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肩書戦争  作者: サケ/坂石遊作
一章 不遇のヒーロー
7/16

スポットライトは照らさない(5)

 放課後を迎えた学園で、俺の傍に英傑が寄ってきた。


「真司、一緒に帰ろ――」

「悪い英傑。この後人と会う約束してるんだ」


 珍しく、英傑に気を遣わない本心からの理由で断ることができた。いつも曖昧な理由で断っていたからか、英傑もまた意外そうに瞳を丸める。


「わかった。でも、珍しいね」

「まぁな」


 ポケットから一枚の羽根を取り出し、それを手元で弄る。

 これが実在するということは、彼女も実在するということだ。


「それは?」

「羽」

「いや、見れば分かるけど……綺麗だね。何かの飾り?」

「……いや、拾ったものだ」


 急に答えられない質問が来たので、少し戸惑った。

 教室の蛍光灯に羽を翳し、その存在を確かに確認した俺は、鞄を持ち上げる。迎えに行くと言われたが、どこで待っていればいいのかわからない。学園は関係者以外だと立入禁止なため、取り敢えず校門の前へ移動してみよう。


「――失礼します」


 そのとき、教室に顔を出した少女に……俺は思考を停止させた。


「こちらに萩一真司様は……ああ、いましたね」


 機微のない表情でこちらに歩み寄り、そして俺の目の前までやって来る少女。この学園の高等部一年の制服を着用し、銀の髪を結ぶことなく自然に垂らすその姿。


「どうかしましたか?」

「あぁ、いや。教室で会うとは思わなかったから。……ていうか」


 呆けていた意思を取り戻し、俺は心底の疑問を言い放つ。


「……お前、ここの生徒だったのか」


 見知らぬ生徒が突如として教室に来たことで、クラスメイトたちの視線は彼女に釘付けだ。その整った容姿は特に男子の意識を惹きつける。

 少女は、小さな唇をゆっくりと開き、


「それ、もしかして拾ったんですか? ……気持ち悪い」


 俺の手が握る白い羽根を見て、彼女はついにその無表情を変化させた。嫌悪感丸出しの白い顔を歪め、少女は俺から一歩退く。


「いや、ちょっと待て。これは別に、そういうわけじゃない」

「それを一体何に使うつもりですか? それともまさか、もう使ったとか……」

「言いがかりだ」


 何かと妄想癖あるな、こいつ……。

 その表情に遊び心が見え隠れし始め、俺は肩を落として疲労感を訴える。


「それで……フィア、だったか?」

「白羽雪です。お間違えないよう」


 こちらでの世界ではその名で通っているとか言っていたっけ。本名はどうやらそう簡単に明かしていいものではないようだ。


「では、行きましょう」


 目的地を聞かされることもなく、腕を引かれて連れ去られる。注がれる多くの視線に辟易していると、俺は英傑の様子がおかしいことに気づいた。

 ちらりと窺ってみると、英傑はいつになく気の抜けた顔で白羽を見つめていた。


「英傑?」


 声を掛けても、英傑はまるで聞こえていないようだった。

 次いで、傍にいた女子生徒が英傑のことを気にかける。それでも英傑はこれといった反応を示すことなく、一心に白羽だけを視界に収めていた。


「あ、あの!」


 あの落ち着いた佇まいに定評のある英傑が、大きな声を震わせる。

 驚愕したのは俺だけでなく、教室にいる全員だった。


「その、あなたは、えっと……」


 その言葉が白羽に向けられているのは一目瞭然。支離滅裂といった英傑の言葉に白羽は可愛らしく首を傾げる。焦りからか、英傑の頬からはどこか紅潮しているようだった。

 いつもの透き通るような声はどうしたのか。喉に搭載した高性能スピーカーも今日は点検中なのか。金魚のように口を開閉する英傑に俺は疑問を感じるも、白羽は特に関心を示すことなく俺の腕を引っ張り続ける。いつもと違う幼馴染の様子に俺もまた混乱していたのだろう、白羽の力は決して強くなかったが、俺は教室の外まで放り出された。


