表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第一部 四季姫覚醒の巻
5/331

第一章 夏姫覚醒 4

今回の項より、関西弁(主に京都弁)が登場します。

ニュアンスの分かりづらい表現を、いくつか標準語に直した表を前書きに載せますので、参考になればと思います。


・大きゅうなったね → 大きくなったね


・ほんま → 本当


・よろしゅうお頼申します → よろしくお願い申し上げます


・思えへん → 思えない


・せやな → そうだな

 終点でバスを降りると、いかにも田舎、といった風景の場所にたどり着いた。

四季が丘(しきがおか)〟という町らしい。民家はほとんど見えず、広い土地の多くが、田んぼだった。

「のどかな場所だな~。こういう静かな所、結構好きかも」

「えー、いいですかねぇ? 椿は田舎より、都会が好きですぅ」

 榎がなごんでいると、椿は表情を歪めた。

「榎さんって、名古屋から来たんでしょう? 名古屋って、超都会ですよねぇ。いいなぁ」

「都会っていいかなぁ? 人も建物もごちゃごちゃしていて、なんだか落ち着かないけどな」

 どうも椿とは、考え方が正反対だなと、苦笑した。

 椿に連れられて、榎は風情のある田舎道を、観光気分で物珍しく見渡しながら歩いた。

 日の当たる場所では、木々や草花が少しずつ芽吹き、春の装いを見せていた。変わって、日陰には、まだ雪が融けずに残っている場所もあった。冬と春が同居している風景に、榎はとても魅せられた。

 田畑には蓮華れんげや、小さな白や青色の花が咲いていた。遠くの畑には、菜の花も植えてあった。美しい自然の色合いだ。名古屋の実家の周囲では、なかなかお目にかかれない。

「着きましたよ! こちらが、花春寺の入り口ですぅ」

 椿が立ち止まり、指をさした先には、途方もなく長い石段があった。道と階段の境には、〝花春寺〟と文字の彫られた、縦長の御影石みかげいしが立てられていた。

「流石、お寺だな……。階段を登らなきゃいけないんだね」

 石段は両側を竹林に挟まれていた。手前に枝垂しだれる竹の葉で視界が遮られ、石段の頂上が見えなかった。どこまで続いているのか、まったく分からなくて、少し途方に暮れた。

 椿を先頭に、一列になって狭い石段を登っていった。勾配こうばいもかなり急なので、ゆっくりなペースで足を進めた。

 どのくらい登ったか分からないが、徐々に椿の足取りが遅くなってきた。椿は息を切らし、途中で足を止めて膝に手をついた。

「疲れるわぁ。いつもは、裏手にある緩やかな坂道を、車や徒歩で上り下りするんです。バス停からだと、階段のほうが近いと思ったんですけど、遠回りしても坂道にしたほうが、よかったかなぁ」

 辛そうにしながらも、愚痴をはく元気はある様子だった。

「榎さん、大文夫ですか!? もう少しで、頂上ですからね!」

 榎にも励ましの言葉をかけてくれるが、榎は椿ほど、息を切らしても疲弊してもいなかった。

「ありがとう。思ったよりも、大した階段ではなさそうだし、大丈夫だよ」

 瓢々(ひょうひょう)と榎がこたえると、椿は驚いて、目を輝かせた。

「すっごーい。尊敬しちゃいますぅ。椿の友達なんて、遊びで登っても、階段の半分くらいでへたばるのに。榎さんって、なにかスポーツしてるんですか?」

「名古屋にいた頃は、剣道の道場に通っていたんだ。これから通う中学にもあるかな? 剣道部」

「かぁっこいい~! 剣道ですか、素敵ですね! 中学に入っても剣道部に入るつもりなんですね!? あると思いますよー、青春に武道って、つきものですからね! がんばってください!」

 椿に応援されて、榎は妙に照れた。

「ありがとう。がんばるよ」

 あとは無言のまま、ひたすら石段を踏みつけ続けた。

 太陽が真上から柔らかな光を注いでくる。そろそろお昼時だろうか。

「はー、やっと到着ですぅ。こちらがお寺の玄関ですよー」

 ようやく頂上まで登りきると、視界が開けた。見事な広い庭と、歴史のありそうな木造の建造物が姿を現した。

 寺の門扉の前で、二人の男女が並んで立ち、こちらを見ていた。

「パパとママだわ! ただいま~」

 椿は嬉しそうに二人に駆け寄った。着物姿がよく似合う、小柄でおっとりした女性が、椿を笑顔で迎え入れた。

「お帰りなさい、椿ちゃん。ちゃんとお使いできたみたいやねぇ。ご苦労さま」

 京都弁を話す女性は、椿の頭を撫でたあと、榎に向き直った。女性は榎よりも背が低く、少し上目遣いで、榎を見てきた。

「水無月榎さんやね。大きゅうなったねぇ、叔母さんを覚えてる?」

「はあ、ええ、まあ……」

 曖味に返事をしたが、本当はまったく記憶がなかった。

「覚えてるわけ、ないわねぇ。まだちいちゃかった頃に、一度、会ったきりやもんねぇ。椿の母のさくらです。こっちは椿の父親で、お寺の住職の木蓮もくれん。家族一同、よろしゅうお頼申します」

 桜は、礼儀正しく挨拶してきた。隣に立っていた作務衣さむい姿の男性――木連にも、笑顔で会釈えしゃくされた。榎も慌てて、お辞儀を返した。

「ほんまは、私が車で駅まで迎えにいくつもりやってんけど、急な用事ができてしもうて。堪忍やったで。おうちのほうは大変みたいやけど、帰れる目処がたつまで、自分の家やと思うて、寛いでください」

「こちらこそ。突然、居候する羽目になって。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

「ほお、礼儀のしっかりした、ええ子やなぁ。姉さんの子供とは思えへんわ。椿も見習わなあかんで」

 木蓮が大声で笑った。榎にとっては血の繋がった叔父にあたる人だ。 どことなく、目元が梢に似ているなと思った。

「もぉ、やだー、パパったら! 椿だって、いい子だもん! ご挨拶だって、ちゃんとできるもん!」

 榎と比べられて、椿は怒った。木蓮の背中を叩いて、ふくれっ面をした。

「せやなぁ。椿もできるなぁ。ええ子やな」

 別に痛くも痒くもなさそうに、木蓮は再び、豪快に笑った。

 寺の坊主がパパ、と呼ばれている情景に、珍妙な違和感を覚えたが、とても仲のよい親子なのだなと、榎は少し羨ましく思った。

 家族か。榎は記憶の中の、いつも賑やかで笑いの絶えない、水無月家の姿を思い起こした。

 みんな今頃、どうしているだろう。名古屋を出て、まだ一日も経っていないのに、榎は既に家が恋しくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランキングに参加しています。よろしかったらクリックお願い致します。
小説家になろう 勝手にランキング

ツギクルも参加中。
目次ページ下部のバナーをクリックしていただけると嬉しいのですよ。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