表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よもや異世界で人生やり直しとは!  作者: あくぎ
亡失の私と不可思議な世界
8/8

この世界のこと



 ナタリィとの談笑を遮るように、部屋の戸ががろん、と音を立てて開いた。引き戸の向こう側にはずらりとメイド達が並んでおり、全員が銀色の大きなワゴンを押してきているようである。ワゴンの上にはドームのような形状をした……恐らくは食事を覆っている、白銀のフタが見えた。

 メイド達は部屋の中の私たちに一礼をすると、ワゴンに乗っている物を、卓の上を埋め尽くさんばかりに並べ始める。中身は見えないが、とてつもない量なのは間違いない。二人がかりで運ばれている物もあった。中身は一体何なのだろうか。



 「……え、アンタ、なんでいるの?」



 メイド達の横を通り抜けてやってきたハルが、卓の席に座ってにこにこと笑っているナタリィを見て言った。いやまあ、なんとなくそんな気はしていたが、どうやらこの子はハルの許可を得ないまま、家の中へと無断で入ってきたようである。



 「やっほ、ハル。ナタリィはお腹が空いています!」

 「いやいやいや、アンタね……え、門衛とかに止められなかったわけ? 忍び込んだってわけじゃないわよね?」

 「門衛さんに、遊びにきました! って言ったら、通してくれました。顔パスです、顔パス」

 「っはあー……まあいいか。アンタも食べていきなさいな」

 「やった!」



 この豪邸へ訪れた際は他のものに視線を奪われてしまっていたので、私自身、門衛という存在が居たことを全く覚えてはいないのだが、このナタリィという少女は平然とあがりこんでいる様なので、ハルとは親交が深いのだろう。やりとりもまさに友人同士のそれである。


 ハルは私とナタリィの腰かける席、その卓を挟んで対面の椅子へと静かに座った。てっきり音を立てて豪快に座るものだと思っていたが、マナー、作法の方はやはりお嬢様育ち、しっかりしているようだった。

 ……と感心したのも束の間、ハルは自身の手前側にあった料理、それを覆うフタを取り外し、卓の空いている場所へ適当に置くと、中の料理……大量のハンバーグ、いや、ミートローフ……のようなものに見えるソレを、添えられていた野菜と一緒に、適当に切り分けて皿に盛り付け始めた。



 「ねえハル……それって色々どうなの? 作法的な意味でどうなの? お嬢様なんでしょ?」

 「別に自分の家なんだから良いじゃないの。そういうのは出先でしっかりと出来ていれば問題ないワケ。はいこれアンタの分」

 「そ、そうですか……」



 世渡りが上手い人とはこういう人間なのかもしれない。こういう人間ほど、将来大物として世に君臨する事になるのだろうか。

 私はハルから手渡された皿を受け取ると、自分の手前へと引き寄せた。それはハンバーグなのか、ミートローフなのか、いや、どちらとも言い難い形状をした料理である。しかし、よく見ればその肉塊の断面、中央部に見慣れた物体が埋まっているではないか。そう、卵である。この謎だらけの異世界の中で、到底私の保持している常識など役に立たないだろうと悲観していたが、これは紛れもなく私の知る卵である。



 「ねえハル、これって卵だよね」

 「そうだけど。ああ、アンタ一応卵とかは知ってるんだ。それは鶏の卵で、その肉は豚肉。アンタ何が食べられるか分かんなかったから、とりあえず好きそうなのを作っておいたの」



 成程それは美味しそうである。つまるところ、揚げないスコッチエッグのような料理だ。


 ……いや、ちょっと待った。今、ハルは何と言った?

 そう、確かに彼女は今、言った。鶏の卵と! 豚肉と! それはこの異世界に、私の知る一般的な家畜、鶏と豚が平然と存在しているという事だ。

 

 でもそれは、矛盾している。この世界は人間が空を飛び、影が人を襲い、太陽が二つある、全くもって常識外れの世界なのだから。

 とはいえ、私自身この異世界の事については何も知らない上、それこそ漫画や小説で培ったフィクションの知識しか持っていないので、一概に決めつけるのも良くないのかもしれない。もしかしたら、異世界に牛だとか、猪だとか、熊がいるのは当然の事である可能性も否定できない。


 ……とにもかくにも、お腹が空いている。難しい事を考えるとお腹が空いてしまう。私はこのスコッチエッグもどきを食べるべく、ちらと周りを見渡して食器を探した。この異世界にもナイフやフォーク、もしくは、それと同等の機能性を持つ食器がある筈だ。



 「ああ忘れてた、これないと食べられないわよね。ほらこれお箸、私のだけど使って良いわよ」

 「ああ、ありがと……って、え? お箸!?」

 「な、なに驚いてんのよアンタ……」



 当たり前である。フォークやナイフならまだしも、箸である。私の知る世界でもごく限られた人間しか使いこなせない、しかし、日本人であれば誰しもが知り、扱う事のできる食器、箸である。明白な洋風文化、豪邸、シャンデリア、値もつけられないような絵画、それらが全て内包されたこの贅尽くしの部屋の中に、箸という食器が存在していることがおかしいのだ。

