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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第一部 四季姫覚醒の巻
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第一章 夏姫覚醒 6


 寺から麓へ降りる坂道を駆け下り、榎は周囲を見渡した。

 京都の小さな田舎町の地理なんて、さっぱり分からない。だが、泥棒が逃げて行きそうな場所なら、見当がついた。

 道を挟んだ前方には、最初に花春寺に向かうために登った石段と似た作りの、竹林に挟まれた藪道やぶみちが伸びていた。

 足元は落ち葉に埋め尽くされていて、誰かに踏み荒らされた痕がくっきりと残っていた。

 まだ新しい足痕だった。泥棒は藪道に逃げ込んだに違いない。榎は後を追うべく、狭い道に駆け込んでいった。

 道なりに進んでいくと、少し開けた場所にでた。小さな広場になっていて、中央にお地蔵様を奉ってある庵が建っていた。

 庵の側で座り込み、こちらに背を向けてごそごそと動いている、怪しい影を発見した。

 体格からして、男だった。丸めた背中やズボンの裾に、硝子の破片がくっついて、光を反射させていた。

 如月家に入り込んだ泥棒だと、榎は咄嗟に確信した。

 榎は泥棒の背後に木刀を突きつけ、大声で怒鳴った。

「見つけたぞ、泥棒! お寺のお金を返せ!」

 泥棒は飛び上がり、ものすごい形相でこちらを振り返った。目つきの悪い、狐顔の中年男だった。男は右手に包丁を持ち、榎と対峙した。

 榎は木刀を構え、泥棒に動く隙を与えまいと、気を張り詰めた。緊迫した時間が、しばらく続いた。

「むっ、何ごとか? 物捕ものとりでおじゃるか!?」

 突然、すぐ側で第三者の声がした。ふと庵の脇を見ると、着物姿の子供が立っていた。

 でっぷりした丸顔の子供で、顔と同じくらい大きくてまん丸な、黒い玉を大事に抱えていた。

 榎が子供に気を取られた隙に、泥棒は素早く動いて子供を捕まえ、首元に刃物をつきつけた。

「近寄るんやない! このガキがどうなってもええんか!」

 しまった、と榎は舌を打った。見ず知らずの子供を人質にとられてしまうなんて、親御さんになんておびをすればいいか、分からない。額を汗が伝った。

「卑怯だぞ、子供を盾にとるなんて!」

「無礼じゃぞ貴様ら! 麿を誰と心得る! 麿はれっきとした陰陽いんのようの家の当主、月麿つきまろなりけり……!」

やかましい、黙っとれ糞餓鬼!」

 わめく、月麿と名乗る子供に、泥棒が怒鳴りつけた。

「糞餓鬼とはなんじゃ、麿はれっきとした大人でごじゃる!」

 対抗して、月麿も滑舌かつぜつのあまりよくない口を、懸命に動かした。

「いつまでも麿を馬鹿にしておると、痛い目をみるぞよ。どうじゃ、これでも食らえ、えいや、えいやぁ!」

 月麿はふくよかな体を左右に揺らし、泥棒から逃れようともがき始めた。

「この野郎、暴れるんやない!」

 泥棒は月麿の勢いに押されて、一瞬、怯んだ。隙を突き、榎は泥峰めがけて木刀を振リ下ろした。

 肩に一撃を受けた泥棒は、地面に倒れた。手から離れた包丁を、榎は素早く、遠くへ蹴り飛ばした。

 泥棒はすぐに起き上がって「覚えとれや!」と捨て台詞を吐き、逃げていった。

 倒れた場所に、如月家で盗んだものを忘れていったとは、気づいていなかった。

「逃げられたけど、お金は盗られなかったし、良かったかな」

 悔しさ半分、安心半分だった。泥棒が落としていった通帳と印鑑を拾い上げ、榎は安堵の息をついた。

「ひやああああ! なにがよいものか! おいわっぱ! お主、とんでもない愚かな罪を犯しよったぞ!」

 側で悲鳴が聞こえ、榎は顔を斜め下へと向けた。泥棒の手から突き飛ばされ、地面に転がっていた月麿が、太く短い手足をばたつかせて、怒っていた。

 怒りの理由は、すぐ側に落ちていた黒い玉だ。落ちた衝撃のせいだろう、真っ二つに割れていた。

「それ、君が持っていた玉だよね。割れちゃったのか、ごめん。弁償できそうならするけど、どこで売ってるの?」

 あまりお金もないが、子供のおもちゃくらいなら買えるだろうと、榎は謝って、子供に尋ねた。月麿は体をおこし、ふんと鼻をならした。

「ごめん、で済むか馬鹿者! この石は売り物などではないし、代えもきかぬ。陰場師おんようじの力の髄を尽くして作られた封印石――黒神石こくじんせきじゃ。割れたせいで結界が破れ、中に封じ込められていた、恐ろしい妖怪が目覚めてしまうぞえ!」

「陰陽師? 妖怪……?」

 月麿が何を言っているのか、さっばり分からなかった。榎は眉をひそめた。

 直後。割れた玉の内側から、黒い煙がたちこめて、外にでてきた。煙はだんだん濃くなり、凝縮していった。

 その煙を吹き飛ばし、中から黒い影が飛びだした。一瞬だったが、着物を身につけた、人間の姿が見えた。背中には、黒い翼が生えていた気がした。

「なんだ、あいつは? 鳥みたいな、人みたいな……鳥人間?」

 はっきりと確認する間もなく、黒い影は素早く空へと飛び去り、姿を消した。

「おい童、お主、奴が見えたのかえ?」

「うん、見えたけど。いったい何なのさ、あいつは」

 月麿は、腕を組んで地面に胡坐あぐらをかき、興味深そうに榎を観察してきた。

「ふむ。お主、意外とみどころがありそうじゃの。ちなみに訊くが、お主の後ろにおる奴の姿も、見えておるのか?」

「後ろにいる奴……? うわあっ、何だよ、この気持ち悪いの!」

 榎のすぐ隣に、ボロボロの着物を身にまとった、青白い肌の男が立っていた。その形相は、幽霊を髣髴ほうふつとさせた。榎は思わず声をあげた。

 痩せこけて、あばらの見える胸元や、ほとんど歯の抜けた口。頭頂部は禿げ上がり、落ち武者みたいな長い髪が、側頭部から垂れていた。ただただ不気味な男の姿は、みすぼらしくて、見るに耐えなかった。