「ちょ、ちょっと待て。行くってどこにだよ?」

「ついて来ればわかります」


 腕を離し、先々と廊下を歩く白羽。

 俺は呆然とした英傑に「じゃ、じゃあな!」と別れを済まし、急いでに白羽を追った。

 階段を下り、下足箱までの道のりで彼女は何人かの生徒と挨拶を交わしていた。肩書という不思議な力を知った俺は、てっきり何か特別な力を行使して白羽がこの学園に潜入したのではないかと考えたが、そうではないみたいだ。


「歩きながら、適当に説明します」


 白羽がそう切り出したのは、俺たちが校門を潜って三分が経過した頃だった。


「不本意ながら、私は暫くの間、真司様の専属サポーターになります」

「専属サポーター?」

「新規参加者への案内人のようなものです。少なくとも、あなたが肩書戦争の参加者として十分な判断力を身につけるまでは傍にいなくてはなりません。本当に不本意です」


 最後のは余計だろ、と内心でぼやく。

 嫌われる心当たりはない。憶測だが白羽は単純に面倒臭がっているのだろう。そうであればいいという俺の希望的観測もある。


「あれ、この公園……」


 白羽について行くと、先日俺が襲われた公園が目に入った。

 幼稚園児が元気に騒ぎ、親御さんたちが口元に手を添えて談笑する日常の光景。時折きゃんきゃんと吠える犬を宥める老人に、一列に並ぶ木々。

 俺のお気に入りであるペンキの剥がれたベンチも、当然のようにそこにあった。


「……あのベンチ、確かに壊れてたよな?」

「肩書戦争には偽造隊なるものが存在します。戦争によって不自然な被害が出た場合、それらの証拠隠滅を行う組織です。昨夜のうちに私が依頼しておきました」


 流石は遥か昔から行われている戦争、不祥事への対策は完璧である。

 目撃者がいたとしても、きっと何らかの対処法があるのだろう。


「初めて会ったときも、神秘系統の秘匿がどうとか言ってたっけ」

「この世界は神秘系統が未発達なため、それらは秘匿される必要があります。元の基盤が神秘に対応していない以上、その証拠隠滅も容易ではないので」


 要は、この世界は他所の世界と比べて超常現象に弱い……と。

 逆に科学的な現象ならば厳しく秘匿されないようだ。未知なる化学技術を用いたものだろうと、それが科学に基づいたものであるならばこの世界にも耐性がある……らしい。


「基本的に、無関係者の価値観を揺るがす真似は許されておりません」


 付け加えて説明する白羽に、成る程と相槌を打つ。

 だから白羽はあのとき、無関係者である俺の価値観を揺るがした黒髪の女性を無力化したんだ。肩書戦争の管理者である彼女には、見過ごせない状況だったのだろう。


「着きました」

「は?」


 一定間隔で歩を進めていた白羽が、ピタリと足を止める。

 しかしそこは公園の奥地。あまり人が寄り付かない、葉を生い茂らせた木々の合間だ。夏場は虫取りで賑わうこの場所も、今はただの薄気味悪い暗がりでしかない。

 目的地どころか、この先には何もないことを俺は知っている。


「開きますよ」


 白羽がそう言った直後だった。

 眼前の空気が白羽の差し伸ばした右腕を中心に、大きな波紋を放つ。波打つ大気は風圧となって全身を覆い、細めた瞳は徐々に歪んでいく周りの景色を捉えた。地面と平行に伸びる銀髪を前に、俺は腕を交差させて圧力に堪える。

