草間、少年を見る
「私は、忍耐力のある人間だと思います。なぜなら…」
言葉の通りだ。
そうじゃなきゃ、とっくにイカレちまってるよ。
「私はこの点を活かし、御社に…」
いや、もうとっくの昔に、イカレてるんだろう。
そうに決まっている。
じゃなきゃ、あんなモノは見えるはずがない。
「ですので、私は御社にとって…」
あぁクソ。
自分の脳みそなんだから、こんな時位は大人しくなれよ。
「…以上です」
分かった分かった、そいつは悪人なんだな。
分かったから、もう止めてくれ。
見知らぬ”おかっぱ少年”よ。
その面接官のおっさんの裾を引っ張るのは。
草間は、ビジネスビルの玄関口で大きなため息を付いた。
しかし、決して面接が不満だった訳ではない。
彼を落ち込ませているのは、視界のど真ん中に映った”おかっぱの少年”である。
平素から見えているモノではあるが、まさか面接という重要な場面でも見えてしまうことに、自身の体調を頻りに疑っていた。
確か、昨日は10時に寝たはず…
彼の体調は不調どころか、不摂生な日常とは打って変わって頗る快調である。
頭を除いてはな、と彼は思った。
肩を落とした陰鬱な雰囲気を背から放ちながら、のろのろとした動作で左腕を顔の前に上げる。
11時30分。
打ち沈んだ怒りとは対照的に、腹部から陽気な音が聞こえてきた。
草間はちらり、と後ろを見る。
ビジネスビルの入り口、自動ドアのガラスの向こう側で、”おかっぱの少年”が頬を膨らませ、手招きをしている。
おっさんなぞ知るか!関わるもんか!!
足元に居座っていた怒りが頭のてっぺんまで上り、落とした肩を怒らせながら、草間は勢いよくビルに背をむけ、早足に歩きだした。
駅に向かい歩いていた草間は、面接や”おかっぱの少年”の事など忘れ、減った腹のことで頭が一杯になっていた。
”病気”とは言え、20代の青年である。
腹が減ればとことん減るものだ。
ひと仕事したし、今日はカツ丼だ!
そうだ、そうしよう!
彼は好物のカツ丼に思いを馳せながら、足を一層早め駅に向かったはずだった。