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「は?」
自分でも思う。間抜けな声を発したな、と。
出さずにはいられなかったのだ。目の前の男のせいで。
真っ白な肌に綺麗な黒髪、鋭い目付きで黒い瞳。しかし人とは到底思えない美しい顔立ち、高い身長、細いが筋肉のありそうな体格。なのに白い肌とよく合っている。
まず、こいつは人間なのだろうか。どんな殺気にも当てられて慣れていた俺が雰囲気に圧倒されてしまった。
気が付いたら、真っ暗な周りと、そこらにそうそう居ない男が目の前に立っていた。でも重要なのは容姿とか雰囲気とか、辺り一面の暗闇じゃない。発言だ。
[は?じゃない。もう一度言おう。そんな簡単にはお前を終わらせたりしない。要するに人生をやり直してもらう]
死ぬ直前に聞いた声と一緒だった。頭の中に響いてきて、理解ができなくて間抜けに返した言葉に応えてくれたのはありがたかったけど、もう一度詳しく聞いてもやはり理解できない。
「人生を、やり直す?」
どういう意味だ。俺は死んだ。死んだならあの世に行くんじゃないのか。あの世があるかは知らないけど有るなら是非行きたい。人生なんてもうこりごりだ。
[やり直してもらう。お前の生きた時間は余りにも短すぎ、余りにも幸福が足りていない。それは人々の神として許せない]
無表情で語られ、中二病と思える言葉も出てきた。人々の神ってなんだ。醸し出す雰囲気が凄いからといって神様なんて信じられるわけないだろ。
「あのさ、神だろうがなんだろうがどうでもいい。凄くどうでもいいけど、俺はやり直したりしない。死んだんだろ? もう生きてないんだろ? だってほら! 足透けてんじゃん」
俺が指さした自分の足は下にいくにつれて透明感が強くなっていた。足首から下なんて全くない。
[確かにお前の体は死んでいる。だが魂は死んでいない。輪廻転生を知っているか]
「死んだら生まれ変わるってやつだろ。けど俺は生まれ変わらなくていい。死んだままでいい。それに輪廻転生って時間かかるんだろ。まずあの世にも逝ってない」
輪廻転生。あの世に逝った霊体が現世に何度も生まれ変わり、新しい生の道を進んでいくことをいう。多分。結構前に本で読んだ記憶があるが曖昧だ。
[ああ、そうだ。時間は掛かるし、お前はまだあの世にも逝ってない。お前の簡略な説明に付け加えておくが、そんなものは私の力でどうにでもなる。それに生まれ変わらないことはできない。
--必ず、生まれ変わらなければならない]
断言された途端、目の前がくらくらした。何故か重く重く心にのしかかった。
初めて出会い、変なことを言う男が放ったセリフに、鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
やっと、楽になれると思っていたのだ。開放されると思っていた。
駄目だと思った、終わりだと思った。俺の人生で望んでいたことは死だったのだ。
神様と信じているわけじゃないけど、男の言葉はすんなりと心に入ってダメージを与えた。それも大穴開けるくらいの。
俺が驚きと絶望に黙っていると、優しく語りかけるように、子供をあやすように男は言った。
大丈夫だ、と。
何が大丈夫なのか全くわからない。今日はわからないことだからけだ。こんなに困惑するなんて思ってもみなかった。
[お前が生きていた頃のことは全て視ていた。視ていて何もしてやれなかった。言い訳にしかならないが神にもできないことはあるんだ]
男は眉を伏せる。初めて表情を変えた。辛そうに男は言葉を繋げる。本当に優しく、苦しんでいるように。
[私を信じろとは言わない。だが何もしてやれなかった私への復讐だと思って望みを言ってくれ。人生をやり直す前提の望みを。お前は本当は何が欲しかった? 何を求めて生きていた? 必ず、新しい世界で叶えさせよう]
--甘美だ。
甘くて蕩けてしまいそうな、蜜のような言葉。
何度裏切られただろう。何度笑われてきただろうか。その甘さに何度心をへし折られたのだろう。
数え切れない量で、初めは泣いていたけど涙も枯れてしまった。
それなのに縋り付きたくなる。でも、やっぱりさ。与えられるモノほど怖いのはないんだ。
慣れてるから、その苦しみを知っている。
俺はゆっくり首を振る。何も要らないと伝わるように。
男はそれを感じとったのだろう。見て一気に顔を歪ませた。