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肩書戦争  作者: サケ/坂石遊作
一章 不遇のヒーロー
14/16

異変は確実に(1)

「あなた馬鹿ですか?」


 肩書戦争という不思議な争いが世間一般では認知されていない、俺の知る普通の世界――アース。先日、ジルヴァーニから無事帰還した俺は現在、普段通り登校していた。とは言え、いつもなら眠気と激闘を繰り広げている筈だが、今日の俺は一風変わった相手と対面していた。見目麗しい美少女、フィア……もとい白羽雪である。


「ごめんなさい」

「謝罪の言葉も幾度と無く聞かされると、重みが消えますね」


 なら俺はどうすればいいんだ……。

 俺たちがこうして一緒に登校しているのは、偏に俺のせいだった。異性が朝からお出迎えというシチュエーションに興奮したのは俺ではなく由奈である。

 半ば無理矢理家から追い出された俺は、早朝の朝日に目を眩ませた。


「開会式だから安全だとでも思ったのですか? あのとき、『魔術師』の肩書持ちが行動を起こさなければ、あなたは間違いなく肩書を一つ失っていましたよ?」


 ぐうの音も出ない俺に、白羽はひたすら説教を続けた。

 ガラムという男が原因で一悶着あった開会式も、その後は滞りなく円滑に終えた。何か言いたげな様子でこちらを見ていたガラムだが、式が終えても接触するようなことはなかった。俺に関してはお咎めなしだったが、あいつについては多少の罰を設けるのだそうだ。

 赤髪の女と二人して笑ってやったことを思い出す。

 かなり目立ってしまったが、どうせ選手宣誓に出る時点で有名度は上がっている。初老の男……アクセンだったか。あの男の教えを信じるのは癪に障るが、ヒーローを目指しているならば、目立つことは避けては通れない道だ。最も、それはあくまで結果的にであって、『目立ちたがり屋』の所持者であるガラムのように、初めから目立つことが目的ではない。俺とあの男を一緒くたにしてもらっては困る。

 俺は頭の中で肩書リストを開き、そこに表示される項目を見た。『高校生』と『人見知り』の二つしかなかったそこには、新たに『大会参加者』という項目が追加されている。どうもこれが大会の参加証になるらしく、肩書戦争ならではの仕組みと言えるだろう。特典も【参加証明】と、文字通り参加を証明するだけの効果しか持っておらず、実に分かり易い代物だ。

 ただ、やはり『大会参加者』も肩書と同じ扱いであるため、他の参加者に奪われることもある。そうなれば参加証を失ったも同然、大会への参加は不可能だ。諦めるか、自分も同じように他の参加者から『大会参加者』を奪うしかない。

 何はともあれ、この『大会参加者』がある以上は、目的を達成したことになる。

 しかし、終わり良ければ全て良し……その考えを、白羽は一刀両断した。

 一歩間違えれば俺は自分の首を絞めていただろう。

 ヒーローごっこの過程で下手に喧嘩慣れしてしまったせいか、俺は向けられる敵意にはつい応えてしまう節がある。そのくせ、いざ圧倒的な力の差を見せつけられると手も足も出ないのだから、はっきり言って滑稽だ。ただの威勢のいい餓鬼じゃないか。


「肩書戦争は喧嘩ではありません。その区別ができないと、命が幾つあっても足りませんよ」


 あの場は大人しく引くべきだった。

 何度も同じことを伝えられている内に、俺は無言で頷くことしかできなくなっていた。


「けどよ、俺だって人並みに腹が立つことはあるし――」

「ですから、それが喧嘩の領域だと言っているのです」


 これが私利私欲の一言ならどれだけ気が楽か。親身になって言ってくれているからこそ、グサグサと深く突き刺さる。肩書戦争はその性質上、敗北すれば敗北する程勝率が下がる長期的な戦いだ。肩書戦争が戦争と呼ばれる由縁は、参加者がそれぞれ所持する肩書の一つ一つを兵に見立てているからである。当然、兵の損失は戦争での敗北に繋がってしまう。肩書を全て失ったとしても、戦争は継続できる。しかしそれは、将棋に例えるならば王のみで敵陣に切り込むようなものだ。まず勝機はない。


