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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

猟奇的な愛を君に

作者: 中田滝






「お楽しみは最後にとっておくものだろ?」







そう言いながら君は、椅子に縛り付けられた僕の前でナイフとじゃれ合ってみせた。

ここはどこなんだろう、、。

口を塞がれてるわけではないから自由に発言は出来るけど、何故だが目の前にいる君の発言を待たなくちゃいけない気がした。



「せっかく目を覚ましてくれたんだ。少し話をしようよ。好きな子の話なんかどうだい?思春期の君にはたまらない話題だろう?」



僕は何も考えずただ頷いた。



「そうこなくっちゃ。そうだな、、、君はあの子のどんなところが好きなんだい?見た目?中身?それとも全部?」



あの子というのが恐らく僕の好きな子と一致しているであろう事は、言動やからかうような仕草から読み取る事が出来た。

そうだな、、。

あの子の好きなところか、、。

色々あるけど、一番最初目に付くのはあの綺麗な髪じゃないかな?

何のストレスもなく伸びた艶やかな髪は、彼女の肘の辺りまであって、風に棚引いている。

その一本一本が意思を持っているようで、それぞれが見る者を魅了しているんだ。



「へぇ〜。随分とベタ褒めだね実際に触ったこともないだろうに」



触らなくても見ればその美しさが分かるさ。




「それはそうだね。でももし、触れる事が出来たなら触ってみたいと思わないかい?」




それは勿論そうだ。

きっと引っ掛かりなんか何もなくて、シルクのような肌触りに違いない。

機会はないだろうけどね。



「まあいいじゃないか。妄想ぐらい貪欲にいこう。考えるだけなら誰にも迷惑は掛からないだろ?」



妄想だけなら、、。

きっとあの子と付き合ったら、何がなくても髪の毛を触って、あの子が照れて、二人で笑い合って。

そんな中身のない幸せな時間を過ごすんだろうね。

頭を撫でたりもしてみたいな。



「いいね。その欲求に素直な感じ。その髪を自分の物にしたいとは思わないかい?」



思わないと言えば嘘になるだろうけど、実際に面と向かって言ったら一生口を聞いてすらくれなくなるだろうからね。

心に留めておくよ。



「でもこれは妄想さ」



そうか。

妄想か、、。

妄想なら自分の手元にあってほしいな。

好きなだけ触って、眺めて、ただボーッと時間を流れさせるのもいいかもしれない。



「そう。妄想なら彼女の全てが君の物になるのさ。今ので髪は手に入れた。さあ、次はどんなところが好きなんだい?」



次、、、か。

悩みどころだけど、やっぱり〝手〟じゃないかな?

その中でも白くて長くて綺麗な指は誰にも引けを取らないと思うよ。少しだけど忘れられない思い出もあるし。



「思い出?」



そう、僕の学生生活の中で一、二を争う輝かしい思い出さ。

入学してすぐの頃だったかな?

同じクラスになった彼女が、たまたま僕の隣の席になったんだ。

何を隠そうその時一目惚れしたんだけど、見惚れ過ぎて、ついうっかり机の上に置いてあった消しゴムを下に落としてしまったんだ。

僕はそれに気付かずに彼女をボーッと眺めていたんだけど、彼女がふいに椅子から降りて消しゴムを拾ってくれたんだ。

それを僕の手の上にそっと乗せて、、。

ああ、あの時に触れた指先の肌触りと、消しゴムを覆っていた白い指達は今でも鮮明に思い出すよ。



「それも手に入れたら毎日のように触ったり眺めたりするのかい?」



そうだね。眺めるより触る事のほうが多くなりそうだけど。

それぐらいすべすべでずっと触っていられるような感触なんだ。



「素敵な思い出だね。他に何か記憶に残っているものはないのかい?今みたいに直接触れて忘れられないとか、そういう思い出をもっと聞いてみたいな」



君は物好きなんだね。

こんな気持ちの悪い話誰も聞きたがらないだろうに。



「気持ち悪くなんてないさ。剥き出しの欲望程美しいものはないよ」



ありがとう。

君はきっと聞き上手なんだね。

僕もついつい話してしまう。

もっと彼女の話をしてもいいかな?



