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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第一部 四季姫覚醒の巻
98/331

第八章 秋姫対峙 3

 あまねと分かれた後。榎は帰宅途中に通る農道を、一人で歩いていた。

 四季が丘町の住宅街から外れた、田畑の多い田舎道。

 青々と茂る稲穂の合間を一人で歩く、萩の姿を見つけた。

 榎は距離をとって、後を追いかけた。

 萩は、榎の存在に気付いた様子だが、無視して歩いてく。榎も、話しかけるわけでもなく、黙々と、後ろをついていく。榎なりに、考えがあっての行動だ。

 夏休みなのに、萩はいつも学生服を着ている。だが、学校に行っている気配はなく、何もせずに、一人でぶらぶらと放浪していた。

 萩は普段、どんな場所で何をしているのか。趣味は? 好きなものは?

 誰とも関わらず、孤独な世界を頑なに誇示して、いつも何を考えているのだろう。

 何でもいいから、萩について知りたい。榎は夢中になって、萩を追いかけた。

 だんだんと、萩が早足になっていく。やがては駆け足に変わった。

 榎を撒こうとしているのだろうが、忍耐力と足の速さには自信のある榎から逃げ切れる奴なんて、そうはいない。どんなに逃げられようが、逃がすつもりはなかった。

 周や柊が今の榎を見れば、「ストーカー」だと罵っただろう。かつて、執念で妖怪を追い掛け回していた周にだけは言われたくないと、心の片隅に反論もぎるが。

 でも、別に、危害を加えるつもりなどないし。話がしたいだけなのだから。

 我論を正当化させ、榎はしつこく、萩を追い掛け回した。

 しばらく追いかけっこを続けていると、山道の入り口に差し掛かった。萩は突然立ち止まり、振り返って睨みを利かせた。

「何だよ、お前は! さっきからアタシの後ろを付け回して。鬱陶しいんだよ、目障りだ!」

 いい加減、苛立ちが最高潮に達したか。息を切らせ、こめかみに血管を浮かべて、萩は榎に怒鳴りつけてきた。

 怖かったが、予想通りの反応に、榎は安堵した。

 友好的に、一緒に行動しようとしても、断られるに決まっているし、ろくに話しかけてもらえない。

 だから、無理矢理つきまとって、相手から話を振ってくるように仕向ける。榎なりに、ない頭を振り絞って考えた作戦だった。

 貶されても馬鹿にされても、少しでも、会話の流れを作れれば成功だ。少し強引だが、榎はなりふり構っていられなかった。

「いや、普段は何してるのか、気になって。こんな田舎じゃ、遊ぶ場所もないだろう? 退屈しないか?」

「退屈だ。妖怪退治以外に、楽しみなんてねえし。家に帰って寝るだけだ」

 舌を打ちつつも、萩が榎の会話に乗ってくれている。最初の一歩は、いい感じに踏み出せた。

 榎は気持ちを明るくして、さらに突っ込んだ。

「この辺りに家があるのか? 結構、近所に住んでいたんだな」

 隣家が何十メートルも先にある、なんて、田舎では間々ある話だ。山一つ越えた場所に住んでいる人でも〝ご近所さん〟で通用する場合もある。

 ずいぶんと民家の少ない山間だが、榎がお世話になっている花春寺からも近い。積極的にご近所付き合いでもやっていれば、もっと早く出会えていたのだろうか。

 萩はしばらく無言で、榎を見ていた。もっと、話の風呂敷を広げたいと、そわそわしている榎に、さりげなく声を掛けてくる。

「来るか? アタシの家」

「行ってもいいのか!?」

 萩は頷く。榎は文字通り、飛び上がって喜んだ。

 想像もしていなかった。まさか、萩が自宅に招待してくれるなんて。

 やっぱり、萩だって榎と同じ中学生の女の子だ。ちゃんと話せば、心を開いてくれると信じていた。

 急に、萩との距離が急接近した気がして、榎は小躍りしたい気分だった。

 萩の後ろについて、軽トラも走れない、狭い農道を一列になって歩く。

 何だか妙に幸せだ。まさか、萩と一緒に歩く機会が訪れるなんて。

 うきうきと気持ちを高揚させながら進んでいく。やがて農道は、坂道の続く狭い山道へと変わった。榎たちは山の上のほうへ向かって、どんどん歩いていった。

 民家が点在する地域からも離れていく。萩は凄い場所に住んでいるのだなと、驚いた。

「随分と山奥だな。家族は、何人いるんだ?」

「家族なんて、いねえよ」

 尋ねると、素っ気ない返事が来た。萩の生活の背後に暗い影を察知して、榎は少し、声を潜める。

「……ごめん。じゃあ、こんな山の中に一人で暮らしているのか? 寂しく、ないか?」

「寂しかったら、暮らしてねえ。一人のほうが気楽だ」

