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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第一部 四季姫覚醒の巻
6/331

第一章 夏姫覚醒 5

今回登場する、分かり辛そうな関西弁を標準語に直しました。

参考にどうぞ。


・えらいこっちゃ → 大変なことだ


・なんぞ → 何か


・どないしましょ → どうしましょう


 花春寺は禅寺だと説明されたが、宗派がどうこうなど、詳しい話は、榎にはよく分からなかった。

 お寺の本殿には、大きな仏像が奉られていて、お参りに人が訪れたり、法要などを執りおこなう場所になっていた。如月家の人々が住む家は、お寺の右隣に建つ、和風の家屋だった。

 玄関には石灯籠いしどうろうや池があり、水中では大きな紅白柄の錦鯉にしきごいが、のんびり泳いでいた。

「どうぞー、榎さんのお部屋は、上ですよぉ」

 家の中に招き入れられ、二階の一室に通された。十畳の広さがある、落ち着いた雰囲気の和室だった。

「天丼が高ーい。旅館みたいな部屋だなぁ。本当に、こんないい部屋を、一人で使わせてもらえるの?」

 水無月家では、ありえない待遇だった。実家の間取りも広かったが、絶対に誰かと相部屋で、榎は勉強部屋を弟と兼用していた。

 女の子だからと、寝室は一人部屋をもらっていた。だが、畳二枚くらいの一番狭い部屋だったので、広い部屋には全然、耐性がなかった。

 驚いてすくんでいる榎を見て、椿は恥ずかしそうに笑った。

「いい部屋だなんてぇ。だだっ広いだけのボロ部屋ですよ。気兼ねなく使ってください! ちなみに、お隣が椿のお部屋。勝手にのぞいちゃ、だ・め・で・す・よぉ。キャハッ!」

 椿は念を押し、隣の部屋に入って障子を勢いよく閉めた。相変わらずテンションが高いなと、榎はぎこちなく笑った。

 一人になり、少ない荷物を畳の上に放りだした。

 榎が自分で持ってきたものは、一泊分の着替えや日用品だけだった。残りの入り用な物品は、翌日、宅配便で届く手筈になっていた。

 部屋に置くものがなく、がらんとしていて、なんだか寂しいなと思った。明日届く荷物を並べれば、少しは賑やかな部屋になるだろうかと、想像した。

「なんだか、一人部屋って落ち着かないなぁ。ずっと騒がしい家で暮らしてきたもんなぁ」

 畳の上に座り込み、部屋を見渡しながら呆然とした。

 こんなに静かな、広い部屋で眠れるだろうかと、だんだん不安がこみあげてきた。

 しばらく俯いて、じっとしていると、階下で電話の鳴る音が聞こえた。

 音が消えてしばらくすると、パタパタと階段を誰かが上ってくる足音が。足音は榎の部屋の前で止まった。

「榎さん、よろしいか?」

 襖ごしに声をかけられ、榎は我に返った。声の主は桜だった。

「何ですか? 叔母さん」

「名古屋のおうちから、お電話がかかってるわ。お兄さんや言うてはったけど」

 反射的に、榎はバネみたいに立ち上がり、勢いよく襖を開いた。桜が驚いた顔をして、仰け反っていた。

「ありがとうございます、 すぐに出ます!」

 短く返事をして、榎はダッシュで階段を駆け下り、昔ながらの黒電話に飛びついた。

 電話の相手は、水無月家の長男、いつきだった。

『よお、榎! 元気してるかー? そろそろ家が恋しくて、ホームシックになっている頃かと思って、電話してやったぞ』

「まだ一日目だよ。さすがに早すぎるでしょう、樹兄ちゃん」

 図星だったが、榎は強がって言い返した。

 無意識に頬がほころび、電話越しに笑顔を浮かべた。

 樹は兄弟の中で唯一、独立して働いていた。彼女もいて、近々結婚する話もでているが、今は名古屋市内のマンションで一人暮らしをしていた。

 家を立ち退く関係で、中学生の兄三人をしばらく預かる羽目になっていた。電話口の向こう側から、居候の兄たちの、やかましい騒ぎ声が聞こえてきていた。

 大人で落ち着きがあって、気遣いもよくできて。五月蝿うるさいだけの、他の兄達と違って、榎に不愉快なちょっかいを吹っかけてこない。樹は榎が、一番好きな兄だった。

『そうかー? ならいいけど。榎、よく間けよ、朗報だぞ。父さんの仕事、うまく立て直せる目処が立ったみたいでさ、順調にいけば、数ヶ月で家も買い戻せるらしい』

「本当に!? じゃあ数ヶ月だけ我慢すれば、家に帰れるんだね。お父さんに頑張ってもらわなきゃ」

 樹の嬉しい報告に、榎も喜びが沸きあがってきた。

 たった半日で目処を立てられるなんて、父の手腕がすごいのか、さほど厳しい状況ではなかったのか。何にしても、ありがたい報告だった。

「よかった―。ずいぶん早く、貧乏生活から抜け出せそうだね。元の生活に戻れるまで、すごく大変そうだって、お母さん言ってたのに」

『ああ、父さんたちも、半年以上はかかるだろう、って考えていたみたいだしな。随分、とんとん拍子で安心したよ。まるで何か、悪いものでも憑いていたのが、急に遠くへ行っちまったみたいだな』