「ああ、勿論さ」



これも入学して間もない頃なんだけど、

クラスのみんなで親睦を深めるためにカラオケに行ったんだ。

正直なところ僕は歌が下手だし、周りの皆に馴染めてもいなかったから行くのは嫌だったんだけど、彼女が行くって聞いて歌声が聞いてみたくて参加する事にしたんだ。

その時の彼女の歌声、、。

周りのクラスの子達の騒音でハッキリとは聞こえなかったんだけど、ほんの少し聞こえただけでも分かるくらい、彼女の歌声は綺麗で透き通っていたよ。



「君は彼女の声に魅了されたんだね」



その時は歌声だけだったけど、それからはそうだね。

彼女の話し声や笑い声、そのどれかが耳に届く度に幸せな気持ちになれたよ。

それこそずっと聞いていたいと思えるほどに。



「君はその声を色んな人に届けてあげたいと思うかい?」



建前はそうだね。

本音で言うとやっぱり独占したいよ。

ずっと側で聞いていたい。彼女の話し声も歌声も。



「乗ってきたね。そのままどんどん聞かせておくれよ」



声の次か、、

となるとやっぱり彼女の〝目〟かもしれない。

綺麗なのは勿論、引き寄せられる何かがあるんだ。

クラスの女子達もそんな話をしていたから、おそらく男女問わず引き寄せられるんだろう。

じっと見ていたいけど、魅了され過ぎて変になってしまいそうだから、もし自分の物に出来るとしてもたまに見て惚けるくらいでいいかな。



「是非一度お目に掛かりたいね」



不思議に思った。

彼女の存在も僕が彼女を好きな事も知っているのに、彼女の目を見た事がないなんて。



「ほら、僕は所謂コミュ症ってやつでさ。人の目を見て話すのが苦手なんだ」



そういう事か。

斯くいう僕も、彼女と目を合わせて話せるかと問われれば、無理だと即答出来るだろうから、何となく近いものがあるのかもしれない。

どうにも君の名前が思い出せないけど、きっと仲良くなれそうだ。



「他にはどこか好きなところはあるのかい?」



他、、、か。

実を言うと彼女の全部が好きなわけだけど、髪、手、声、目と特筆して上げる事が出来たから、ちゃんと隅々まで好意を寄せる事が出来ていると実感出来た。

次に上げるとすればアレだろうけど、少し下世話な話になりそうだな、、

でもきっと、君なら笑って聞いてくれるだろう。

僕は彼女の脚が好きだ。

モデルのように長く程よく筋肉のついた脚は、いけないと思っていてもついつい見てしまって欲情に駆られる。



「へえ。きちんと下心も持っているんだね。それを聞かせてくれたって事は、少しは心を許してくれたって捉えてもいいのかな?」



君の言う通り、きっと心を許しているんだろう。

彼女の事が好きな者同士、親友の木下とどこが好きかという話をするけど、木下が脚や胸を褒めると僕は決まって話を止めるんだ。

やめろ、そんな汚い目で彼女の事を見るなって。

自分もそういう目で見ているのにね。

でもなんでか君には話してもいい気になったんだ。

それはやっぱり気を許しているからなんだろう。

名前も、どこで知り合ったかも全然覚えていないけど。



「心を許してくれているなら嬉しいな。それと、安心するといいよ。僕は君が彼女のどこを好きと言おうと、どんな劣情を抱いていようと引いたりしないからね。勿論取り合いもする気はないよ」



ならなんでそんなに聞きたがるんだろう。



「それは僕が君の事を好きだからさ」



え、、。

あー、えっと、男の趣味はないんだけどな、、。



「そういう感情ではないよ。もっと混じりっ気のない好意さ。友情でも恋情でもない。ただ君の事が好きなんだ。だから君に興味があるし、君の好きなものにも興味がある」



僕の目を見てそう言う君の言葉はおそらく本物なんだろう。

だからこそ適当な言葉で逃げる事が出来ないし、初めて寄せられた強すぎる好意に僕は恐怖すら覚えていた。

このままこの会話が続くのはちょっと、、。

苦笑いで顔が引き攣りそうだ。

彼女の話に戻そう。



「おっと、話が脱線してしまったね。他にはどこか好きなところはあるのかい?」



話したところ以外も勿論好きだけど、特筆してあげるほどではないかな、、、

ただ、話していないところがバランスをとって彼女の完成された魅力になっているんだとは思うよ。



「そういう魅力の出し方もあるんだね。じゃあもう彼女が持っているもので手に入れたいものはないのかい?」



欲望に従順になるとすれば、一番欲しいのは今話したどれでもなく彼女の心だろうね。

僕の事を好きになってほしいし、彼女の好意を独り占めしたい。

希望は薄いだろうけど、妄想の中ぐらいなら問題ないよね?