 ぐわん、と一際大きな波紋が白羽と俺の身体をすり抜ける。

 その波紋だけは、風圧ではなくシャボン玉のような薄い膜のように感じた。パチンと弾けることなく、膜は俺と白羽を一息に飲み込んで……俺たちを、この世界から隔絶する。

 一瞬の内に激しく変化する景色に思わず目が眩み、二の腕で視界を遮る。


「……は?」


 身体から違和感が離れた俺は、繰り返し疑問を漏らした。

 公園の奥地とは似つかわしくない賑わい。肌寒い気温は過ごしやすい暖かなものに。鼻腔を刺激していた腐葉土の匂いは完全に消え、代わりに美味しそうな香りが漂った。

 腕を退けて、目を凝らしたその先には――見知らぬ街が広がっていた。


「な、なんじゃこりゃーーーーーーーーーー!?」


 踏み潰していた枯れ葉も、いつの間にか石畳へと変貌を遂げている。

 俺はまず頬を抓り、次に両手の甲で目元を擦り、最後にもう一度だけ頬を抓った。右手には二隻の船舶が留まっており、その向こうには係留施設と思しき建物が幾つもある。建物はいずれもが現代らしからぬ煉瓦造りであり、真正面には銀甲冑を着する衛兵のような人もいる。

 港湾というよりも、港町か。だとすると、槍を持った衛兵が門前に構えるあの大きな施設は税関と考えられる。後ろを振り返ってみれば、そこはやはり一面の海原だった。


「ベルエナ。それがこの港町の名前です」

「いや、そうじゃなくて!? ど、どうなってんだこれ……」


 生い茂る草木はどこにもない。

 あの薄気味悪い雰囲気もどこかへ消え去った。

 極めつけは……通行人の頭に、獣の耳が生えている! 全員というわけではないが、耳が妙に長かったり、ふさふさの毛が生えた耳だったり、それどころか全身が獣だったり。人種の一言では片付けられない様々な容貌を持つ人々が、唖然とする俺の前を横切った。


「あちらが肩書戦争統括本部となります」


 俺が税関と予測した建物の、一つ奥にある建物。

 それを指で示し、歩き出す白羽に俺は後ろから声を荒らげた。


「だから、ここはどこなんだ!?」


 見たことのない文字で綴られた看板に群がる人々。

 彼らは服装もまた、俺の知る常識からかけ離れている。巨体の男は帯に西洋剣を通し、美しい女声は革鎧を纏っていた。銀甲冑の衛兵は物干し竿のような槍を握っている。

 中世ヨーロッパのような景観に、創作物の中でしか見れない人々の有り様。

 それはあたかも、別の世界へ足を踏み入れたかのようで……。


「……異世界?」


 銀髪を生やした小さな頭が、コクリと縦に揺れた。


「ここは、真司様にとっては紛れもない異世界……ジルヴァーニ。肩書戦争発端の地でもあるこの世界では、肩書戦争に携わる情報や施設、道具などが豊富に出回っています。戦争への認知度もほぼ百パーセントでしょう」


 石畳を歩き、槍を持った二人の兵の間を通る。二人は一瞬だけ俺たちに……というよりも俺に視線を寄越したが、先導する白羽を見て口を閉ざした。顔パス、ということだろうか。

 税関と予測したそれは正しく、建物内は大勢の人でごった返していた。オレンジと白に塗られた床は天井から降り注ぐ照明の光を微かに反射し、壁は清潔感のある白で統一されている。船が係留していた辺りの建物と比べ、こちらは現代的な造りだった。

 白羽が手続きをしている間、俺は初めてテーマパークに訪れた子供のように視線をキョロキョロと動かした。尻尾が二つ生えた小動物を手に抱える貴婦人と目が合い、軽く会釈する。

 中世ヨーロッパの景観、という認識は改めた方が良さそうだ。現に、俺と白羽が通過している縦二メートル程度の小さな門には、目に見えて高度な技術が使われている。上部のランプが明滅を繰り返すこの門は、反応次第ではけたたましい音を鳴らすに違いない。


「思ったより現代的なんだな」

「神秘と科学が共存する珍しい世界です。それ故、住み心地の良さは保証しますよ」


 窓の外には、俺たちが利用したらしい転送門が見える。港町にしては華やかな風景に舌を巻いていると、淡い発光と同時に転送門に複数の人影が出現した。俺たちもきっと、あんな感じでこの世界に来たのだろう。