「ところで、話は変わりますが……何故、真司様が選手宣誓を?」


 勘弁してくれたのか、話の変わり目を逃すことなく、俺は迅速に答える。


「待ち時間中に彷徨いてたら、大会の運営側の人に勧められたんだ。アクセンって人」

「ああ、あの方ですが……」


 そう言えば、アクセンは詳しくは専属サポーターに尋ねろと言っていたな。ということは、白羽はアクセンを知っていることになる。


「アクセン様は、管理者の総督……つまり私の上司です」


 白羽の瞳が、鼻先で飛ぶ羽虫を見るようなそれへ変わる。それ以降は口を開こうとしない辺り、あまり触れたくない存在なのかもしれない。

 総督と言えば、相当上の役職だろう。なら、彼の助言は信じた方が得かもしれない。……やはり癪に触るが。


「にしても、あまり驚かないんだな」


 てっきり色々と問い質されるとばかり思っていたので、ちょっと拍子抜けした。しかし、よくよく考えてみれば、俺はあの開会式についてあまり知らない。あれだけの人数の前に立つ仕事なのだから、内心で「俺は選ばれし者だ!」とテンションを上げていたのだが、実はそこまで重要な役割ではないのだろうか。ただのボランティアとかじゃ……ないよな?


「いえ、流石に驚きましたよ。もうその時期が終えただけです」

「何だその、シーズンオフみたいなのは」


 ライトな反応しか示さない白羽に俺は口を尖らす。


「選手宣誓は、運営側が見定めた期待株によって行われます。アクセン様は真司様のどこかに期待できる要素を見つけたのでしょう」

「おお、そりゃ嬉しい……んだけど、自覚がないからなぁ」


 この短期間で、俺は似たような感覚を何度も経験した。

 本部で出会った筋肉ダルマしかり、初老の男ことアクセンしかり。そして……斜め後ろに佇む、白羽しかり。俺が思いつく三人の共通点は、一つしかない。


「どう考えても、俺の持っている四つ目の肩書だよな」


 肯定も否定もしないだろうから、俺は独り言のように呟いた。

 三人の共通点は、俺という存在に怯えなかったことだ。なら、同じく俺を怖がらなかった人物を連想してみて……襲撃者の二人の姿が脳裏に過ると同時に、合点がいった。

 俺のこの怖がられ体質が、四つ目の肩書のせいだとしたら?

 鉄球女と赤目の男は、この四つ目の肩書を狙っているのではないだろうか。法規を犯してまで襲撃するのだから、価値もあると予測できる。だからこそ、本部で筋肉ダルマは肩書の交換を申し出た。彼の目当ては『高校生』ではなく四つ目の肩書だ。『斧使い』の肩書とは釣り合わないという証言も得ている。本部や税関の受付が怖がらなかったのは、職業柄そういった肩書を見慣れているからだ。白羽やアクセンは管理者である以上、肩書戦争には直接参加しない……つまりリスクを負うことがないため、特に怖がる理由もない。


「白羽は俺の四つ目の肩書を、知っているのか?」

「……ノーコメント、です」


 管理者は参加者に対する余計な手助けを禁じられているんだっけか。

 多分、知っているんだろう。白羽はあまり感情を表に出さず、冷たい印象もあるが、不必要に相手を貶めることはしない奴だ。嘘は吐かず、しかし語れない部分は語らない。


「では、私は図書室に本を返さないといけないので」

「ああ。色々とありがとな」

「……続きは放課後にしましょう」


 最近、白羽は接しやすくなってきた。しかし俺がそう思う度に、彼女は同情の眼差しを向けてくることに気がついた。近い将来、死にゆく病人を見るような目だ。

 本を返しに行った白羽の背中を見送り、俺は教室の戸を開く。中にいたのは三人ほどの級友で、小声で挨拶をした。無視されるのは仕方ない、今の俺は元気がなかった。

 早めに教室に来たとしても、やることは変わらない。

 俺はいつも通り……寝た。



 *



 枕代わりにしていた腕が頭部の重みに悲鳴を上げたところで、目が覚める。

 だらしない声を漏らして黒板を見る。わけのわからないアルファベットの羅列が延々と書き殴られている。休み時間には一度目覚めている筈だが、あまり記憶にない。そしてやけに頭がはっきりしない。どうも二限連続で睡眠に費やしてしまったみたいだ。

