表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第一部 四季姫覚醒の巻
59/331

第五章 冬姫覚醒 11

十一

 ひらり。

 季節はもう初夏になろうとしているのに、上空から柔らかな牡丹雪が降り注いできた。

 吐く息が白い。周囲の空気が、一気に冷え込んだ気がした。十二単を纏う榎たちは平気だったが、防壁の中では、周が体を震わせて空を仰いでいた。薄着では寒いと思われる。

 青白い光と雪が反応して、さらに冷気が広がる。やがて、旋風みたいに渦を巻いた風が光を取り囲み、雪が吹雪となって周囲に降り乱れた。

「風乱れ 降り頻る雪 地に積もる 君と包めや 白き壁かな」

 光の中から聞こえてくる詩。風と光が治まると共に、中の様子が見え始めた。

 薄い青色を基調とした十二単を身に纏った柊が、その場所に立っていた。頭には落ち着いた配色の、冬牡丹の髪飾りがついている。

 手には、長い鉄の柄と、大仰な鉈の刃がついた、大きな薙刀を軽々と握り、構えていた。

「――冬姫、見参や!」

「何だとぉー!? 柊が、冬姫……?」

 華麗にポーズを決める柊を垣間見て、榎は驚きの声を上げるしかなかった。

 まさか、よりにもよって、柊が三人目の仲間だなんて。榎の中で色々な気持ちが重なり合って、すぐには収拾がつきそうになかった。

「ほれ、見いや。榎にできるんや、うちにもできるに決まっとる!」

 動揺している榎を見て、柊はお得意の馬鹿にした笑みを浮かべた。冬姫に変身して、さらに図々しさが増した気がする。

「すごいどす。四季姫はんが、三人も揃うたどす!」

 奇跡的な瞬間、と言わんばかりに、周が感動して拍手していた。

 同様には、素直に喜べない榎だった。

「榎! 驚いとらんと、さっさとこの刀、倒してまうで! ぼさっとしとったら、うちが一人で終わらせてまうぞ!」

 柊は機嫌のいい声を張り上げて、挑発してきた。我に返った榎は、慌てて剣を構える。

「させるかよ、あたしの獲物だ! 〝竹水ちくすい斬撃ざんげき〟!」

 不意をつき、榎は妖刀めがけて技を繰り出した。体を乗っ取られている虚無僧はただの人だから、傷つけるわけにはいかない。狙いはあくまで、刀一点だ。

 だが、妖刀は榎の技を軽くかわしてきた。相手は卓越した戦闘能力を有している。榎の攻撃範囲を即座に見切って、ダメージを受けない一歩手前の場所に、常に立ち居を置いていた。