「そやつは妖怪、〝貧乏神〟じゃ。とり憑いた者や周囲から、全ての金運を吸い取って、貧乏にしてしまう。いと、恐ろしき輩じゃの」

「貧乏神!? 本当にいるの? 妖怪なんて、作り話にでてくる存在だと思ってた」

「実際に、お主の目には見えておるのじゃろう? 明らかに人間とは違う、異質な存在が」

 確かに。榎の目に映っている時点で、フィクションだなんて、言っていられなかった。

「じゃあ本当にあたし、とり憑かれていたのか……」

「お主、貧乏神に好かれておるらしいの。ずっと、お主の後ろをついてきておったぞえ」

 月麿の説明に、榎は愕然とした。樹の冗談が、本当になってしまった。どこからついて来ていたのか知らないが、榎はずっと、貧乏神を連れ歩いて、周囲に不運を振りまいていたのか。

 普通なら信じられない話にもかかわらず、すんなりと事実を受け止められた。

 目の前のみすぼらしい男が、今までに起こった全ての悪い出来事の根源だと、本能的にあっさり納得できた。

 なぜ、急に貧乏神が見えたのかは分からないが、榎はだんだん腹立たしくなり、貧乏神に木刀を突きつけた。

「お前のせいで、お父さんの会社が倒産して、あたしは京都にこなくちゃいけなくなったんだぞ! 椿さんちにまで迷惑かけて、絶対に許さないからな! 成敗してやる!」

 なりふりかまわず、榎は日の前に佇む妖怪めがけて、木刀を振り下ろした。

 貧乏神に向けた木刀の切っ先は、空気を切る感触だけを残して地面に落ちた。一撃を与えたはずなのに、貧乏神には何もダメージがなかった。

「透けた!? どうなっているんだ?」

榎は前方につんのめった。転倒は免れたが、困惑して、足がよろめいた。

「妖怪とは、本来は人間の目に見えぬ存在。よって、接触もかなわぬのじゃ」

 月麿が落ち着いた口調で説明した。

「じゃあ、どうやってやっつければいいんだ? 君、なにか知ってるんだろ? 教えてよ!」

「教えたところで、ただの人間には無理じゃ。妖怪を退治できる者は、天より退魔の力を授かった選ばれし者たち――陰陽師だけでごじゃる」

 陰陽師。さっきも言っていたが、陰陽師とはいったい何者なのか。考えてもわかるはずがなく、榎は混乱して、頭が痛くなってきた。

「避けよ、反撃してきよるそ!」

 頭を抱えている余裕もなかった。月麿の声で反射的に動き、飛び掛ってくる貧乏神を、紙一重でかわした。貧乏神の爪は長く鋭く、振りかざした爪の先端が、榎のトレーナーを、軽く切り裂いた。

「うわあっ! なんだよ、こっちからは攻撃できないのに、向こうはできるわけ? セコくない!?」

 榎は青ざめた。避けきれていなければ、今頃榎は血だらけの大怪我を負っているところだった。

「あたしには無理なのか? あたしじゃ、こいつを倒せないのか……!」

 榎は、月麿のいう陰陽師とやらではない。陰陽師でなければ妖怪を倒せないと言うなら、榎には不可能だった。悔しくて、榎は歯軋りした。

 榎の周囲を流れる風が、急に温かくなった気がした。足元が妙にざわついた。見下ろすと、枯れ葉だらけの地面から、細い青葉が、顔を覗かせていた。

「むむっ、草花がざわめいておるぞ! 童よ、今のこよみはいつじゃ?」

 月麿も辺りの異変に反応して、飛び上がった。

「暦? 何月かって聞いてるの? 今は三月だよ!」

「三月……弥生か。おかしい、未だ寒さに負けて土の下にて眠っておる草花が、強い力に惹かれて芽吹こうとしておる。しかも、春の草花ではない。百合や露草つゆくさ――なんと、夏の草花ではないか! この現象はもしや……」

 ブツブツと、月麿は呟いていた。

「おい童、この辺りに、強い退魔の力をもつ姫君はおらぬか!?」

 やがて、何らかの結論に達したらしく、突然、訳のわからない質問をしてきた。

「姫君? なにそれ、分からないよ! あたし、京都にきたばかりだし、知り合いなんていないもの」

 榎の、期待に応えない返事に、月麿はもどかしげに地団太じだんだを踏んだ。

「ぐぬぬ、手がかりがないとは、じれったい! 姫君の力が覚醒すれば、かような下賎げせんの妖怪など、一撃で倒せるというのに!」

「そのお姫様がいれば、貧乏神をやっつけてくれるのか!?」

 月麿の言葉に、榎は反応した。反射的にあたりを見渡すが、人の気配なんてまったくしない。月麿のいうお姫様が、この場所にきてくれたらいいのにと、強く思った。

「どこにいるんだ、お姫様。……お願い、助けて!」

 神様にでもすがる気持ちで、榎は目を開じて祈った。

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