「・・・」






あれ?

さすがに気持ち悪かったかな、、。

反応が何もないと不安になる。






「君が一番欲しいのは彼女の心かい?」





そうだね。





「それはもう手遅れだよ」





え?











その言葉を最後に、僕の視界は真っ暗になった。

最後に見えた君の顔は、口角だけが不気味に上がっていて、行き場のない不安が体全体を覆った。

それに、最後の言葉。

もう手遅れ?

僕が彼女に嫌われるような何かをしたって事かな?

そんな記憶はないけど、そもそもあんな初めて見る場所に縛られていた経緯も思い出せないから、もしかしたら何かあったのかもしれない。

すぐに謝れば何とかなるかな、、、。

理由も分からずに謝るのは良くないとは思うけど、彼女に嫌われるのは絶対に嫌だ。

何とか手遅れにはならないように、、。





彼女との仲が手遅れにならないようにと考えを巡らせていると、海の底から徐々に浮いてくるように、意識が体に戻ってきた。

スーッとゆっくり体に感覚が戻っていく。

自分の体の制御権が手元に戻ってくるようなそんな感覚。

そう言うと誰かに操られてたみたいだけど、、、

さっきの部屋に行ったのは催眠術か何かの過程だったのかな。

意識が戻ってきて体を自由に動かせる事を確認出来た後、ゆっくりと目を開けた。





「部屋、、、か。」





目を開けると、自分の部屋の中央で、一つしかない窓の外を立ったまま眺めていた。

なんでわざわざ立っているんだろう?

それに、手に何かどろっとした感覚があるし、部屋全体が匂う。決して心地良い匂いではない。

呆けた頭のまま、僕は窓から少しずつ視線を下ろしていった。











「─────えっ?ちょっと待って、、、え!?!?」











足元には、

血塗れの遺体があった。










「待って、なんで、僕じゃない、、、僕じゃない、、、」









僕はまず、自分の身に覚えがない事を口に出した。

人や動物を殺したいなんて思った事ないし、殴るのですら怖いのに。


そんな事出来るわけが、、、。


でも、右手に持ったナイフが僕を不安にさせた。

なんでこんな物を持っているんだ?

なんでこのナイフには血がべっとり付いているんだ?

不安と焦燥が全身を駆け巡って、季節外れの寒さを感じさせる。



わからないわからないわからない───。



なんでこうなった、思い出せ。思い出せ。

今朝学校に行って、、それで、、それで、、


どれだけ頭を掻き毟っても、痛みを気にせず殴り続けても。

教室に入ってからの記憶が思い出せなかった。

時刻は夕方、記憶が抜けていることは確かだ。

でも、思い出せないという感覚じゃない。

まるで丸々別の場所に置いてきたような、そんな感覚。

頭に残っていないものを思い出すことは出来ない。

そもそも、この遺体は誰なんだ、、、

髪は粗々しく刈り取られ、首から上と手と脚がない。




「、、、、うッ───」




床に転がった首から上の部分を見て、堪えていた吐き気が形になって出てきてしまった。

血塗れでよく見えないが、おそらく両目がくり抜かれている。

胃の中にはもう何もないだろうに、吐き気が止まらない。


でも、僕は決して遺体から目を離さなかった。


見たくはない。見たくはないが、もう少しで何か思い出せそうな気がしたから。

嘔吐物で汚れた床には糸目もつけず、遺体の体と頭部を交互に凝視する。

思い出せない、、、思い出せない、、、、けど。

僕の体は嫌な予感と、何故か罪悪感に包まれていた。

考えれば考える程、見つめれば見つめる程、吐き気が強くなって頭も痛くなってくる、、

もう、、、だめだ────










「おかえり。僕の言葉の意味が分かったかい?」









頭痛と吐き気に耐えられなくなって真っ暗になった視界と共に血の海に倒れ込んだ僕が次に目を覚ましたのは、さっきの部屋だった。

相も変わらず縛られているし、君が目の前にいる。

さっきのは夢、、、?