「こちらが、私の担当する萩一真司様です」


 手続きを終えた白羽が勝手に俺のことを係員に紹介していた。

 軽く頭でも下げておこうかと思ったが、止めた。初対面の相手に俺が頭を下げる場合、かえって怯えられることの方が多い。これは経験に基づいた判断だ。

 好き好んで怖がられる趣味はない。そう思っていると、白羽が不機嫌そうに俺を睨む。


「その心配は無用です。この場でそれは、ただの礼儀知らずですよ?」


 まるで心を見透かしたような物言いだ。俺はやむを得ず、言われた通り頭を下げた。

 すると、どうだろうか。係員は俺の顔を見るなり片眉をピクリとは上げたものの、すぐに何かを察した様子を見せ、親しみやすい挨拶を交わしてくれた。


「怖くないんですか?」

「ええ。人の出入りが多いこの場で働いていると、あなたのような人も偶に見ますので」


 つい口に出してしまった疑問にも、取り繕わずに答えを述べてくれる。

 例えそれが職業柄というものであっても、俺は嬉しかった。


「――すっげぇ」


 そして、辿り着いた目的地。

 税関から歩いて一分、俺と白羽は肩書戦争統括本部の戸を開いた。

 表通りに面した立地は肩書戦争の秘匿性が皆無であることを表しており、一階では昼間にも関わらず老若男女が酒を飲んだり会話を楽しんでいた。歴史を重んじる質素な素材で作られた内装は、ファンタジー世界の趣を持っている。

 その分、若干の不備……例えば床の一部が抜けていたり、壁の塗装が剥がれていたりは見られるものの、俺はここの設計者とは愉快に語り合える自信を感じていた。やはり、ファンタジーといったらこうでないと。古臭くも風情のあるこの雰囲気が大切なのだ。


「おう、そこの坊主」


 酒場では恒例の弱い者いじめか、と俺は向けられた声に期待を込める。

 そこにいたのは期待通りの悪漢に見えなくもない筋肉ダルマだった。酒に酔っているのか、頬を赤らめてご機嫌な様子だ。初めて絡まれる経験に、ちょっとだけ感動する。

 ところが予想に反して、筋肉ダルマは俺に取引を持ちかけてきた。


「いい肩書を持ってるじゃねぇか。どうだ、俺の『斧使い』と交換しねぇか?」


 身構えて損をしたな、と考えつつも、交換の一言に疑問を抱く。

 助けを求めるように、隣の白羽へ視線を向けた。


「肩書の入手方法は、何も奪うだけではありません。交換もその一つです」


 ゲームの世界観をそのまま切り取ったようなものだな……。鉄球女から俺を救ったあのときの白羽もマニュアル通りとか言っていたし、考え方は的を射ているのかもしれない。


「それで、どうすんだ?」

「あー、その……」


『斧使い』か。肩書の効果は文字通り斧の扱いに関することとして、交換ということは俺も肩書を差し出さないといけない。しかし、『高校生』を失えば俺はもう高校に通えなくなってしまう。甘酸っぱい青春と斧の扱い。この二つから一つを選ぶとすると……断然前者だ。


「遠慮しときます」

「がはは! まあそうだろうな、『斧使い』じゃあんたのその肩書には釣り合わねぇ」


 そうだろうか? 所有者の境遇によって変わると思うが……。

 というか、この人が『高校生』の肩書を持ったらどうなるんだろう。こんな巨体が学生服に収まる筈がない。顔も老けているし、青春も糞もないだろう。


「……にしても、一体何をしたらそこまでレベルが上がるんだ?」

「は? レ、レベルですか……?」

「おうよ。『鑑定士』を発動してなかったら俺もやばかったかもしれねぇ。そこまで高レベルになると待機状態でも効果が現れるんだな。……中々、恐ろしいじゃねぇか」


 無精髭に手をやった筋肉ダルマが納得したように頷く。

 俺の頭上には、ずっとクエスチョンマークが浮かんでいた。

 話の接穂を失った俺は、筋肉ダルマから他の人へ視線を移した。さっきから妙に視線を感じていると思ったが、気のせいではないようだ。俺と目が合った人たちは、皆二通りの反応を示す。手を振って会釈をするか、頬を引き攣らせて目を逸らすか。

