定ランクを超えると超優良物件だからである。
なので、男娼も娼婦もこぞってギルド併設の娼館に勤めたがる。そこで上玉だけを選別して出来上がるのがギルド併設娼館だ。
そういうわけで、情欲に我慢できなくなったら即座に抜けるということもあって、探索者は荒くれ揃いながら街の治安は良い。
混浴の浴場で女冒険者が襲われないのはそういった理由もあってだ。まあ、一番は襲ったら返り討ちに合う可能性が高いからというのもあるが。
「ふむ。今日は中々に上玉揃いであった。今日は良いことがありそうだ」
満足したアランは風呂から上がり、今日の迷宮探索へ挑むのであった。
●
――豪快な剣筋によって一頭のオークが一刀両断される。
分厚い脂肪と肉厚な筋肉、骨太な骨格を有する生粋のソルジャーであるオークの肉体、それも最も頑強とされる首を断ち斬るというのは誰にでもできるというものではない。
しかし、アランの鍛え上げられ、磨き抜かれた剣術技巧と理論は快刀乱麻を断つが如く一刀両断を成し遂げていた、さも当たり前のように。
「ふぅー……」
彼はほかにやってくる魔物や理獣の気配が感じられないことを確かめると、剣についた脂と血を振るい落してぬぐって鞘へ納める。
それから首を断ち切った死体へとしゃがみ込む。早々に処理をしてしまわなければダメになってしまう。なにより、今はいないが血の匂いをさせているとほかの捕食者が集まって来かねない。
腰の剣帯にいくつも下げられたナイフや短剣を部位ごとに切り替えながら、アランは物の数分でオークの解体をすませてしまう。
「よしよし。良く肥えたオークだ。食える部位が多い。依頼として提出してもまだ余る」
切り分けた部位をそれぞれ袋詰めして背の背嚢へ納めていく。普通ならばどう考えても入らない量に見えるが、アランが少し工夫するとパンパンに詰まっていた背嚢にオークの肉が吸い込まれるように入っていった。
骨も皮もすべて無駄なく収められている。
「そろそろ戻るか。依頼の為に必要な分は狩った。ならばこれ以上は余計だ。俺は探索者で殺戮者ではないからな。――偉大な戦士オークの魂よ、ネヘンカルナで安らかに眠れ」
最後に、オークの魂に祈りの聖句をささげて、いつものように迷宮から出る為の帰り道を歩くアランは、そこに見覚えのない通路があることに気が付いた。
「む。こいつは……」
ここは既に探索され尽くされたメイシュトリア迷宮の第三階層である。先人たちによって地図は完全なものが完成されていて、ある程度慣れた探索者ならば知らない通路というものは基本的にあり得ない。
ならば何故地図にもない見覚えのない通路があるのか。
答えは簡単だ。新しく生まれたのである。
迷宮はダンジョンとよばれる巨大な魔物であり、当然のように生きている。そのため迷宮の中で新しい通路が生まれることがあるのだ。
生きているのだから、ダンジョンも成長するのだと学者は言う。それはおおむね喜ばしいことだ。新たな通路の発見は、ダンジョンの成長であり、ダンジョンの成長は人類にとって必要な資源が新たに生まれたことを示す。
それは何よりも喜ばしいことだった。なぜならばダンジョンは今の人類にはなくてはならない存在だからだ。
人類はその巨大な巨体の上で生活している。
かつて神代の時代に起きた最終戦争によって荒廃した世界において人類が生きることができる場所は少なく、資源が枯渇した世界では到底生きることなどできるとは思えなかった。
そんな時、時の指導者たちはダンジョンの上で生活することを選択した。魔物や理獣が生息している危険地帯とは言えども、ダンジョンに存在する迷宮は物産みの穴倉と呼ばれる枯渇することのない資源窟なのだ。
また、ダンジョンは巨大でありその上であればほぼ外敵はいない。よって人類はダンジョンの上に居住領域を移した。
その結果、人類は今も健やかに存続している。
そんなダンジョンの一つメイシュトリアと呼ばれるダンジョンに存在する迷宮――メイシュトリア迷宮の中で久方ぶりになる新規通路の発見は喜ばしいニュースだ。
ダンジョンがまだまだ成長しているという証であるし、このダンジョンが安泰であるということの証左だからだ。
もしこの事実を探索者組合に報告したり、未踏破領域の地図を作成して提出すれば、相応の報酬や名誉を得ることができるだろう。
何が言いたいのかというと。普通の探索者ならばこれを見逃さないということだ。一攫千金のチャンスを逃すような探索者はいないということである。
