第五章 冬姫覚醒 4
四
一時間目の授業は、国語だった。
榎の苦手な教科だ。漢字や文法の理解力のなさが、何よりも成績に大きく影響していた。
なので、国語の授業は他の科目よりも一生懸命受けていた。
机の上に教科書とノートを広げ、綺麗に削った鉛筆を走らせながら、前方の黒板に書かれた内容を集中して書き写していた。
「榎。中学生にもなって、まーだ鉛筆なんか使っとるんか? お子ちゃまやなぁ」
突然の横槍に、榎の集中力が乱された。隣を横目で睨むと、気楽な表情で授業を受けている柊が目に留まった。
国語なんて、気合を入れて勉強するものではない、とでも言いたげな、軽い態度だった。こいつはいつもだが、何かに対して集中している姿を見た例がない。今も、にやにやと嫌味な笑みを浮かべていた。
世の中を馬鹿にし腐っているというか、全てのものを上から見ているというか。そういう部分が、榎は嫌いだった。
「中学校だって、試験の時には鉛筆を使用って決まっているんだぞ。だいたい、シャーペンなんてすぐに芯が折れるし、細くて型が残るから消しゴムで綺麗に消せないし。いい文房具とは言えないな」
柊が手の中でくるくると回しているシャープペンシルを見つめて、榎は鼻を鳴らした。中学校に入ったからといって、やたらと大人ぶって新しい文房具を使いたがる奴が多いが、榎は小学校からずっと使い慣れてきた鉛筆を使ったほうが勉強に身が入ると思っている。根拠を持って使っているのだから、馬鹿にされる謂れはなかった。
「柊こそ、何を格好つけてルーズリーフなんか使っているんだよ。バインダーから外れてバラバラになったらおしまいだ。非効率なノートを使っていると、成績が下がるぞ」
柊の机の上に広げられているノートは、中心がリング状になった、紙を付け外しできるルーズリーフだ。ルーズリーフに冷めた視線を向けて、榎は呆れた。
「やかましいわ。ノートなんぞ、途中で書き足したい内容が出てきたって、間に書き込めへんやないか。ルーズリーフは科目ごとに分けんでも、一冊あれば全教科の内容を綴じておけるんや。便利やろうが。ノートなんて、お荷物になるだけで無駄無駄」
柊は生まれつきの猫目で、反論してくる榎を睨みつけてきた。
荷物が少なくていいという利便性から、ルーズリーフを使っている生徒は多い。だが、科目ごとに先生へノートを提出しなくてはいけない決まりもあるし、その都度いちいち取り外していたら、中身がごちゃごちゃになって、わからなくなる。
テスト勉強のはずが、ばらけたルーズリーフの整理だけで一週間が終わってしまい、勉強どころではなかった。という失敗談も、榎は風の噂に聞いていた。
別に柊の成績が悪くなろうが、榎にはいっさい関係ない。だが、榎の勉強スタイルを馬鹿にしてくる奴を、許すわけにはいかなかった。
「鉛筆とノートのほうがいい!」
授業中だという現状も忘れて、榎は声を張り上げていた。
「シャーペンとルーズリーフや!」
柊も負けじと大声を上げ、互いに顔を突き合わせて、火花を散らした。
教室内は騒然としていた。授業が中断されて、周囲から妙な視線を浴びせられても、お構いなしだった。
「黒板の内容を書き写して保存しておければ、筆記具なんて何でもええんどす!」
二人の間に、周が割り込んできた。眼鏡を光らせ、眉を吊り上げて、榎たちに威圧感を与えてくる。
「「ごもっともです」」
「静かに授業を受けんさい」
周の剣幕に圧され、反抗できなかった榎たちは、大人しくなった。周は肩をいからせて、自分の席へと帰っていった。