 ひぃっ、と一人の女性が俺の顔を見るなり悲鳴を上げた。周りで酒を飲んでいた獣耳の男がそれに苦笑いして俺に頭を下げる。しかし、どうもその男も怯えているようだった。


「ま、『鑑定士』があったとしても普通はああして怖がるわな」

「あなたは怖くないんですか?」


 親指を怯えた女性に向ける筋肉ダルマに、黙りこんでいた白羽が口を開く。

 その問いは、以前俺が白羽にしたものと同じだった。


「俺も元々はそっち側の人間だったからな。それに、この坊主からはレベルの割には覇気を感じられねぇ。年も若ぇし、その肩書は貰い物なんだろ?」


 どうだ? と顔を近づけてくるも、俺には何が何だかサッパリなので返答できない。

 そんな俺の様子に筋肉ダルマは「ん?」と眉を潜めた。


「もしや、坊主は新規参加者か?」

「あ、はい。先日参加したばかりです」

「そうか。……成る程、自覚がねぇのもこれで納得だな。おう坊主、なんつーか……色々と苦労するだろうが、頑張れよ! がははは!」


 大きく口を開けて笑う筋肉ダルマは、そう言って席へ戻った。豪快に酒を飲み、テーブルに乗せられた料理を食い散らかす。結局、彼の言葉は俺には全く理解できなかった。


「行きましょう」


 白羽と酒場を進み、所々からの喧騒に耳を塞ぎながらもカウンターへ向かった。

 その途中、左右に並べられた掲示板が目に入る。


「……何だこれ」


 メンバー募集中と書かれた張り紙を読む。

 複数の言語で記してあるらしく、このジルヴァーニという世界では初めて文字が読めた。内容は標題の通り、組織の人員を募集しているとのことだが……。


「ハーレム撲滅委員会?」


 思わず二度見してしまいそうになる組織名だった。活動内容はハーレムの肩書を持つ者に対する攻撃、と書いてある。拷問史と探索者の肩書所持者を特に求めているようだ。英傑なんて格好の餌食ではないだろうか……などと考えた俺は、隣の張り紙にも目を通す。


「他は……悪党同盟、なんてのもあるな」


 文字通り、悪に関する肩書所持者を募集しているとのこと。そんな悪そうな奴らがこんな公の場でメンバーを募集してもいいのだろうか。興味本位で活動内容を見てみると、主に『害悪ポイント』の収集に勤しむと書いてある。そしてレベルを上げる……と。


「レベルって、このことか?」


 文面を読む限り、悪に関する肩書はこの『害悪ポイント』を得ることでレベルが上がるらしい。他にもメンバーを募集している組織はあったが、その大抵の活動内容は、皆で協力してレベルを上げるというものだった。ポイントも害悪だけでなく様々な種類がある。

 あまりゲームはやらない方だが、それでもレベルという単語の意味くらい予測がつく。経験値……この場合はポイントだが、それを貯めてレベルを上げることによって、きっと何かしらの恩恵があるのだろう。例えば、特典の効果が高まるとか。


「ええ、その通りです。肩書にはレベルというものが存在し、それぞれが対応するポイントを得ることでレベルが上昇します。高校生の肩書なら青春ポイントが該当しますね」


 念の為、白羽に確認を取ってみたが間違ってはなかった。ちなみにそのポイントの稼ぎ方は様々だと説明される。単純な行動一つでポイントが増減することもあれば、肩書の力を利用してポイントを稼ぐ手段もあるらしい。高校生の場合、恋人を作ればレベルが一つ上がるそうだ。


「恋人を作って一つ上がるってことは、更にレベルを上げるにはどうしたらいいんだ?」

「セクハラです」


 脇腹に刺さる細い肘に、俺は暫く悶絶した。軽いジョークのつもりだったのに……。

 その後、あまり寄り道しないようにと一言貰った俺は白羽の隣に立ち、受付嬢と対面する。


「肩書戦争統括本部へようこそ。本日のご用件は?」

「この方の参加者公認登録をお願いします」


 白羽の言葉に受付嬢は頭を縦に振り、手元の端末を操作する。タイピングに似たような動きで素早く入力する受付嬢は、その腕を止めることなく俺に幾つかの質問をした。

 名前や年齢から始まり、誕生日や住所まで聞かれる。いつもの癖で日本の都道府県から住所を述べた俺は、白羽に出身世界から伝えるようにと駄目だしをくらった。俺のいた世界の名はアースと呼ぶらしく、その後に国、都道府県、市町村区と続ける。