「間合いを計って、あたしの剣を避けていやがる……!」

 榎は苛立ち、舌を打った。

「剣は間合いがみじこうて、不便やなぁ」

 隣で見ていた柊が、呆れた口調で肩をすくめた。長い薙刀を振りかざし、妖刀めがけて攻撃を繰り出す。

 薙刀はリーチが長い。攻撃の範囲外に逃れようとすると、剣を相手にしているときよりも遠くへ退かなければならない。

 妖刀は薙刀の攻撃範囲を完全に見切れなかったらしい。より懐まで突っ込んでくる鉈の刃を、刀で防ぎながら、辛うじて体勢を保っていた。

「ほれ、もっと遠くに逃げへんと、薙刀の餌食になりまっせ!」

 柊はさらに一歩踏み出し、妖刀を弾き飛ばした。

 柄が長い武器は、一振りに掛かる時間が長い。小回りが苦手で、手元の隙が多いが、遠心力が生み出す攻撃力は、剣の一振りとは比べ物にならない。

 虚無僧を間合いの外へ弾き飛ばした柊は、軽く肩の力を抜いて直立した。

 目を閉じて、体中から凍てつく気を発して、薙刀へと送り込んでいた。

「骨まで固めて、砕いたる! 〝氷柱つららまい〟!」

 薙刀の刃に、青白い力がまとわり付く。柊が勢い良く薙刀を振り回すと、刃先から強烈な冷気がほとばしった。

 薙刀は地面に突き刺さった。途端に地面が凍り初め、周囲をあっという間に凍らせた。

 地面から尖った氷が無数に飛び出し、氷の圏内にいるもの全てに、襲い掛かる。

 榎も例外なく襲われ、慌てて飛び退いて逃げた。着物の袖が、凍りつく。寒さのせいで、体が上手く動かない。

「寒い! お前の技、怖いぞ! あたしまで巻き込むつもりか!」

「間合いの中に入っとるからやろうが! ちゃんと避けんと、氷漬けになるでぇ!」

 本当に、冷気に触れたものは、なにもかもカチコチに凍っていた。石も草木も、何もかもが、閉ざされた氷の世界に囚われた。

 逃げ遅れた虚無僧も、巻き込まれていた。足が凍りつき、動きを封じられていた。妖刀の本体にも大量の霜が張り付き、手もかじかんで動かない様子だった。

 完全に、虚無僧と妖刀は沈黙した。あとは刀を引き剥がして、倒せばいい。

 悔しいが、今回は完全に柊の一人勝ちだ。榎には、戦いに入り込む隙もなかった。

 諦めて退こうとしたとき。柊が薙刀を地面から抜き、肩に担いでその場から身を引いた。

「坊さんの足も、刀の動きも止まったで。譲ったるから、とどめ刺し」

 榎は唖然として、柊を見た。何を言われているのか、認識するまで時間が掛かった。

「何だよ、余裕の顔して。お前が倒せばいいだろう? それとも、あたしを馬鹿にしているのか?」

 ようやく理解すると共に腹が立ち、榎は声を荒げた。世話をしてやって、いいところは持って行けなんて、柊らしくない。不愉快だった。

 柊は榎の側で立ち止まり、無表情で見つめてきた。

「この勝ちは、うち一人では果たせんかったもんや。榎や椿が必死で戦う姿を見たから、うちも本気が出せた。榎が戦いの幕を開いたんや、最後も、きっちりと締めんかい」

 戦いの場において勝利したとき、もっとも大きな功績として称えられる者は、敵の総大将の首を取ったものだ。

 今の戦いならば、その功績とは、妖刀に止めを刺す行為だといえる。柊が初めて覚醒して、一人の力で妖怪を倒した。その武勇伝を持っていれば、それだけで榎を打ち負かせる格好の材料になるはずだ。

 なのに、柊は榎に一番の武勲を譲った。柊は榎の上に立つよりも、上の立場を譲る行動に出た。

 柊に、邪な虚栄心がない証拠だ。

 榎は複雑な気持ちで、柊を見ていた。

「なーんて、偉そうな口叩いとるけどな。適当に暴れとったら手が痺れて、上手く動かへんねん。これ以上、薙刀振り回すの、無理やわ」

 気付けば、いつもの飄々とした笑顔に戻っていた。柊は軽く榎の肩を叩き、後ろへと歩いて行く。

「あと、任せたで。夏姫」

 すれ違いざま、柊が囁いた。

 妙に、榎の心が締め付けられた。子供みたいに喚いて、反発していた榎自身の態度が、馬鹿みたいに思えてくる。

 張り合っていた物の意味と相手を取り違えていた気がして、急に、今までの勢いが恥ずかしくなった。

 戦い、乗り越えるべきものは、榎自身の、弱い心。

 やっと気付いた。柊は敵ではない。榎自身が壁を乗り越えるための、追いかけるべき目標だ。

「ありがとう、冬姫」

 榎も自然と、囁いていた。

 無意識に、体が動く。剣を構えて、凍りついた妖刀めがけて、力を蓄える。不思議と、以前よりも体を流れるエネルギーを潤滑に誘導できた。

 この気持ちが、素直になる、という感覚なのだろうか。

 何となく、気持ちが晴れやかだった。

「食らえ、〝真空断戯しんくうだんぎ〟!」

 真空派の刃が、氷を切り裂いて目の前の空間を走る。妖刀の黒い刀身に直撃し、刃が真っ二つに折れた。

 断末魔の悲鳴を残して、妖刀は消滅した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランキングに参加しています。よろしかったらクリックお願い致します。
小説家になろう 勝手にランキング

ツギクルも参加中。
目次ページ下部のバナーをクリックしていただけると嬉しいのですよ。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