探索者の多くは命知らずだ。目の前に未知の領域が現れたならば、無謀にも無策にも突っ込む。それが稼ぎのチャンスとなればなおさらだ。
そういう命知らずたちの多くはそこで命を散らすが、生き残ったわずかな探索者たちはそこからダンジョン中に名を轟かす探索者になる。
何よりだれも入ったことのない場所にはお宝が眠っていることが多い。旧世界の遺物なんてものが出土することもある。
かつての繁栄。かつての栄光。失われた遺構の真実。それらを求めて入るロマンチストもいる。
「新たな通路か……だれも入った形跡はないが……帰るか」
しかし、少しばかり伸びかけた顎の無精髭を撫でながらアランはそのチャンスを全て捨てるという判断を下した。
先ほどの一匹を含めて全体としてオークを三匹も狩った帰り、ほかにも様々な理獣と戦っている。まだ魔物とは戦ってはいないが、第三層でも魔物は出ないわけではない。
ここは利益よりも安全を採るべきだ。何よりアランはそういう冒険を嫌う。
「未知へ挑むことも重要だが、何よりもまず死んだら元も子もない」
アランは安全をとる探索者だった。派手ではないが、堅実で安定している。そういう探索者だった。彼が使う片刃で細見の黒い直剣にもその性格が表れているようにも思えた。
足早にその場を離れると、背後から新しい通路を発見したという若い声が響いてきた。どうやら誰かが見つけたようだ。
その何某らはどうやらそのまま未踏破領域に挑むようである。
「一応、報告しておくとしよう」
アランは彼らに何かあってもいいようにギルドに報告するために少し急いで迷宮を抜けた。
供えられた門から戻るとそこはギルドのカウンターなどが存在する脱衣所であり依頼報告やその他手続きを行うカウンターのあるエントランスが広がっていた。
探索者組合は迷宮の入り口にこのような風呂場へつながる脱衣所とその他酒場などを兼任する施設を作る。なぜかというと、迷宮探索は汚れるし、腹も減る。それらを解消すると酒が飲みたくなるから、ギルド施設は風呂があり酒場がある。
すでに夕暮れ時ということもあって迷宮での汚れを落とすために風呂へ向かう者や、酒場の方へ行って風呂上りのビールを飲んで騒ぎ始めているようであった。
少し離れているが楽し気な声が響いてくる。探索者には荒くれ者が多い。魔物や理獣と戦うのだから当然のようにガラが悪くなるわけ為だ。
何より精神的に図太くなければ迷宮の中では生きてはいけない。そういった事情もあってか、荒々しい声が風呂場からも酒場からも聞こえてくる。
和やかな大衆風呂や酒場とは程遠いがアランには慣れたものだ。自分も風呂に入り、仕事終わりに魔法で冷やされたビールで一杯と行きたいところであるが、まずはギルドのカウンターで報告をしなければならない。
アランは、まっすぐに人気のないカウンター一番端の受付へ向かう。
「依頼の報告をしたい」
どさりといくつかの袋をカウンターに置く。
「アランさん、お帰りなさい。今日の依頼はオーク三頭分の肉の納品依頼でしたね。指定部位は腹と肩、腿でしたが、どうですか?」
受付の男は小分けされた袋の山に驚いた様子もなく、微笑みのまま素早い動作で袋の確認を始めていた。アランが答える前に既にどうやってるか知っている風だ。
当然だった。ここの受付にいる男――ルーベルトはアランの担当といってもいいくらいには、彼の相手をしているし長い付き合いだ。
聞いたのだって確認の意であって毎回変わらずにどこに何の肉が袋詰めされていることをルーベルトは知っている。
「ああ、ここに入っている」
「はい。確認いたしました。処理もよくされているようでいつも感謝していると業者が言っていましたよ」
「世辞は良い。換金を頼む」
「はい。いつも通り?」
「ああ、半分は銀行に預けておいてくれ」
「畏まりました」
職員の手でオークの肉が運ばれて行く。袋を持ち上げた途端に、あまりの重さでそれを取り落としそうになっていた。
「な、なんですかこれ!? 重すぎるんですけど!?」
「いいから早く運びなさい。まったく、その程度で騒ぐとは。それではいつまでも見習いのままなんですよ」
「うぐ、わ、わかりましたよ。くぅ、なんでこんなに重いんだよぉ。見た目と重さが釣り合ってなさすぎる……」
そうぼやきながら見習いらしい職員が袋を裏に運んでいき、それと引き換えに、銀貨が受付カウンターに積まれていく。
その半分が別の職員に渡されて残りの銀貨がルーベルトの手によってアランの方へと押し出される。