 樹も、楽しそうに笑っていた。

『遠くに行ったっていうなら、榎くらいだよな。お前、貧乏神にでも取り付かれていたんじゃないのか?』

 樹の発言に、榎は一瞬、肩を震わせた。

「やめてよ、縁起でもない。まるでお父さんの会社の倒産が、あたしのせいみたいにさ」

『冗談だよ、悪い悪い。俺もうるせ―奴らを預かる期間が短くなって助かったし、お前も早く戻れるといいな。元気で暮らせよ』

「うん。わざわざありがとう、樹兄ちやん」

 受話器を置くと同時に、榎の表情から笑顔が消えた。

 深く頭を項垂うなだれ、榎はしばらく電話の前に立ち尽くしていた。

 樹の言葉が、妙に頭の中に残って、離れなかった。

「貧乏神なんて、やだなぁ。なんだか本当に、あたしのせいでみんなが不幸になった気がしてきた……」

 榎が京都に弾きだされた直後に、名古屋の家がすぐに元に戻ろうと動きだした。

 あまりにもタイミングがよすぎて、怖くなった。

 順調に、水無月邸が買い戻せて、みんなが家に帰れたとしても、榎が戻ればまた一家離散、なんて状態におちいるのではと、嫌な想像が頭をよぎった。

「えーのきさんっ! もうすぐお昼ご飯ですよぉ、食堂いきましょー」

 背後から明るい声をかけられ、榎は顔をあげた。

 振り返ると、にこにこと、楽しげな顔の椿が立っていた。榎は返事ができずに、しばらく椿の顔を見下ろして、突っ立っていた。

「……どうかしたんですか? なんだか辛そうな顔。お体の具合でも悪いんですか?」

 様子のおかしい榎の顔を、椿が心配そうにのぞき込んできた。

 心の中にとぐろを巻いている、底知れない不安を、椿に話してみようか。喉元まで言葉がせりあがってきたが、榎はぐっとこらえた。

 如月家にはお世話になって、これからしばらく面倒をかけるのに、根拠のない話でさらに迷惑を増やすわけにはいかない。榎は気持ちを奮い立たせて、なんとか微笑んだ。

「なんでもない。平気だよ、ありがとう」

「気分が悪くなったら、すぐに言ってくださいね! 椿、頑張って看病します!」

椿は少し、榎の言葉を疑っていた様子だったが、すぐに話を切り替えて、意気込んでいた。

やまいとこに伏せる榎さんを、椿が看病だなんて……。キャ~! 想像するだけで恥ずかしいー!!」

「なんで恥ずかしいの……!?」

 相変わらず、椿のテンションについていけない榎だった。 

 並んで食堂に向かおうと歩き出した矢先。突然、進行方向の部屋から、ガラスの割れる音が激しく響いた。

「あれまあ! お父さん、お父さん!」

 続いて、桜の悲鳴。榎は椿と顔を見合わせ、声のした部屋へと駆けていった。

 辿り着いた場所は居間らしく、四畳半くらいの畳の部屋に、テレビとちゃぶ台、戸棚があった。誰の趣味かは知らないが、壁には年季ねんきの入った木刀や、古めかしい般若はんにゃの面が飾られていた。

 桜は戸棚の前で、腰を抜かして座り込んでいた。

「どうしたの、ママ! 今の音はなに?」

 桜は震える手で、駆け寄った椿の腕を掴んだ。表情は青ざめて、今にも気を失いそうだった。

「えらいこっちゃ、泥棒に入られたんよ! 刃物を持っとって、居間をかき回して逃げてしもうた」

 動揺している桜を宥めていると、木蓮も息を切らして駆け込んできた。

 桜を起き上がらせ、事情を聞いた木蓮は、冷静に指示をだした。

「警察呼ぶんや、警察! なんぞ、盗まれたもんはあるか?」

「どないしましょ、通帳と印鑑、盗られてしもうてますわ」

「通帳って、うちの全財産じゃ……!」

 桜の言葉に、椿は悲鳴に似た声をあげた。

「他にも、檀家さんの法要の費用やら、預かっとるお金も、みんな入っとるんよ。えらいことやわ」

 如月家の人々は途方にくれていた。

 お金がなくなる――。

 水無月家の破産、道中で落とした財布、此度こたびの泥棒騒ぎ。

 共通する出来事が、榎の頭の中を駆け巡った。

「まさか、本当に、あたしのせい……?」

 榎の周囲の人たちが、次々とお金絡みで不幸になっていく。もはや、榎に貧乏神でも憑りついているとしか、思えなかった。

 椿たちにまで、榎と同じ思いはしてほしくない。榎がなんとかして、事態を収拾させるべきだと思った。意気込んで、強く拳を握り締めた。

「叔母さん。泥棒、どっちに逃げました!?」

「窓を破って、西側のほうへ……」

 桜が指をさした窓は、粉々に割られて、外に破片が飛び散っていた。無残な姿になった窓枠を睨みつけ、榎は動いた。

「追いかけます! 木刀、借りますね!」

 壁に取り付けられた木刀を掴み、玄関へ向かった。靴を覆いて、外へと飛びだした。

「うそぉ、待って、榎さ―ん!?」

「あかんよ、泥棒は刃物を持って……!」

 背後で聞こえる椿と桜の声を聞き流し、榎は西へ向かって走った。

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