 正面斜め上にある針時計の短針は十二と一の間、昼休みだ。

 学生らしく、俺は鞄から弁当を取り出すよりも早くポケットに手を突っ込み、携帯電話を引き抜いた。折りたたみ式の本体を開き、画面の明かりを点ける。


「メール? ……ああ、委員会の」


 またしても図書委員の一人が欠席したらしい。穴埋めのため、本日昼休みに出勤との命が文面に記されていた。教室の隅の方にいる、メールの送り主へちらりと視線をやる。呑気に弁当を食べているように見えるが、明らかに俺のことを気にしている様子だ。同じクラスならメールでやり取りしなくても良いじゃないか……。


「おぃーっす」


 どうせこの時間帯に利用者はいない。柄の悪い運動部員のような掛け声と共に、俺は図書室の扉を開いた。木製のカウンターに積み上げられた本を端に退け、持ち場につく。

 カッチコッチと時計の針が進む音が響く中、数分もしない内に本棚から人影が現れた。


「……おぃーっす」

「……聞いてたのか」


 大和綾女が小さな歩幅でこちらに近づき、俺の真正面に立つと敬礼のポーズを取る。

 どうやら今日の相方は彼女みたいだ。図書委員の仕事はどういうわけか、大和と一緒になることが多い。特別仲が良い間柄ではないのだが……特別俺のことを苦手としている人がいるから、必然とこうなるのだろう。


「その本、この前の続きか?」

「ん。この間発売された」


 大和はカウンターに身体を乗り出し、左手に抱いていた本を置いた。青黒とした空をバックに黄金の魔法のランプが中心に描かれている表紙だ。以前も似たようなものを読んでいたな、とは思いつつも興味が湧くことはない。俺は文字だけの本が苦手だ。


「今日はこれ」


 カウンターの裏に隠されていた玩具を取り出し、大和が箱を開ける。

 箱の中から抜き出されたのは、三十センチ四方の緑色のボードだ。側面には小さな取っ手があり、そこを引くことによって現れたスペースには、白色と黒色の両面を持つ薄石が散りばめられていた。不自然に塊ができあがっているのは磁気を帯びているからだろう。


「あれ、これ前もやらなかったか?」

「オセロの可能性は無限大」


 どういうこっちゃ、と曖昧に頷いてみせる。

 じゃんけんから続くあっち向いてホイで敗北した俺は、大和が盤面にオセロ石を置くのを待つ。やはり勝負事が好きなのだろう、大和と俺の度重なる戦いによる勝率は、あまりにも偏っている。俺が一勝する頃には、大和は軽く十勝はしているのだ。ここ最近に至っては開始前のじゃんけんにすら勝利を掴めていない。

 パチン、と音を立ててマグネットが裏返る。


「大和ってさ、前々から思ってたけど……異様に強いよな」

「鼠定石の段階で端を取った萩一が悪い。あそこは中割りをするべきだった」

「……どういうこっちゃ」


 勝負前から予想はしていたが、今回も惨敗。オセロだけに限らず、俺が大和に負ける際は大抵が惨敗、完敗だ。一寸の勝機も見出だせないままゲームセットなのだから、いっそ清々しい気分である。極稀に俺が勝つと言っても、それは大和がルールを知らなかっただけに過ぎず、同じ種目で二度以上勝利したことはなかった。


「もう一回。次は萩一が先攻」

「じゃんけんはいいのか?」

「いい。ただでさえ薄いのに、何度もやると意味がなくなるから」

「出たよ、大和ルール」


 どうもこの大和綾女という少女は、勝ち点に酷く拘っているのだ。

 勝負方法が難解であれば難解である程、勝ち点の意味は高まり、お互いの本気度も同じように比例する。そんな大和ルールに則ってみれば、じゃんけんやあっち向いてホイは仮に勝利したところで意味が限りなく薄いようで、一日に複数やる必要はないらしいのだ。

 たまに大和は懐から手帳を取り出し、画線法で勝ち点の計算を行っている。その後は決まってほくそ笑んだり苦虫を噛み潰したような顔をするのだが、見ている分には面白い。

 俺の知る中では、誰よりも勝負事が好きな人間だ。その拘りに少々狂ったような貪欲さが見られるのは、不思議だが問うことはないだろう。余計な詮索は鬱陶しいだけだろうし。


「――失礼する」


 一瞬の間だった。俺は大和へアイコンタクトによる疎通を試みるが、タイミングが悪いことに彼女は手帳を取り出す寸前だった。慌ててマグネットオセロを箱に仕舞おうとするも、手が滑り……大きな音を鳴らして、オセロ盤が床に落ちてしまう。