「銀貨6枚になります」
「オークにしては多いじゃないか」
オークは一匹当たり銀貨3枚程度になる。銀貨1枚は大体、料理三食分の食費になる。オークの数は多いがそれを倒すのは難しく、低階層にいる理獣とは言えど価格高は良い。
しかし、それでも銀貨6枚、より正確には半分になっているので報酬としては三体併せて銀貨12枚。色がついているといえた。
「丁寧に処理をされていることから先方が報酬を上乗せしたいと。それに三体目は特に良い品質でしたのでこの価格になりました」
「なるほど。最後の一匹は良く肥えていたからな、そいつだろう。ああ、そうだ」
「はい。なにか」
「第三層に新規区画が生まれていたぞ」
一度、周りを見てからアランはルーベルトにだけ聞こえる声でそういった。
ルーベルトは一瞬ひそめられた声に怪訝な顔をしたがその内容を理解するにつれて目が見開かれる。いつも笑みを絶やさないクールな印象のある彼にしては非常に珍しい。
「ここ三年なかったことですね。良い報告です。中には?」
「行かなかった」
「でしょうね」
「だが、ほかの探索者が入っていく声を聴いた。声の感じだと若い探索者だ。誰か送った方がいいかもしれん」
「わかりました。探索者は貴重ですからね。金ランクの探索者を探索に送ることにします」
「ああそうしてくれ」
金ランクの探索者は上から四番目のランクだ。第三層の新規区画、危険度をかなり高く見積もって要救助者ありとするならばそれくらいで十分であろう。
まだ金クラスなら話の分かるパーティーもいるし、前途ある若人を救うというお釣りも得ることができる上に損をしないバランスだ。
それ以上のランクである、真銅や星銀、このメイシュトリア・ダンジョンでも二桁にも満たない最高位の色金ともなれば第三層の新規区画に送るには過剰すぎる。
誰が送られるのかアランはわからないが、ルーベルトの様子からそれなりに名の通った者が送られるだろう。あの若い声の主たちは運が良ければ助かるかもしれない。
「それじゃあ、俺は行くぞ」
そんなことを思いながらアランは金を仕舞い立ち去ろうとすると、
「ちょっと待ってください」
「なんだ」
「昇格いたしませんか?」
「せん。俺は一年前に、鋼に上がったばかりだ」
「実力的には真銅、いえ、星銀は堅いと思うのですが。もしかしたら色を拝命できるかもしれませんよ?」
「まだだ。あと二年はやらねば極めたとは言わん。二年で極められるとは口が裂けても言えんが、極めるまでこのままやらせてもらう」
「本当、あなたは珍しい方ですね。普通はどんどん昇級していくものです。リゼナ・ファインアットのように」
「あの新人か」
リゼナ・ファインアット。
苗字があることからどこぞの貴族の令嬢であり、それが探索者になったことから非常に有名だ。良い意味でも悪い意味でも。
悪い意味とはもちろん、貴族令嬢という立場に対するやっかみとか、プライドの高さとかだ。良い意味は、彼女は今現在若手の中で最も優れた探索者であるということ。
いわば天才だ。彼女が登録してから数週間であるが、すでに中級とされるクラスの中でもトップの銀クラスの探索者だ。
金クラスも昇格間近といわれているほどに勢いのある探索者である。有名なのでアランもよく知っている。たまにギルドの酒場で見る。
「ええ、よくご存じで」
「同僚のことは知っておくものだろう。緊急依頼で肩を並べることもあれば、背中を預けることもある」
「それでも、この六番迷宮口探索者組合に所属するほとんどすべての探索者について知っているのはあなたくらいだと思いますよ。……わかりました。昇格する気はないということですね。気が変わったら言ってください」
「変わらんがな」
話を打ち切り、アランは風呂へ向かう。
迷宮探索での汚れを落とし、疲れを癒す。ダンジョンから湧き出す源泉には疲労回復など様々な効果があるのだ。
風呂から上がればもう疲労感はなくなっている。明日も変わらず迷宮へ赴くことができるだろう。
風呂から上がれば、頼んだキンキンに冷えたビールで喉を潤す。
「かぁぁ、やはりこれに限る」
一気に呷れば体に降り積もった澱を全て流してしまえる。ビールの冷たさが喉を通り、腹へ向かい酒精による心地よい温かさ脊髄を昇ってくる。
息を吐きだせば、それだけで至福だ。ジョッキは即座に空になる。まずは駆け付け一杯。次の一杯を注文すると同時に、食事も注文する。