だとしたらとんでもない悪夢だけど、、。



「もしかしてさっきの光景が信じられないでいる?」



信じるも何も、夢だろうからね。

もう見たくはない。

思い出すだけで身体の内側をなぞられるような感覚が気持ち悪い。



「夢、、、か。じゃあ今のこの状況は?現実?」



これも夢じゃないかな?

さっきのも今も妙に感覚がリアルだけど、何となく夢な気がする。

それぐらい非日常感に溢れているから。



「これも夢か。そっか。じゃあ少し質問をしよう。さっき君が見た遺体は誰か分ったかい?」



分からない。

というよりもう思い出したくないんだけど、、



「そう言わずに。少しだけ付き合っておくれよ。じゃあその遺体の性別は分ったかい?」



止めてくれないんだね、、、おそらく女の人だと思うけど。



「年齢は?」



服装からして学生だとは思う。



「その二点で思い当たる節は?」



学生で性別が女ってだけで一人を言い当てるのはちょっと難易度が高すぎる。

それに、例え夢でも殺したいくらい憎い人なんていないし。



「じゃあこれは確認したかな?遺体はどこか切られていなかったかい?」



脚と、手と、首と、目と、、、髪?

光景がフラッシュバックして、また身体の内側を嫌な感覚が駆け巡った。



「そうだね。その部位に心当たりは?」



部位に心当たり?

どういう事だろう。

人であれば特殊な事情が無い限り誰にでも備わっているものだし、、、。

でもなんでだろう。

あんなに血塗れだったのに、妙に見覚えがある気はしたんだ。

考えたくなかったからその選択肢はすぐに排除したけど。



「分からない、、、か」



もうこの話はやめにしよう。

これ以上は臓器まで吐いてしまいそうだ。



「そうだね。君の好きな子の話に戻ろうか」



ズキッ。

小さく心が痛んだ気がした。





「君は確か彼女の色んなところが好きなんだよね。自分のものにしたい程に。まず〝髪の毛〟だっけ?」





また一つ、心が痛んだ。

さっきより少し強い。





「その次に話してくれたのは〝手〟だったよね。確か消しゴムを拾ってもらった時に見入ってしまったって言ってたね」





また痛む。

痛みの中に不安も混じり始めた。





「その次は〝声〟だったね。そんな素敵な声を奏でる喉はさぞ美しいんだろうね。」





痛みが物理的な物になってきた。

胸の辺りが痛い。

抑えたいのに縛られているせいで腕が動かせない。





「声の次は〝目〟だったね。なんでも、引き寄せられるとか」





やめてくれ、、、

痛みが抑えきれなくなってきた、、、






「最後は〝脚〟だったね」






君が話し終えるのを待たずして、胸の痛みが限界に達した。

体は椅子ごと床に倒れ込み、出来得る限り丸まって痛みを抑えようとする。

なんでだ、、、。なんでこんなに痛むんだ、、、。

君の言葉一つ一つが。

さっきあげた彼女の好きなところの一つ一つが。

胸の痛みを増長させてくる。






「君の鈍感さは罪だね。ここまで言って正解に辿り着けないなんて」






正解、、、?








「君が教えてくれた彼女の好きなところと、さっき見た遺体の切断部位。ここまで言ったら、さすがに分かるよね?」








嘘だ、、、嘘だ嘘だ嘘だ、、、

こっちが夢で、、、、

あれが現実で、、、、

僕は君に話しながら彼女を傷つけていた、、、のか?

そんな、、、

そんな、、、

なんで、、、、、、、



「特別にプレゼントだ。僕が君の体を操っていた間の記憶をあげるよ」



君が指を鳴らした瞬間。

僕の頭の中には、

走馬燈のように今朝教室に入ってからの記憶が頭に流れ込んできた。


(頭が、、、割れる───)