「――はい。これで登録は完了です、お疲れ様でした。公認証の発行が完了すれば本部から連絡が入るので聞き漏らさないように注意して下さい。また、本部内の施設はご自由に利用しても構いませんが、くれぐれも羽目を外し過ぎないようにお願いします」

「了解。しかし、施設って言っても……」


 ぐるりと周囲を見渡すが、何が何だかサッパリである。


「そうですね。この時間ですと、闘技場が盛り上がっているかと。他には――」


 俺が新規参加者だからか、受付嬢は懇切丁寧な説明を手がけてくれる。

 流石は肩書戦争の統括本部なだけはあって、この建物内には肩書を利用した施設が数多くあるようだ。先程筋肉ダルマに持ち掛けられた肩書の交換も、二階にある交換場に行けばより本格的な肩書の交換が行えるらしい。


「二階には賭博場も存在します。勿論、賭けの対象は肩書です。『賭博師』の肩書所有者は出入り禁止ですが、そういった人たちのためにも銀行が設置されております」


 一時的に肩書を預けることのできる銀行は、ATMのような形で点在していた。神様の創造した神秘と言う割には随分と融通の利く代物だ。肩書という力は、各世界の知的生命体の能力向上という目標を発端に作られたんだったか……だとすると、あらかじめ俺たち人間に使いやすいように意図して設計されたのかもしれない。


「あ、それと開会式についてお知らせしますね」

「開会式?」


 言葉をそのまま繰り返した俺に、受付嬢は「はい」と頷く。


「定期的に催される公式大会の開会式です。公認参加者の方々には案内を記した手紙が届きますので、是非ともお越しください。ありとあらゆる世界からやって来た何千、何万という好敵手が集うその光景は、まさに圧巻の一言につきますよ」


 通常の奪い合いとは違った、様々な趣旨が織り交ざった戦いを行うのだとか。何世紀も繰り返される肩書戦争に飽きてしまった神様が作った大会であるらしく、優勝者にはとびきりレアな肩書が与えられるようだ。公式大会で勝ち上がることを最大の目標としている参加者も多数存在するとのことだが、それは決して容易なことではないと説明される。


「ちなみに、大会への参加証は開会式で配布される決まりとなっております」

「大会に出たければ開会式に来いってことだな。その大会は、俺でも出れるのか?」

「公認参加者であれば誰でも参加可能です。時期的にも丁度良いですし、参加されることをお勧めします。好敵手は多いですが、その分チャンスも多いですよ」


 余程の人数が参加するのだろう。受付嬢の言う通り、新たな肩書を手に入れることができるチャンスでもあるが 今の俺だと恐らく貪られるだけだ。


「ノーリスク・ハイリターンなんて、どこの世界にも存在しませんよ?」

「……それもそうか」


 ズバリ痛いところを突いてくるフィアに、コクリと頷いた。色々と考えることはあるが、何も今決める必要はない。大会の参加については、家に帰ってのんびりと検討しよう。

 受付嬢と別れた俺たちは、公認証が発行するまでの時間をどう潰すか相談した。


「ここで待ちましょう」

「え、俺闘技場とか行ってみたいんだけど。何なら二手に別れるか?」

「同伴の義務があるのでそれは無理です。……はぁ。もう良いです、行きましょう」


 子供の我儘に不承不承付き合ってやるといった白羽の態度。肩書戦争に関しては子供並に無知な自覚があるため、悔しいが何も言えなかった。受付嬢が口に手を添えてうふふと微笑んでいると、白羽がキッと睨みを利かせた。