 ホッケーのパックのように床を滑るオセロ石が、来訪者の爪先に衝突して勢いを止める。


「懲りない奴だな、お前は」


 足元の薄石を広い、顔の前に持って行きながら彼女――椙鳴麗華は言った。


「あなたも中々」

「お前が止めない限りは永遠に続くだろうな」


 大和と椙鳴さんが犬猿の仲であることは、おかしなことだが俺しか知らない事実だ。確かに大和はともかく、椙鳴さんが誰かと不仲であるという噂は聞いたことがない。


「その手帳……萩一」

「はい?」

「既に勝負はついた後か?」

「まあ、そうですね。俺が負けました」

「ちっ、遅かったか……」


 してやったり顔を決め込む大和に、椙鳴さんが悔しげな表情を浮かべる。

 常々思う。きっと椙鳴さんは寂しくて仕方ないのだ。

 彼女は生徒会長という重役に就いているから、クラスメイトにも教師にも一目置かれる存在だ。俺のように授業中に居眠りすることはできないし、大和のように委員会の仕事を放ったからして遊ぶことも許されない。羨望と憧憬の視線を浴びながらの食事はさぞや窮屈だろう。だからこそ彼女は昼休みに入ったばかりだというのに、この場にいるのだ。

 などと推測する俺の視線に気づいた椙鳴さんは、怒りの矛先をこちらに向けてきた。


「萩一、お前も言い逃れはできんぞ。何故大和に協力した?」

「協力って……大袈裟な。一応、利用者が来たら止めるつもりでしたし」

「恍けるな。お前のその肩が――」

「椙鳴」


 そのとき、大和が視線で椙鳴さんを射抜いた。普段とは違う冷ややかな声のトーンに俺は驚き、暫し硬直する。それは椙鳴さんも同様であり、言葉は途中で飲み込まれた。


「まだ、気づいていない」


 大和がそう告げると、椙鳴さんは目を見開く。俺と大和を交互に見る彼女は、どう反応すれば良いのかわからず困っているようだった。


「そんな……なら、どうしてあの場に……?」

「多分、推薦。……恐らく、善悪のバランスを取るために、見せしめとして利用された」

「見せしめ……自覚も無しでか。馬鹿な、危険過ぎる」


 完全に置いてけぼりだ。隠語を使っている様子もない。何か口を挟もうならば睨み殺されそうなので、俺はただ黙って全てを見届けることにした。


「危険なら、あなたが守れば良い。でも私は反対。相性が悪いのは見ての通りだし、だったら何者かに抜き取られた後の方が、まだ可能性はある。……それも嫌なら、いっそあなたが奪えばいい」

「それは……」

「都合が良すぎる。見届けるか守るか、どちらか選んで」


 珍しく、椙鳴さんが押され気味だった。

 唇を噛む彼女の姿は見ているこちらも苦しくなる程、頭を悩ませている。俺たちがこの場に居合わせなかったらその長い黒髪を掻き毟っていただろう。唸りながら大和を見るその瞳には恨みや怒りが一切篭っておらず、寧ろどこか懇願するようなものだった。


「……見届けるさ。ずっと前から、そう決めていたんだから……」


 入って来たときの覇気は感じられず、椙鳴さんは顔を伏せたまま図書室を出て行った。

 拾ってくれたオセロ石を指で取り、くるくると弄くり回しながら俺は大和に問う。


「結局、何なんだ?」

「気にする必要ない」


 手帳を確認して、大和は少し顔を膨れさせる。どうやらここ数日の勝ち点は本人からしてみれば納得いかないものだったようだ。


「ポイント、全然溜まってない……」


 今どき勝ち点を数えている女子なんて、どこを探しても大和くらいだろう。将来はギャンブラーにでもなるつもりか。カテゴライズすれば間違いなく変人の類だが、付き合わされている分には悪くない。俺としても楽しく暇を潰せるわけだし。


「……ポイント、か」


 その言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのが、肩書のレベルに関わる経験値のことだ。俺の持つ二つの肩書は該当するポイントを蓄積することによってレベルを上げる。『高校生』ならば青春ポイント。『人見知り』なら疎遠ポイント。

 すぐに肩書戦争と絡めてしまう辺り、俺も相当非日常に毒されてるな。

 隣で「何?」と首を傾げる大和に、俺は言葉を濁す。


「最近ハマってるゲームの話だ」

「……そう」


 それ以降、大和は口を開くことなく黙々とマグネットオセロの片付けに専念した。


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