、、、、意識、、が、、、、。














その日はいつも通りの朝だった。

時間ぎりぎりに起きて、顔を洗って、着替えて、寝癖を直して、ご飯を食べて、最後に時計を見て慌てて歯磨きをして学校に向かう。

教室に入る時間はいつも決まって始業の5分前だ。

ぎりぎりに来ても問題はないと思うのだけど、

先に教室に入ってる先生の目が痛くて、数か月前にやめた。


いつもと変わらないルーティン。

同じ教室、お馴染みの顔ぶれ。

その中に勿論彼女の姿もあった。


席替えで席は離れてしまったけど、

隣にいると緊張して授業に集中出来ないから、正直なところ有難い。

たまに見れるだけで満足なんだ。

男女からモテる彼女に僕なんて不釣り合いだろうから。


今日も教室に入ってすぐ、

彼女の姿を探して、キョロキョロと辺りを見回す。

すると、彼女の席の周りに、なんだか人だかりが出来ていた。

人気者の彼女の周りに人が集まるのはいつもの事だけど、

今日はいつもの何倍もの人数が群がっている。

よくテレビで見る突撃インタビューの風景を見ているみたいだ。


ん?インタビュー?

もしかして何かあった?


気になった僕は鞄を置く事もせず、教室の隅の群れの端で耳を澄ませた。

何かあったのなら助けてあげて、

あわよくば好きになってもらいたいとかそういう邪念ではない。

ただの興味本位だ、きっと。





「ねえねえ!あの噂って本当なの?2組の木下と付き合ってるって」

「私もその噂聞いた!本当なの??気になる気になる!」

「ただの噂だろ!本人に聞かずに決めつけるなよ」

「うるさい男子。好きな子に彼氏が出来たからって、現実から目を逸らして八つ当たりするのはやめてよね」

「す、好きじゃねえし!ただの噂だったら可哀想だなって、それだけだよ!」

「はいはい。わかったわかった」

「聞いてねーし、、、」






彼氏?2組の木下?

え?え?

いまいち状況が掴めない。

話の中心にいるのが彼女である事はまずもって間違いない。


でも、彼氏?


今まで一切そんな素振りなかったのに。

しかもその相手が木下、、、?

2組の木下っていったら、いつも僕と馬鹿騒ぎしてるあいつじゃないか。

まさか。

彼女を下心でしか見てないあんな奴と付き合うはずなんてない。

きっとただの噂だ。

噂、、、だよな?





「ちょっと皆待ってよ。一気に聞かれても答えられないから、、、あんまり言いふらされたくないから大きい声では言えないし、一回しか言わないからよく聞いててね」





出所の不明な希望を胸に満たして、彼女の言葉に耳を傾ける。

ざわついていた周りの生徒も一斉に静かになった。






「私は昨日から木下君と付き合ってます。弱み握られてるとかそんな不快な噂も流れてるけど、一切そういうわけではないから。むしろなんでそういう噂が出回ったのか、、」






彼女の言いふらされたくないという希望は、

言い終えた瞬間に各々の教室に散っていったガヤ達によって失われた。

そして、僕の儚い希望も同時に崩れ落ちた。


なんで?なんであいつなんだ?


容姿も中身も僕と大して変わらないだろう?

身長も頭の良さも君を想う気持ちも!

全部全部僕のほうが勝っているのに。


なんであいつなんだ。なんで!!


ああ、もう分からない、、、、、。

例え君に彼氏が出来ても、何も言わずに見守ろうと思っていたのに。

僕は思っていたより醜い人間だったんだ。

この後に及んで君の全てを手に入れたいと思っている。


全部全部全部。

この手の届くところに置いておきたい。


でもどうすれば、、、、。

どうすれば手に入れられる?

あいつの悪いところを全部伝えるか?今から必死にアピールするか?

そんなんじゃダメだ、、もっと何か、、、、。

考えろ、、、考えろ、、、、、、








「僕に任せてみないかい?」








聞こえた声に反応して抱えていた頭を上げると、薄暗い部屋の中で僕に似た誰かが立っていた。

中途半端に差した窓の外からの陽光のせいで、顔には影が掛かっていてよく見えない。



「君は彼女の全てを手に入れたい?自分一人で独占したい?」



僕の心、読まれているんだろうか。

そんな事今はどうでもいい。

手に入れる方法を考えないと。



「僕に任せてくれたら、彼女を手に入れる事が出来るよ?」



ぽつりと二人の間に置かれた言葉が脳内を支配して僕の思考を停止させた。

今、、なんて、、?



「僕に君の全部を委ねておくれよ。そうすれば彼女の全ては君の物になるし、大嫌いなあいつに穢されるのを指を咥えて見る事もなくなるよ」



───本当に?