「ここが、闘技場か……」


 闘技場に到着したことは、白羽の口から確認するまでもなかった。

 小規模なコロッセオのような形をしたスタジアムの入り口から、熱狂的な歓声が響く。中に入った俺に耳を劈くのは、やれそこだ、この臆病者、といった野太い声援だった。見るからに屈強そうな男たちが片手に酒を握りしめ、物騒なエールを送っている。

 スタジアムの中心では、二人の人間が対峙していた。

 否、遠目に見れば人間だが……あれは人とは呼べないのかもしれない。

 片や、褐色の肌を際どく露出した獣耳の女性。

 片や、背中から頑強そうな翼を生やした男性。

 二人がスタジアムの中心で行っているのは、喧嘩の範疇に収まらない激闘だった。獣耳の女性が俊敏な動きで身体を左右に揺らし、男性は双肩から生える翼を広げて上空へ飛ぶ。それをただの跳躍一つで猛追してみせる獣耳の女性に歓声は轟き、そんな彼女を臀部から伸びる尻尾で叩き落とす男性に更に歓声が沸いた。

 舞い散る瓦礫と砂埃の中から、獣耳の女性が起き上がる。その身体には傷ひとつなく、彼女は獰猛な笑みを浮かべて再び跳び上がった。


「『風使い』、発動!」


 翼を生やした男性が唱えた直後、彼を中心に爆風が生まれた。観戦席にまで届くその風は俺と白羽の髪を揺らし、間近で受けた獣耳の女性はまたしても地面に降下する。


「『投手』、発動!」


 崩れた瓦礫の一部を掴み、獣耳の女性は勢い良く投げつけた。

 プロ野球選手も真っ青な豪速球が男性の翼に直撃。片翼を傷つけられた男性はバランスを崩してゆっくりと地面へと降りてくる。そこを――。


「『拳闘士』、発動――ッ!」


 獣耳の女性が、腰の入った拳で追撃した。

 金槌で地面を叩いたような衝撃音がスタジアムを揺るがし、翼を生やした男性が先程の豪速球にも劣らない速度で真横に吹き飛ぶ。観戦席と競技場を分かつ高い壁に激突した男性は、目玉をぐりんと回して気を失った。

 右隣の観客が立ち上がって狂喜乱舞し、左隣の観客が頭を伏せて意気消沈とした。賭け事も行っているこの闘技場だが、その対象は賭博場と違って金銭のようだ。見たことのない紙幣を握りしめて満悦の表情を浮かべるおっさんを、軽く一瞥する。


「……まじかよ」


 勿論、賭けをしていない俺は椅子にどっかりと座ったままでいた。

 思わず口に出してしまった言葉に、白羽が俺の様子を窺い見る。


「あんな戦いを、俺にしろっていうのか……?」


 命が幾つあっても足りない。獣耳の女性のような俊敏さもなければ、翼を生やした男性のような巨体も持っていない。強靭な肉体でもなければ、特別な力を使えるわけでもないのだ。


「あれはあくまで真正面からのぶつかり合い、決闘と実戦は同じではありません。確かに彼らの肩書は強力なものですが、策を練れば真司様でも勝てる相手です」


 肩書を奪いさえすればこちらのものだ。但し、強力な肩書を狙えば狙うほど、こちらの被るリスクも大きくなる。特にあのような直接的な戦闘では、今の俺に対応できる手段はない。斧使いの肩書を得れば話は別だったが……やはり、高校生の肩書は手放したくなかった。

 臆病な思考を巡らせていると、獣耳の女性が翼を生やした男性に近づく。

 気絶した男性に、女性は優しく手を伸ばした。


「あれが、肩書を奪うという行為です」


 男性の身体から橙色の光が溢れ、女性がそれを掴み取った。

 観客はその様子を特に不思議に思う様子はない。敗者が勝者に肩書を奪われるのは、戦争として当然のルールだからだ。闘技場のみの暗黙の了解ではない。

 それにしても、あの光……どこかで見覚えがあるような。

 橙色の、暖かな光を灯すあの力の塊に、脳内の奥底に眠る記憶が反応する。喉元まで出かかっているのに、あと一歩というところで引っ込んでしまう。

 白羽に言われた、俺が襲撃された理由。

 俺の持つ、高校生とは別のもう一つの肩書……その存在への手がかりは、まだ足りない。


「肩書を入手する方法って、全部でどのくらいあるんだ?」


 決闘は互いの了承を得た上でのこと、ならば奪い合いというよりも賭けと表現した方が相応しい。しかし基本的には奪い合いだと俺は説明されたし、かと言って戦いという手段を用いなくとも交換という方法で肩書を得られることも知った。