 本当に気楽そうに話すが、萩の横顔には、微かに哀愁が漂っている気もした。

「学校で、一度も姿を見なかったんだけど、ちゃんと通っているのか? 生活が大変で、通えないとか……」

 家族がいないのならば、生活費はどうやって賄っているのだろう。

 歳の割りに細身な体型も、夏休みなのに、ずっと制服を着ている理由も、貧困のせいなのか。

 私服を買えないほど、貧しい生活を強いられている、とか。

 何かと入り用な世の中だ。中学生が一人で生活をやりくりできるなんて、想像できない。妖怪退治や暇潰しの散歩なんて、やっている場合じゃなさそうだが。

 もしや、と、榎の脳裏に恐ろしい仮説が沸き起こった。

 山で野宿をしているのではあるまいか。家なんて本当はない。もしくは、ダンボールの家とか。

 とんでもない結論に至って、榎は絶句する。榎だって、今の生活に落ち着けなかったら、名古屋のどこかでホームレスをやる羽目になっていた。もし、そんな境遇に陥っていたら、どんな生活を強いられていたか。想像もできないし、したくもない。

 萩はその最悪な生活を、既に実践しているのか。

 榎は急に、萩の住んでいる場所へ行ってはいけない気がしてきた。開けてはならない禁断の玉手箱の蓋に、手を掛けている感覚だ。

 そんな環境に土足で踏み込むなんて、かなりの勇気がいる。そっとしておいたほうが、お互いのためだろうか。色々と考えを巡らせて悶々と悩んでいると、萩が首だけ振り返り、小さく笑った。

「アタシを、心配してくれているのか。……ありがとうな」

 萩が、笑った。榎にとっては、とんでもない衝撃だった。

 色白で整った容姿の萩は、微笑むと、とても可憐だ。なぜか榎は、女の子相手に緊張して、心臓を高鳴らせていた。

 いくら、普段から男と間違えられる生活に慣れているとはいえ、中身まで男と化したつもりはない。なのに今の榎は、意中の女の子にいきなり告白されて、戸惑いつつ喜ぶ男子みたいな心境に陥っていた。実際に男子がこんな気持ちになるのかどうかは、知らないが。

 とにかく、嬉しかった。だからこそ、現実から目を逸らして逃げてはいけないと思い直した。

 人は、誰にも知られたくない秘密の一つや二つ、必ず持っている。

 山に篭って、一人で仙人みたいな生活をしているなんて、まさしくトップシークレットだろう。

 そんな重大な秘密を、萩は榎に明かした。

 つまり、榎に心を開いて、受け入れてくれた証拠ではないだろうか。

 今、榎が身を引けば、萩との関係は元の木阿弥に戻る。いや、さらに悪化するかもしれない。

 なんとか萩の苦しみを理解し、力になるチャンスだ。

 全てを受け入れようと、榎は決意を固めた。

 だが、榎の想像はすぐに崩れ去った。

 連れてこられた場所には、しっかりとした一軒家が、どっしりと建っていた。

 かなり年季が入って古めかしいが、玄関の開き戸があり、立派な瓦屋根や、塀もある。家の周囲は、背の高い雑草に覆われて、手入れが行き届いていないが、間違いなく人の住む家ではあった。

 もしかすると、家族はいないが、それなりに遺産を残してもらっているとか、裕福な身の上なのだろうか。

 勝手に相手の不幸を嘆いて同情し、盛り上がっていた数分前の己を恥じた。

「家に人を入れるなんて、久しぶりで、恥ずかしいな。使っていない部屋は、散らかっているんだ。アタシの部屋まで連れて行くから、目を閉じていてくれないか」

 本当に恥ずかしそうに、萩はいう。部屋の汚れなんて、気にしなくていいのに。

 思いつつも、榎は従って、目を閉じた。

 萩が、榎の手を握り、引っ張って行く。細くて小さくて、冷たい手だった。

 手を繋ぎあうなんて、もう友達以上恋人未満、みたいな関係ではないだろうか。榎も手を握り返し、閉じた瞼の奥で、喜びを噛み締めていた。

 入り口の引き戸を開ける音がする。敷居を跨いで、中に入った。今、立っている場所は玄関の三和土たたきだと思われるが。靴は、どの辺りで脱げばいいのだろう。

 尋ねようと思った矢先。

 突然、萩は榎の手を振り解き、背中を思い切り蹴飛ばしてきた。

 バランスを崩し、榎は前につんのめる。

 足を踏ん張ろうと、一歩踏み出した。

 だが、その先に、足場はなかった。

 一瞬、宙に浮いた感じになる。慌てて目を開くと、目の前は断崖絶壁だった。

 前のめりになりすぎて、後戻りできない。榎は悲鳴をあげて、崖下へと落ちた。

 激しい水飛沫が飛び散る。全身に生臭い水が襲い掛かってきた。

 落ちたところは、農業用水を溜めておく池だった。

 地面と激突は免れたが、冷たさと泥臭さが、気持ち悪い。水面には睡蓮や菱の葉が生い茂り、食用蛙が泳いで逃げていく。底の泥や水草に足をとられまいと、榎は慌てて泳ぎ、岸へと逃げた。

