君の代わりなんて、いないのに
「有ちゃん、また彼女変えたんだって?」
あはは、と存外豪快に笑う彼女は、高校に入学してから出来た異性の友人であり、恋愛感情は一切ない。
お互いに良い関係を築けていると思う。
そんな彼女に、オレも笑いながらスマフォを取り出す。
一個下の妹には男の癖に、と言われたパステルカラーのケースに収まった白いスマートフォンを操作して、見つけた写真を一枚、彼女に見せた。
スマフォを受け取った彼女は、前髪を揺らしながらニコニコと笑い、かわいー、と楽しそうに言う。
彼女の言う可愛いは、本当に心の底から言っているようで、聞いていて気分が良い。
女の子に良くある、見え透いたお世辞の可愛いではないのだ。
「……あれ、でも」
こて、と首を傾けた彼女の顔から笑顔が消える。
一体どうしたのかと、オレも同じ方向へと首を傾げて、彼女の続く言葉を待った。
マスカラの絡まったまつ毛を揺らしながら、彼女は唸るように言葉を紡ぐ。
「有ちゃん、やっぱりこういう感じの子が好きなの?」
それは決して、オレに恋愛感情を持って嫌悪的な意味合いで吐き出された言葉じゃなかった。
今まで考えていたけれど、やっぱりそうなんだよね、とでも言うような言い方。
オレのスマフォから顔を上げた彼女と目が合って、オレはその言葉の真意を問う。
ぱちぱち、瞬きをした彼女はえっとね、と笑顔でその問の答えをくれた。
***
愛用のスマフォの画面に、指を滑らせてキーボードを叩く。
打ち込まれる文字を確認して送信してから、家の敷居を跨ぐ。
ギィ、と音を立てるのは古びた木の門で、その傍らには達筆な字で『鬼組』と書かれたデカ目の表札。
ここが、オレの家。
荷物を持ったまま居間に向えば、テレビの前に座り込む小さな背中。
襖を開けた音に反応したその背中は小さく動いて、首だけでこちらを振り向いた。
長い黒髪が落ちる。
「ゆう兄、お帰り」
一切笑顔を浮かべずに言い切ったのは、オレの一個下の妹だった。
学校で見かける妹は、異常なまでに笑顔の仮面を貼り付けているものだから、これはこれで気持ち悪い。
あまりに笑顔を向けられていても気持ち悪いが。
「あー、ただいま」
染めまくった長い髪を、ハーフアップにしているオレは、その隙間から指を差し込んで掻き乱す。
そんなオレを、珍しいものでも見るみたいな顔で見てくる妹。
何だよ、何も、そんなやり取りで会話が消える。
目鼻立ちの整った妹は、一切加工のしていない髪を揺らしながら、視線をテレビへと戻す。
その視線の先では、今日のニュースをお知らせします、とか何とか。
ひたすらに普通を演じようとするその姿に、吐き気がする。
家族としては好きだが、一人の人間として、オレはオレの妹が嫌いだ。
この家の敷居から出た途端に貼り付けられる笑顔も、家で見せる無表情も、何もかも嫌いだ。
『えっとね、有ちゃんって意外と素朴な純粋そうな、笑顔の子好きだよねって』
帰り際の会話を思い出しては、彼女の言葉を思い出す。
素朴?まぁ、確かに地味系ではあるよな。
純粋?そこまではいかないけれど、年頃に比べたら無知なところがあるけど。
笑顔?笑顔?
何言ってんだ、考えていたことが、そのまま口から滑り落ちて、妹の耳まで届いたらしい。
緩慢な動作でオレを見上げた。
彼女とは違う素のまつ毛が小さく震えている。
「ゆう兄?」
桃色の唇がオレの名前を囁いて、青みがかった目と目が合う。
「何もねぇよ」なんて告げ、その顔を押し返せば、意味わかんないんだけど、みたいな言葉と緩む口元。
柔らかな弧を描くそれに、彼女の言葉が理解出来てしまい、嫌い嫌いも何とやらなんて話を思い出す。
何、オレ、一人の人間としては嫌いなクセに、一人の女として妹のこと見ちゃうの。
それは気持ち悪いわぁ。
笑いながら、妹の鼻を潰すオレ。
あぁ、本当、アホらしい。