 

 いよいよもって混乱してきた。違和感の津波が私の思考を瓦礫のように押し流して、最早考えること自体が悪手なのではないかとさえ思い始めた。いっそ何も考えずに、ただただこの流れに身を任せて、水面に浮かぶ木の葉の如く、ゆらゆらとたゆたってしまえば楽になるかもしれない。

 

 手渡された箸を指に馴染ませる。箸は木製で軽い材質で、全体が赤く塗られており、所々に金色の模様が彫り込んである、ハルの趣味に沿っているであろう造りとなっていた。



 「へぇ、アンタ箸はちゃんと使えるんだ」

 「まあ、多分使ったことがあるので……いただきます」



 によによとにやけるハルをよそに、私は箸を操ってスコッチエッグもどきを挟み上げ、口の中へと運んだ。

 ……想像以上の味である。とても美味しい。柔らかい豚ひき肉が、絶妙に熱の通った半熟の卵と絡み合い、加えて甘辛いソースが両者を殺さないように両側から支えている。見た目以上にボリュームがあるので、5つも6つも食べてしまうと満腹になってしまうだろう。



 「それ美味しいでしょ。それだけは私が作ったんだけど」

 「これをハルが!? 流石に冗談でしょ?」

 「アンタ……グー殴るわよ、グーで」



 浴場で見た青筋を再び目にするのは危険極まりない。手痛いグーを貰ったら巨大なコブが出来る事間違いないだろう。

 しかし美味しいのは本当なので、空腹が求めるままに一口、もう一口と食を進めていると、隣に座っていたナタリィが、非常に物欲しそうな目で私の手元を見つめている事に気がついた。そうっと口元まで運んであげると、彼女は大きく口を開けて、一口で食べた後、「おいひひ」と言葉を漏らした。大変可愛らしい反応なので、永遠にこの所作を繰り返しても飽きないかもしれない。


 卓に目を戻すと、いつの間にか全ての料理のフタが取り外されており、それはもう、贅の限りを尽くした様々な料理、果物、デザートが私の眼前へと姿を現していた。料理に至ってはその殆どの名前が分からなかったものの、綺麗に盛り付けられ、飾り付けられた魚料理、肉料理、サラダ達は、実食するまでもなく美味しさを感じ取れるような美しさを放っていた。

 

 果物の皿に、いくつか知っているものが盛り付けられている事に気が付いた。あれは、林檎だろう。その隣にはオレンジ、桃、葡萄、いちご、バナナ、キウイフルーツ……いや、確かに美しい盛り付けなのだが、一体この異世界ではどのようにして果物を育てているのだろうか。私には専門的な知識こそないが、通常の環境でこれだけの果物を揃えるのはきっと難しい筈である。この世界のことをもう少し知ることが出来れば、いずれ解決する問題かもしれない。



 「じゃあまあ、料理も出揃ったところで……食べながらでも良いから、分からないことがあったら何でも聞いて頂戴な。アンタに此処のこと、ある程度は教えておかないと、ベルに怒られちゃうしね」



 ハルは果物の盛り合わせの中から林檎を掴みとると、小さく一口だけかじって、こちらに向き直った。手掴みで豪快に行くのはいささか問題ではないかと思ったが、どうやら早速、此処の常識を教えてもらえるらしい。ありがたい話である。



 「ナタリィはお腹がいっぱいになったらお手伝いしますね」



 ナタリィは先程私が食べていたスコッチエッグもどきの皿を空にして、もう次のサラダの盛り合わせへと手を伸ばしていた。ハルは彼女を呆れたように見つめながら、「相変わらず食いしん坊ね……」と呟く。



 「まあ教えるって言っても何から教えれば、って感じだし、アンタから質問して、それを私が答える、って形式でも良いけど、それにする?」

 「あぁ、確かにその方が良いかも……私、いきなり色々言われても、多分覚えきれないと思うし」

 「よしじゃあそれで。どんと来なさい、私の知っている範囲内であれば答えてあげるわ」



 質問形式。始めに、何を質問すべきだろうか。

 この世界に来てから疑問に思ったことは数えきれないほどあるが、既にいくつか、自分自身で呑み込めたものもある。

 

 ここは、私の知っている世界ではない事。

 この世界には、人間を襲う存在、シルエットが居る事。

 私は、私自身の歩んできた記憶を失っている事。

 私は、9万人分の深力、とやらがある事。

 

 しかし未解決の疑問の数の方が圧倒的に上回っている。

 まず、私は誰なのか。私はどのような経緯でこの世界へ訪れたのか。何故私は、9万人分もの生命力、もとい、深力という謎の力を持っているのか。この世界は、どうして私の知る世界と類似、あるいは一致している点があるのか。ハルは何者なのか。この世界の大きさは? 国の規模は? 人口はどれくらいなのか?