オークを狩ったのならオークを食す。殺した生物を食らう。アランのこだわりの一つだった。
オークステーキ。消して安いものではないが、鋼クラス探索者として多少の割引がなされる。中級と呼ばれるランクの中でも最下級であるが、やはり木や石、鉄とはサービスが一線を画す。
有名な探索者曰く、ここからが探索者として本番であるといわれる。
運ばれてきた大盛りの食事たち、厚切りのオークステーキが鉄板の上でじゅうじゅうと音を鳴らす。香辛料が良く効いており、その匂いが肉の香りと交じり唾液を湧き出させ食欲をそそる。
しかし、アランは食べ始めない。
「……? あのお客様?」
従業員の女性が不思議そうに首をかしげる。なぜたべないのだろうか? なにか粗相をしてしまったのだろうかと不安になっているところに、彼女の先輩がやってくる。
「ああ、忘れてた。ユミル、この人にはこうするのよ」
「え、ちょ先輩!?」
先輩は慣れた手つきで、ステーキを少しだけ切り分けて食べる。その他の食事も少しだけ食べて見せる。
それを確認してからアランは初めて食事に手を付けた。
「はい、どうぞ。ごゆっくりお召し上がりください」
「ああ。いつもすまない。どうにも性分でな。ないとはわかっていても本当に安全か確かめずにはいられんのだ」
「わかっています。むしろ、探索者はそうでなければ務まりませんから」
「そちらは新人だったのだろう。あまり叱らないでやってくれ」
「もちろんです。むしろ、私の教育不足でした。申し訳ございません」
「構わない。むしろ無理を言っているのは俺だ」
その言葉にもう一度一礼して先輩給仕はユミルと呼ばれた新人給仕を連れて後ろに引っ込んだ。
「あの、先輩、どうしてあんな?」
「あの人はああしないと食べないのよ。毒とかそういうのを警戒しているの。ビールの時もしてたでしょ」
「ええ!? 見てませんでした! でも毒だなんて……そんなこと」
「そう、普通ならしない。探索者は宝だもの。するわけないわ。でもあの人は警戒してる。まあ、少しだけど良いもの食べられるからあの人が来たら得と思えばいいのよ。別に、暴れることもないし。お金払いもいいしね。顔は怖いけど」
「確かに、顔は鬼みたいに怖かったですけど……」
「それを顔に出さないだけあんたは優秀ね。あとは個人個人でお客様を覚えて対応するところができたら新人の冠は外してあげられるわ」
「えぇ、何人覚えるんですか」
「大丈夫よ、持ち回りで担当が決まってるし、せいぜい百人ちょっとよ」
「多いですよ!?」
そんな会話がされているとはアランはつゆ知らず、ようやく食事にありついていた。
「うむ、うまい! やはりオークの肉に勝る食肉はないな! 血の腸詰も絶品だ!」
豪快にステーキを頬張り、腸詰をかみちぎる。
味に広がるのは濃厚なまでの肉感だ。どれほど熟成した肉でもこれほどまでのうまみを出すことはないだろう。
素材そのものの味が何よりも引き立っている。それをさらに奥深いものに変えているのは、シェフの腕と香辛料の配合の妙だ。
「血が沸き立つわ!」
オークの血は滋養強壮に良い。食せば、一週間は戦える。もしくはあちらの方も超絶倫になれたりする。それほどまでに栄養価の高い。
だが、血に関しては少しばかりうまみが減ってクセが出る。これを苦手というものがあるが、しかし、それを感じさせずに高い次元での美味に至らせているのは感服するばかりだ。
「やはり六番迷宮口を選んで正解だったな。飯がうまい」
もう何度目かになる定型文を吐いて、ビールを飲み干し、食す。さて、次は心臓を食らってやろうか、それとも脳みそか。オーク骨のスープを使った麺料理を食べてしまうのが先か。
オークには無駄な部位がない。味に高低は多少あるし、クセもまばらにあるがそのすべてを食せる。本質的に不味い部分などどこにもない。
アランにそんなオークご飯に舌鼓を打っていると酒場にざわざわとざわめき始める。
アランは料理に夢中であるし、特に気にするような性質でもないので無視して食事をしているが、ほかのものはそうもいかないようだった。
ざわめきの中心にいるのは一人の女だった。豪奢な金髪に勝気な澄んだ緑玉の瞳。上等な赤に黄金の紋章が刺繍された衣服。
貴種の女が生まれたときより持つ気品と上品さの中に、探索者としての強さが内包されている。
そんな女は一人だ。リゼナ・ファインアット。今最もギルドをにぎわせる探索者だ。
彼女はつかつかと酒場内を見渡してからアランの方へと向かってきた。