第六章 対石追跡 1
一
六月末、日曜日。京都府四季が丘町にある、とある山中の庵にて。
「何とも、不思議じゃのう」
観音開きの扉を開け放ち、奉られているお地蔵様と肩を並べて座っていた月麿が、複雑な調子で呟く。
腕を組み、喉の奥から重苦しい音を出していた。
「どうしたんだ、麿? 何を唸っているんだ?」
月麿に呼ばれて庵までやってきた榎、椿、柊の三人は、訝しく思いながら、月麿を観察していた。
声を掛けられるまで、榎たちの来訪にも気付いていなかったらしい。驚いた表情で顔を上げて、深刻そうな視線を向けてきた。
「以前、大雨のせいで妖怪たちの根城が崩れたでおじゃろう? あれ以来、宵月夜と行動を共にしておる下等妖怪たちの気配が、山から消えておったのじゃ」
確かに、大雨のとき以来、榎たちも宵月夜や、手下の妖怪たちを見ていない。
柊も交えて、修行がてら妖怪退治も行ってきたが、どれも宵月夜の傘下には入っていない、あぶれた下等妖怪ばかりだった。
「そう遠くへは行っておらぬはずと、神通力を飛ばして探しておったのじゃが……」
遠い目をして、月麿は山の向こうを仰いだ。榎たちもつられて、同じ方角へ視線を向ける。
眼下には、四季が丘町の小ぢんまりとした住宅街が広がっていた。
「なぜか、妖怪たちの気配が、町の中から感じられるでおじゃる」
眉を顰めて、月麿は意味が分からないと、再び唸りだした。
妖怪とは昔から、人里離れた僻地に住処を置き、時々人前に姿を見せて悪さを働く存在だ。妖怪の集団が人の暮らす土地に定住するなど、ありえない話だった。
「あいつら、山が崩れたから引越したのかな」
「でも、町の中だなんて。どこかのお家にでも、住み着いているのかしら」
「軒下や屋根裏に、巣でも作っとるんとちゃうか。スズメバチやら、害獣と変わらんなぁ。妖怪っちゅうのは」
榎たちは口々に意見を出し合ったが、どれも憶測の域を出なかった。
野鳥などと同じで、住む場所がなくなり、やむなく出てきたのかもしれない。
仮に必然的な事情があったとしても、古来から人間を敵視し、攻撃の対象としてきた妖怪たちを、人が密集して暮らす土地で放置するなんて、危険すぎる。
「もし、町の中で妖怪たちが人間に悪さを働いたら、大変だ。様子を確認するべきだな」
月麿も、そのつもりで榎たちを呼んだのだし。榎の意見に反論はなく、全員が大きく頷いた。
「妖怪たちが集まっておる、大体の場所は把握してある。偵察に行ってまいれ」
かくして、榎たちの街中妖怪探索が始まった。