 無事に陸に上がり、息を切らせて、落ちてきた場所を見上げる。切り立った崖の上に、さっき見た家の、崩れた屋根と壁が見えた。

 どうやら、あの家は表の部分だけが綺麗に残された、張りぼてみたいな廃屋だったらしい。玄関の奥は、すぐに崖。なんとも恐ろしい構造になっていた。

 崖の上で萩が屈みこんで、榎を見下ろしていた。とても楽しそうに、以前と変わらない邪悪な笑みを浮かべている。

「馬鹿じゃねえの? こんな山の中に誰が住むんだよ。住んでいたとしても、誰がお前なんか迎え入れるか」

 蔑む口調で、萩は吐き捨てる。

 全部、演技だったのか。榎は完全に、騙されていた。

 あの、心を開いてくれたと感じた、恥じらいの笑顔や優しい言葉は、榎を欺いて楽しむための余興だったのか。

 榎は愕然とした。本来なら、怒りが込み上げてくるはずの場所だが、完全に意気消沈した。ショックが大きすぎて、何も考えられなくなっていた。

 反論してこない榎をつまらないと思ったのか、萩は舌打ちして、ゆっくりと立ち上がった。

金輪際こんりんざい、アタシに付きまとうな。次にわずらわしい顔を見せたら、池に突き落とすだけじゃ済まさねえぞ」

 萩は吐き捨てて、山を去ろうとした。

「待ってくれ、萩!」

 いくらなんでも、こんな状況のままで済ませるわけにはいかない。必死で呼び止めた。

わめく前に、さっさと山を降りたほうがいいぞ。この辺り、まむしが多いからな」

 呼び止めようとする榎に、止めの一撃。

 萩は足元で何かを見つけたらしく、拾い上げた。

 素早く、榎の側へ投げ捨ててきた。

 茂みに、何かが落ちる音。同時に、妙な威嚇音が響く。

 驚いて脇を見ると、一匹の蛇が、側で舌をちらつかせていた。

 連続する円形模様の鱗、三角形をした、尖った頭。猛毒を持つ蝮だ。

 榎は反射的に体を竦ませた。

 萩は、榎の身の危険なんてお構いなしだった。

 本当に、榎が死んでもいいと思っているのか。

 無意識に、榎の体内に恐怖が沸き起こった。

 生まれながらに悪い人間なんて、この世にはいない――。

 啖呵たんかを切り、榎は周にそう言い切った。

 でも、信じていた思想さえ、自信がなくなってきた。

 もしかしたら、萩は本当に、生粋の悪人なのではないか。

 そんな気持ちさえ、湧き上がってきた。

 完全に動けなくなっていた榎を尻目に、萩は去っていった。

 榎も早く逃げなくてはと焦るが、蝮との距離が近すぎる。下手に動くと、相手を刺激して、襲われる確率が上がる。

 どうしよう。携帯電話も、水に落ちて駄目になった。もし噛まれても、こんな山の中じゃ、誰も助けてくれない。

 蝮は投げ飛ばされて怒っている。榎の微細な震えに反応して、牙をむき出して突っ込んできた。

 榎は目を閉じる。直後、何かが地面に刺さる音がした。

 体には、痛みも何も感じなかった。

 ゆっくりと目を開けると、目の前で蝮の頭が串刺しになり、尾を振り乱して暴れていた。

 弓道で使う矢が、蝮を貫いて、地面に突き刺さっていた。

「どうして矢……? いったい、誰が……」

 周囲を見渡すが、既に、人の気配はない。

 萩が、助けてくれた――なんて考えられない。他の誰かが?

 考えるが、見当もつかなかった。

 泥水にまみれて如月家に帰った榎は、みんなから酷く怒られた。山で一人で遊んでいて、誤って池に落ちた、と説明したが、やっぱり蝮の件もあって、周囲の剣幕は凄まじい。

 田舎の人は、都会暮らしに慣れた人間が山の怖さを舐めきっていると分かっているから、ひときわ厳しく、危険を訴えてくる。榎も身にみて理解し、反省した。

 名古屋にいる母親――梢にも連絡をとり、無事の報告と、携帯電話の故障を伝えておいたが、やっぱり怒られた。夏休みだからって、羽目を外しすぎるな、と。

 椿からも大いに心配され、問いただされた。事情を説明し、萩のせいだと分かった途端に、「もう萩と関わらないで」と泣きつかれた。流石に今回は、椿の言葉に否定を返せなかった。

 でも、まだ心の中では、諦めがつかずにいた。

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