第五章 冬姫覚醒 12
十二
妖刀を討ち果たした榎たちは、倒れて転がっている虚無僧を取り囲んで、途方に暮れた。
「お坊さん、大丈夫かしら?」
椿が心配そうに呟く。妖刀のせいで何か悪い後遺症を残していないかどうか、不安もあった。
榎と柊がさんざん殴りつけた痕も見えないくらいだし、とりあえずは、命に別状はなさそうだが。
頭からすっぽり被っていた籠を取り払う。中から出てきた顔は、大学生くらいの若い男の人だった。
「えらい、若い兄ちゃんやな。頭もつるつるに剃り上げとらんし、ほんまに坊主か?」
柊が、呆れた態度で息を吐く。
男の人は、黒髪を短く借り上げてはいるが、坊主ではない。仏僧というよりは、爽やかなスポーツ青年、といった雰囲気だった。
「最近は、有髪僧っちゅう人らも多いどすからな。コスプレやない限りは、お坊さんやと思いますけど……」
周も、はっきりとは断言できない様子で、考え込んでいた。
病院に連れて行ったほうがいいだろうかと躊躇っていると、男の人はかすかに呻き声を上げた。次第に首や腕を動かし始めて、目を覚ました。
「俺は、何をしとったんや……?」
上体を起こした男は、しばらく呆然として、静かに呟いた。妖刀に取り憑かれていた間の記憶はないらしいが、他に目立った障害は見られなかった。
「意識は、はっきりしているみたい。良かったわ」
椿は安心して、肩の力を抜いた。
男は頭を掻きながら、榎たちの姿を順次に見ていった。
「おぼろげに、夢でも見とったみたいや。君たちは、いったい何者ですか……?」
榎たちは、変身を解き忘れていたと気付いた。大仰な十二単を身につけた榎たちを見て、男の人は訝しげな顔をしている。
「ただの通りすがりです。お気になさらず」
事情を説明するにも、色々と面倒が多そうだ。戦っていたときの記憶はないわけだし、榎は何も語らずに去ろうと、質問をかわした。
「坊さん、変なもんに取り憑かれとったらあかんで。寺に帰って、ちゃんとお清めしいや」
忠告めいた言葉だけ吐き捨てて、榎たちは河原から逃げ去った。若い僧侶はしばらく、唖然と榎たちを見つめていた。
人気のない場所へ移動して、変身を解く。空はもう、すっかり夕焼け色に染まっていた。
柊との決着は、結局お流れになったが、榎は別にいいと思えた。
新しい仲間も見つかったわけだし、榎自身、気持ちが大きく成長できた気がした。
「いやぁ、なかなか、貴重な体験させてもろうたわ。自分ら、うちのおらへん間に、随分と楽しい遊び、やっとってんなぁ」
楽しそうに笑いながら、柊が言った。四季姫としての戦いをかなり堪能したらしく、満足そうな笑顔だ。
「遊びじゃないぞ。平和な世の中を、妖怪の手から守るために、使命を帯びて戦っているんだ。お前も四季姫の一人なんだから、もっと責任感を持てよ」
だが、気楽なイベント気分では困る。冬姫として覚醒したからには、真面目に戦いをこなしてもらわなければ。榎はきっちりと説教した。
「えのちゃん、麿ちゃんみたいな台詞言ってる」
似合わない、とでも言いたげに、椿が笑った。榎の威厳が台無しだ。
「相変わらず、堅苦しい奴やなぁ。まあ、何かの縁があって、四季姫っちゅうもんになったんや。一丁、やったろか」
柊は気合を入れた。榎と椿も、頷いて同意した。
「よろしくね、ひいちゃん! ひいちゃんが仲間なら、とっても心強いわ」
「任せとき、うちが四季姫の看板を背負って、みんなを引っ張っていったるわ。リーダーとしてな!」
「ちょっと待て、何でお前がリーダーなんだよ! リーダーはあたしだ、一番最初に覚醒したんだし」
何やら、聞き捨てならない言葉が飛んだ。榎は反射的に身を乗り出して、異を唱えた。
「順番なんて、関係あるかい。純粋に、一番強い奴がリーダーなんや」
「強さだって、あたしのほうが上に決まっているだろう!」
「何を言うてんねん! うちのほうが強いわ!」
榎と柊は、互いに睨みを利かせて威嚇しあった。
「やっぱり、どっちが強いか、きっちりと決着をつけたほうがよさそうだな……」
「いつでもええで? 相手になったるわ!」
いろんな壁を乗り越えるには、この先も多くの試練がありそうだ。まずは、目の前の自信過剰馬鹿を倒さなければ、前へは進めないらしい。榎は再び、闘争心に火を点けた。
「二人とも! いい加減に仲良くしてよ!」
椿の大声が、夕焼け空に響き渡った。