 とりあえずはこの世界の事について聞いてみた方がいいかもしれない。



 「じゃあさ、ハル。この世界って、具体的に、こう……なんだろ、どうなってるの?」

 「漠然としすぎ。なに? 空気中には酸素が含まれています、みたいな事から話さないといけないわけ?」

 「ああいや違うの、ええと……そうそう! 今私が居るこのアータリアって、どういう国なの?」

 「それならばっちし。うーん、まずは何から話すかなぁ」

 


 ハルは林檎をしゃくしゃくと軽快にかじり進め、芯だけになった林檎を空のボウルへとつまみ入れる。その後ナフキンで口周りを軽く拭うと、ぐんと伸びをして、深く椅子に腰かけた。



 「アータリアは良い所よ、ホント。今アンタの目の前にある料理だって、食材は全部この国の中だけで手に入るんだから。深力の研究も進んで、今じゃ日常生活に不便な事なんて何一つないくらい。色々と恵まれてるのよね……シルエットが攻め込んでくる事にさえ目をつむれば、だけど」



 私を襲った恐ろしい影、その姿が瞼の裏にフラッシュバックする。あれは、このアータリアにとっても強大な脅威として、人々の安寧を脅かしているようだ。



 「シルエットって、やっぱり此処でも人を襲うんだ……」

 「まさか! アンタみたいに独りぽっちであんな場所にいたら簡単に殺されるけど、この国の中じゃあ、そんな事はあり得ない。私がアンタをちゃんと助けてあげたみたいに、シルエットと戦える人間は沢山居るのよ。シルエットと戦う為に、此処、アータリアは対シルエット戦闘に特化した組織を持ってるの」

 「じゃあ、ハルはその組織の一員って事なんだ」

 「そゆこと。アイツらを毎日毎日殺して回るのが私の仕事ってワケ」



 自身と年の近い少女が、何とも物騒な職業を生業としている事に戸惑いを隠せない。国を、人を守る為とはいえ、殺すか殺されるかという命がけの仕事を、それも毎日こなしているとは、想像もつかない事である。



 「ハルは、怖くないの? 死んじゃうかもしれないんでしょ?」

 「まあ、そりゃ死ぬかもしれないけれど、アンタ見てたでしょ? 私、とっても強いんだから。ああ、ちなみにアンタの隣のナタリィも同じで、私の同業者よ」

 


 ちらと隣を見やると、骨のついたフライドチキンを口いっぱいに頬張っているナタリィが、何やら自慢げな表情でサムズアップしていた。こんな純真無垢な少女でさえ、私が手も足も出せなかったあの異形に立ち向かっているらしい。何とも、言葉が出ない。ナタリィは、どう見ても10歳前後の少女である。



 「殺さなくちゃ殺されちゃうしね、誰かがやらなくちゃいけないのよ。ま、取り柄が何一つないアンタには無縁の話かもしれないけれど。虫一匹見ても逃げ出しそうだしね、アンタ」

 「うぐぐ」


 

 取り柄が何一つないと言われ、反論しようとしても、当然出来ない。実際、今の私が再びシルエットと相まみえる事になっても、全力で逃走を試みるか、命乞いをするかのどちらかである。そして、前者の場合は追い付かれ、後者の場合は容赦なく命を絶たれてお終いだろう。

 しかしどこか悔しさを感じるので、無言でふくれながら葡萄を口に運ぶ。言っている事には一瞬だが感心したものの、その後が蛇足である。

 ハルが、によによとこちらの様子を見ながら笑っていた。人をいじり倒して、楽しんでいる人間の顔だった。



 「とりあえずまあ、暫くはゆっくりして、外を歩き回って、色々見てくれば変わってくるかもよ。適当にやってれば良いと思うけれどね、私は。もしかしたら明日にでも記憶が戻るかもしれないし」

 「戻ったら良いんだけどね……」

 「何事も希望を持つことは大切よ。希望さえ持ってれば諦めに踏み切る事はないし、例え死ぬ時だって誇らしく死ねる筈。ほら、食べなさい食べなさい。元はといえばアンタの為に作った料理よ。食べて気合入れて、終わったら街でもぶらつきましょ」



 ハルはそう言った後、自身の近くにあった魚料理やら肉料理やらを大きい皿に纏めて盛ると、私の目の前にどん、と無骨に置いた。美しく盛り付けられていた筈の、料理達の断末魔が聞こえてくる気がした。

 隣のナタリィは、手あたり次第の料理をひたすら食べ進めている。一人でこの卓の料理の5分の1を平らげているのではないか、と思われる程の食べっぷりだった。


 思い出したかのように強烈な空腹を感じる。彼女の食べっぷりに、胃が触発されてしまったのだろう。先程食べたスコッチエッグだけでは到底収まらない空腹に耐えかねた私は、再度箸を手に持つと、無造作に盛り付けられた料理の山を、削り取るように食べ進め始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