 まずは、今の俺にできることから探してみよう。

 それがヒーローへの第一歩だ。


「残念ながら、数えられるものではありません。各世界によって肩書への措置は様々ですし、そこから地方や宗教団体などに別れると、まさに千差万別となります。ですが、基本的には以前に説明した通り、奪うという手段が主流……というよりも、奪い合いこそが肩書戦争の本分です。後は施設や対人関係を利用した、賭けや交換などが代表的ですね」

「肩書を金で買うとか、そういったことはできないのか?」

「可能ですが、お勧めはしません。法外な額を要求される上に、下手に取引対象である肩書を提示すれば面倒な輩が群がります。奪い合いが本分である以上、金が払えないならば奪ってしまえという考えが当たり前のように浮上し……それは結局、原点回帰ということですから」


 ならば最初から奪いにいけよ、ということか。

 しかし、俺のように奪う手段のない者からしてみれば金のやり取りの方がまだ無難……でもないか。戦う力を有している者からしてみれば、金で肩書を買った者は絶好の獲物だ。金で買っている時点で購入者は奪い合いに弱いことがわかるし、個人的な取引よりも購入者の情報が漏れやすい。奪われてしまえば、金の払い損ということになる。

 俺と筋肉ダルマの交換は、今思い返せば危なかったのかもしれない。筋肉ダルマは周りに隠すことなく俺に斧使いの肩書を提示した。あのとき俺が交換に乗じていれば、交換後の俺が斧使いの肩書を持っていることは周知の事実となる。斧使いの肩書を初めから狙っていた者からしてみれば、俺は格好の餌食だ。

 闘技場で猛威を振るえる程の実力者ならまだしも、俺は実力も実績も持たないビギナーだ。身包みを剥がれたくなければ、所持する肩書のリストは伏せておいた方が良い。 


「ちなみに、一般人を巻き込んだ肩書の奪取は犯罪となります。その場合は最悪、肩書を他者に譲渡しなくてはなりませんので、真司様もどうかご注意を」


 それは、俺が肩書戦争に巻き込まれたあの一件のことか。


「他者に譲渡って、具体的には誰に?」

「第一優先は被害者です。しかし、事情によって不可能であるならば、被害者と近しい関係である者から順に優先されます。被害者が参加者でない場合は、近しい関係で尚且つ参加者である者を探し出し、その者に譲渡する手筈となっております」

「結果としては返り討ちにあったってことになるのか。でもそれって、復讐され易くないか? 元々狙っていた肩書に加え、奪われた分を取り返すという目的もできるし」

「ええ。ですから拒否権もあります」


 あくまで自己責任ということか……。

 それに、譲渡される肩書によっては犯罪者の戦力を大きく削ぐことができる。復讐という行為は、あまり懸命ではないかもしれない。


「そう言えば、犯罪の件で思い出したけど。あの鉄球女はどうなったんだ?」

「神秘の過剰行使、一般人への攻撃などで、先程説明した譲渡の刑に処されています」

「譲渡の件って言うと……さっきのか」


 肩書を、他者に譲渡する刑罰。

 これまでの自身の努力が無駄になるのだから、刑としては十分、成り立つだろう。


「……ん?」


 そこで、俺は小さな違和感を覚えた。


「お気づきになられましたね」


 気づくも何も、当たり前のことだ。

 先程の、フィアの説明を思い出す。一般人への攻撃により、譲渡の刑が処されることになった場合、譲渡先として選ばれる候補は、何だったか。

 第一優先は、確か――被害者本人。


「萩一真司樣。あなたには、譲渡の刑を執行する権利があります」


 

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