第六章 対石追跡 3
三
八咫はまっすぐ、定まった方角へと飛んでいく。ついてくる者がいるなんて、微塵も気付いていない様子だった。榎たちは黙々と、八咫を追いかけて歩みを進めた。
やがて、一軒の民家へと辿りついた。八咫は家の上空で急降下し、高い塀に囲まれた敷地内へと姿を消した。
榎たちは家の前で立ち止まり、圧倒された。
その家屋は、田舎に良く見られる和風の豪邸だった。漆喰で染められた美しい瓦屋根に、木造の平屋。敷地の外周は立派な白壁に囲まれて、中の様子が分からない。家の離れに、古そうな蔵の上部が、辛うじて見えるくらいだ。
「大きなお家ねぇ」
屋敷の全貌を観察しながら、椿が感嘆の声をあげた。
「裏庭に、的が立っとるな。弓の道場でも、やっとる家やろうか」
長身を活かして、柊がジャンプして、塀の向こう側を微かに除き見る。
榎も、こそっり跳び上がってみた。綺麗に整えられた広い庭が視界に入ってきた。
「抹茶の匂いがする。茶道も、やっているのかな」
由緒ありそうな家だ。妖怪からしても、住み心地のいい環境かも知れない。だからといって、放置しておくわけにはいかないが。
「八咫の奴、この家の庭に入って行ったけれど……。流石に、人の家にまでは入り込めないなぁ」
きちんと中を見て調査をしたいところだが、他所様の家にいきなり上がりこむなんて、失礼だ。
家の人に協力を得なくてはいけないが、何と言って説明すればいいのか分からない。妖怪が住み着いているから、なんて言っても、信じてもらえなさそうだし。
「この家の人、大丈夫かしらね。妖怪たちに、何か悪い影響を与えられていなければいいけど」
心配だったが、これ以上は突っ込む余地がなさそうだ。
「……なあ。ちょい、見てみ。この家の表札」
諦めかけた矢先。
柊が表情を引き攣らせて、玄関の脇に取り付けられた、木彫りの表札を指差していた。
札に掘り込まれた達筆な苗字を目の当たりにして、榎は嫌な予感を覚えた。
「佐々木って……もしかして?」
見覚えがある名前だ。物覚えが悪い榎でも、流石に三ヶ月も親しくしていれば、人の氏名くらいはしっかりと記憶できている。
別に珍しい苗字でもないから、勘違いだと思いたかった。だが、妖怪が絡んでいるだけに、思い過ごすには抵抗があった。
「あら、皆さんお揃いで。私の家に御用どすか?」
背後から、声を掛けられた。聞き覚えのある、流暢な京都弁。
振り返ると、買い物袋を手に提げた周が立っていた。
「やっぱり、委員長かー!!」
予感的中。
榎は声を張り上げた。