「ああ、本当さ。嘘はつかない主義なんだ」



でもどうやって、、、。



「少しの間だけ僕に君の体を預けてほしいんだ。そうすればあら不思議。君が目を覚ます頃には彼女の全てが手に入っているさ」



もし本当にそうなら是非お願いしたいよ。

僕にはもうどうしようもないから。

でも、僕お金とか持ってないよ?



「お金なんていらないさ。少しばかり君の感情を食べさせてくれたらそれでいい」



感情?

どうやってあげればいいんだろう。



「それは任せてくれたらいいよ。さあ、そろそろ行動を開始しないといけない時間だ。どうする?僕に任せてみるかい?」



そうだ。

僕には何も出来ないんだ。

それなら多少の犠牲を払ってでも任せるしかない。



「全力で期待に応えるよ。君はその時を楽しみにゆっくり眠っていたらいい」



そう言うのと同時に鳴らされた指の音が直接脳内に流れ込んできて、強制的に眠りへと誘われた。

眠る前に一つだけ聞きたい事が、、、あるのに、、、

僕にそんなに親切にしてくれる君は一体、、、









「僕?僕は悪魔さ。君の心の中のね」









───はっ!

、、、はぁはぁ、、

目を覚ますと激しく息を切らしていた。

体は相変わらず椅子に固定されている。

頬に当たる床が冷たい。



「どう?今のが僕が持っている君の記憶さ」



そうだ。

僕は君に体の主導権を渡したんだ。

優しく微笑む君に。僕の中の悪魔に。


宣言通りにこの悪魔は彼女を手に入れた。

帰り道で一人になったところを誘拐して、家に連れ込むという方法で。

その後、

今の僕と同じように椅子に縛り付けて、

意識の中の僕を起こして彼女の好きなところを聞き出して、、、



うっ、、、。



今は実体が無い状態のはずなのに、

遺体が僕の部屋にある経緯を辿ると、吐き気と胸の痛みが一緒に襲ってきた。


そうだ、僕は自ら彼女を、、、


でも、僕じゃないんだ。

やったのはこの悪魔なんだ。

僕はただ好きな子の話をしていただけなんだ、、、


僕は精一杯の力で悪魔を睨みつけた。

何てことをしてくれたんだ、彼女を返せ、と。



「君は何か勘違いをしていないかい?僕は君で君は僕だよ?君は自分の意志で僕と契約して、結果どんな形であれ彼女を手に入れたんだ。誰が何と言おうと彼女を殺めたのは君だよ」



そう、、、だ。

どれだけ君を恨んでも、

どれだけ彼女が戻ってきてほしいと願っても。

そのどちらもが僕の心の中でしか消化されないんだ。


ははっ、、、手遅れってこういうことか、、、。

どこで間違ったんだろう、、、。

もう、、、いい、

もう何も分かんないや、、、




「そろそろ食べ頃かな?それじゃいただきます」




僕の視界は、また深い闇に包まれた。

むしゃむしゃとわざとらしく際立たせられた咀嚼音と共に。











目を覚ますと、また自分の部屋で立ち尽くしていた。

足元にある血と嘔吐物が混ざった液体には目もくれず、少しも動かない彼女の肩に少し触れた。

中身を失ったその体は、まだ少しの温もりを残していた。


ああ、本当に殺めてしまったんだな。


今の僕では罪悪感を感じる事も出来ないけど。

ふふ、なんだろ。

口元が緩む。

もう分かんないや、ふふ、はははっ






コンコンッ───


「凄い匂いするけど何かあった───!?」







ああ。

お母さんか。

まあ、バレてもいいや。

というか、なんでバレたらダメなんだっけ?

それももう分からない。





「アンタ、、、これ、どういう、、、」

「あはっ。あはははははは!!!!!」






僕はこの日、大好きな彼女と自分を失った。
















「次のニュースです。○○県で起きた同級生による中学生女児殺害事件ですが、被疑者の精神状態が責任を負える状態ではないという事から、判決は見送られることになりました。また、少年を担当する精神科医によると、ここまでの状況は初めて見た。あるはずの感情が全て失われている。元に戻れる確率はゼロに近いかもしれない。との事で、遺族は、現状のままでの実刑を求めている、との事です」

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